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SDGsは課題と夢を語る共通言語!?

国際医療

国立研究開発法人国立国際医療研究センター(NCGM)国際医療協力局連携協力部の藤田雅美先生は、WHOでのHIV対策を中心とした各国の活動を経て、今年NCGMに入局。現在は、2015年の国連サミットで採択された国際社会共通の目標「SDGs」に関連する仕事等に従事している。WHOでの活動やSDGsとの出会いや思いを語っていただいた。
ドクターズプラザ2019年1月号掲載

海外で活躍する医療者たち(25)/国立国際医療研究センター

~仕事と暮らしと遊びが一つになるような「協力」を目指して~

人々と一緒に問題を解決する公衆衛生

―藤田先生は、なぜ医師になろうと思ったのですか。

藤田 私が小学4年生の頃、自分のクラスが防空壕にいて、拳銃で撃たれるような戦争の夢をよく見ました。社会正義のようなものにこだわりがあったのですが、戦争も含めて世の中の問題を白黒分けることに疑問を感じて、よく分からなくなりました。中学2年生の時、途上国で働く医師という仕事なら絶対的に正しいので悩むことはないな、という思い付きが浮かびました。それが医師を意識した最初です。

―公衆衛生の分野に進んだのは。

藤田 大学の頃「民衆演劇ワークショップ」に参加する機会がありました。学歴も立場も違ういろいろな人たちが、生活にまつわるさまざまな課題を音や歌、絵、踊り、演劇を通して一緒に考えるというもので、「こういうことを保健医療を通してやれたらいいなあ」と思いました。一部の知識のある人たちが決めるのではなく、社会の中で人々と一緒に問題を解決していくことは、すごく価値のあることではと思い、医学部の中でそういうことを探せるのは公衆衛生だろうと考えました。

―仕事ではHIV関連に長く携わってきましたね。

藤田 はい。信州大学・山形大学の公衆衛生学講座を経て前身の国立国際医療センターに職を得て、数年後にタイのJICA・HIVのプロジェクトに派遣されました。当時HIVは、テクノロジーも治療法もなく、タイでは若者がどんどん亡くなっているような状況でしたが、病院に造られたデイケアセンターでは、感染者同士が集まって、互いに心理的、社会的に支え合い、非常に前向きに包括的な活動をしていました。いわゆる死亡率や有病率、罹患率などでは測れない、非常に素晴らしいものがあると感じました。この経験はHIV治療が出てきた時に役立つのではないかと思い、その後WHOに移ってからは、そのタイのモデルを周辺国に広げる仕事をしました。

―感染者が支え合うという取り組みは、現在はどのようになっているのでしょう。

藤田 当時、HIV感染者はみんな体調が悪い状態で、お互いに支え合ったり、一緒に活動したりすることの意義はとても大きかったと思います。現在は、HIV陽性と分かった時点から薬を飲むようになり、元気な感染者が多くなっています。一方でまだまだセンシティブな問題で、他人に知られたくないという気持ちもあり、以前より一緒に何かをするモメンタムは下がってきています。これからは途上国でも慢性疾患が増えることが予想されますが、HIV対策を通して作られた当事者を中心に据えた活動モデルが、慢性疾患をはじめとするさまざまな健康課題にも役立つと思いますし、すでにそういった動きは始まっています。

SDGsは課題と夢を語る共通言語

―現在先生の活動の中心はSDGsだそうですね。どのようにしてSDGsに出会ったのでしょうか。

藤田 そこに至るまでにはいろいろな出来事や気付きがありました。例えば、最初に赴任したタイでは、仕事がうまくいかなくて、うつ状態になりました。その後、WHOオフィサーとしてフィリピン、ベトナム、カンボジア、ミャンマーへと異動していく中で、各国のHIV対策体制づくりの中核を担うチームの一員として仕事をしました。一方で、ポリティクスやマネジメント、お金や組織間の競争など、さまざまな問題に直面するうちにすり減っていく自分を感じる場面も増えていきました。ある日本の新聞記者に「今取り組んでいる最も大事なことは何か?」と問われ、自分がやってもいないエイズ治療薬の価格を下げるための闘いの話をしてしまいました。そうしたら「それはあなたが取り組んでいることではないだろう」と言われたのを覚えています。

振り返ると、うまくいかない時の多くは自分にも問題があったと思います。余計なエゴとかこだわり、思い込みなどが問題を起こしていて、回り回って自分を苦しめていたと。苦しい仕事の裏側では、趣味の野球が大事になっていきました。野球には「チームの勝利に貢献してもう一度あの喜びを得たい」という明確な目標があり、ピッチャーである私は試合を壊さないように日々トレーニングをして試合に臨む。チームのみんなと際どい場面を乗り越えていくうちに、コミュニティーの一員であるという強い実感が生まれましたし、いろいろな課題に対処していく中でささやかな自信のようなものが積み重なっていく感覚がありました。保健医療福祉や開発の文脈で「住民や患者のエンパワーメント」という言葉を耳にしますが、私自身は野球を通してエンパワーメントされてきました。

