2022

08/10

WITHコロナ時代に

  • メンタルヘルス

西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本外来臨床精神医学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

よしこ先生のメンタルヘルス(62)

はじめに

世界は「WITHコロナ」に舵を切り、いまだ入国を制限している日本は、G7(先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議)で「鎖国」と批判されていることは前回お伝えしましたね。実は今の日本では子供たちから感染が広がっているのですが、学校現場ではCOVID-19は教育を放棄する理由にはなっていません。5類の季節性インフルエンザレベルでクラス閉鎖が行われている状況です。一方、実際秋には、5類相当への緩和が政府のコロナ対策分科会で検討されるそうです。
この「WITHコロナ」時代に精神科クリニックの在り方を考えた時、私たち精神科医はすでに、コロナ禍への疲弊感や後遺症としてのメンタル不調への対応を考える局面に差し掛かっているといえるのではないでしょうか。

メンタルヘルスの診療所にとって重要な3つのこと

メンタルヘルスの診療所にとって、最も重要なことは第一に、精神保健領域の後遺症への対応です。現在、COVID-19感染者の4分の1に何らかの後遺症を認めるといわれています。無症状感染であっても、後遺症として全身倦怠感、疲れやすさ(易疲労感)、疼痛、喘息、喉の違和感、動悸、脱毛、味覚や嗅覚障害、気分の落ち込みや集中力の低下、意欲の低下、不眠など多彩な症状が認められると報告されています。大部分の症状は、不定愁訴とメンタル不調を伴います。これらは、何らかの身体不調(器質的異常)が認められない場合、精神科の領域となります。
精神科の治療は、ごくわずかな例外を除いて対症療法です。気分の落ち込みや集中力の低下、意欲の低下、不眠などがうつ病の診断基準に合えば、うつ病の診断の下、抗うつ剤と認知行動療法などの精神療法(心理療法)による治療が開始されます。COVID-19への不安が強く、手洗いなどを強迫的に行っていれば、強迫性障害の診断の下、抗不安薬や非定型抗精神病薬による薬物療法とリラクゼーションなどの精神療法が行われます。COVID-19感染がなぜメンタル不調をもたらすかについては不明な点がまだまだありますが、メンタル不調の症状への対応はまったなしです。
第二に、患者さんの不安を軽減し、心のよりどころとして機能できるように十分感染対策を行い、「ここに来たら安全だ」と思っていただけることです。私どもの診療所は多機能診療所といわれ、医師以外に看護師、公認心理師や精神保健福祉士など、いわゆるパラメディカルと呼ばれる多くのスタッフを備えています。コロナ前と違うことは、社労士さん(社会保険労務士)が加わったことです。社会保険労務士とは、働く人々の安全を守る専門職です。現在、上場企業では6割の社員が在宅で働いているといわれています。在宅ではなかなか仕事が切り上げられず困っているという外来患者さんの声をよく聞きます。働く人々の健康や労働環境を法という切り口から支援するスタッフが必要と考えました。もちろん、医療保険点数は付きませんから、持ち出しですが、今の診療所では必要とされていると思います。
第三に、電話やオンラインによる診療サービスの提供など、診療サービスの手段を増やしていくことが、コロナ禍の中で可能となりました。医師法の制約が緩和され、さまざまな方法で患者さんの日常に寄り添うことができるようになりました。今では珍しくなくなった訪問看護師や薬局の宅配薬剤とも積極的に連携しています。

“直接”の触れ合いはこころの健康に欠かせない

一方、何より予防が大事です。人は20万年前に地上に生まれてから、手の届く範囲、十数人の群れで長く暮らしてきました。今では何万キロも離れた人とも話すことができるようになりましたが、人にとって人との直接の触れ合いはこころの健康のために、欠くべからざるものです。直接の触れ合いがCOVID-19を伝播するといわれ、妨げられざるを得なくなりました。今できることは、人との関係を何らかの形で取り戻し、在宅勤務でも以前と変わりない規則的な生活を取り戻すことです。まずは朝早く起きて、太陽の光を浴びることから始めてみませんか? 身近な家族や友人たちと、ちょっと話してみましょう。犬の散歩、大賛成です。オンラインでも雑談しましょう。電話の声も大事です。20万年前から、実は私たちの脳は変わりません。人との触れ合いを大事に、地球のリズムに合った生活を今一度取り戻しましょう。

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