一方で、仕事より野球の方が大切になり、心の中でそのギャップは広がっていきました。また、世の中では紛争や災害、格差などさまざまなことが起こっているのに、自分はMDGsの中の、保健医療の中の、WHOの中のHIVという狭い箱の中にいる。仕事を始めた時のイメージからは随分とかけ離れたところに来てしまったなあ、と思うようになりました。そんな時に、ある先輩からソーシャルビジネスを勧められました。それまで営利を追求する民間企業に対して「悪」のようなイメージを持っていたのですが、調べていくうちに全く違うことを知りました。相当数の企業の人たちがさまざまな思いを抱えて社会に貢献する取り組みをしていること、それが力としては圧倒的に大きいこと、日本のいろいろな場でSDGs的なことが行われていることなどを知って衝撃を受けました。

保健医療分野においても、現状では垂直的な感染症対策が中心ですが、それを保健医療システムや社会全体の健康の取り組みに広げていくには、保健医療を専門としている人たちの努力だけでは限界がある。SDGsの流れと統合した形でさまざまな分野の人たちと一緒にやっていく必要があると感じています。

―今年NCGMに入局され、どのような仕事をしているのですか。

藤田 一つは、われわれ国際医療協力局の今後の方向性をSDGsとの関わりから見通すタスクフォースです。また東日本大震災以降、NCGMで健康関係の支援をしてきた東松島市が、日本で29カ所だけの「SDGs未来都市」に選ばれ、今後の同市との協力関係をどう広げていくかということも検討しています。その他、日本においてSDGsへの興味や関心を高める活動をしている「みんなのSDGs」という団体の仕事や、民間セクターによるヘルスSDGsへの貢献のあり方を模索する仕事もしています。

―先生は、SDGsによってどういうことに気付きましたか。またどのような機会をもたらしていると思いますか。

藤田 世界中でさまざまな分断が深刻化し、世界は本当に続かないのでは、という不安が広がりつつあります。そんな中一番大事だと思っているのは、SDGsによって課題と夢を語る共通言語を得たのではないかということです。私の身近で言えばとても親しいけれど野球の話しかしていなかったチームの仲間とも、SDGsを入口にいろいろな業種の仕事について会話ができるようになりました。世代も職種も超えて共通の話題が広がってきた実感があります。

2番目に、私自身の民間に対する考え方が変わったので、官・民・市民社会の垣根を越えて、いろいろな人と広い視野で協力していける気がしています。それとともに官や市民社会の役割についても見方が広がったように思います。

3番目は、自分の小さな行動が世界の社会・経済・環境問題につながっていると自覚できるようになりました。例えばどういう企業の商品を選ぶかという自分の消費行動も、いろいろな人たちと連なることで、企業行動の変化につなげていけると感じています。

4番目は、一人の人が「仕事」、「暮らし」、「遊び」それぞれにいくつもの名刺を持つということの大切さです。「協力」というのは、自分が持っている時間の一部を使って何か貢献するわけで、もしも本業で手一杯という人ばかりだったら、本業以外のことに協力するスペースはありません。結果、問題解決に当たるのはその分野の専門家だけになり、ある程度は解決できたとしても大きく広げることは困難です。本業の部分を小さくして、みんなでシェアする部分を作ることによって、大きなものが動くのではないかと思います。

5番目に、科学技術イノベーションを、さまざまな分断を乗り越えるように使えるかもしれないということです。ブロックチェーンによるオルタナティブな金融システムで、世界中の個人が民族・宗教・文化・国・政治的指向・経済的利害等を超えて、自分にとって関心がある数多くのコミュニティーに属せるようになるかもしれないと聞きました。

6番目に、SDGsを共通のプラットフォームとして、先進国の課題と途上国の課題を同じ目線で一緒に考える機会が増えていると思います。一方、世界の富の再分配が大きな課題です。

7番目に、世界中で内向き、分断が進む中、SDGsは右も左も、上も下も共通の価値から出発できる場を作ってくれていると思います。「人間半分は善、半分は悪」。自分を含めて善の部分を絞り出し紡いでいけないと大変なことになりそうです。

8番目に、例えば保健医療に関わっていると、暗黙のうちに健康問題の解決が最上位目標だと思いがちですが、その上位に持続可能な共生社会とか幸せといった目標があるのではないかと感じています。

保健医療の世界では、これまで圧倒的な主流は垂直的な感染症対策で、それは絶大な効果を上げてきました。今後、体の健康だけでなく、心と社会の健康を目指して、平和の礎となるようにしていくには、さまざまな分野の間の相乗作用をつくり出していくことが重要です。

―先生自身は、これからどのような仕事をしていきたいですか。

藤田 仕事と暮らしと遊びの重なり部分を大きくしながら新しい「協力」の在り方を拡げていくことで、健康を含むさまざまな社会課題や分断を乗り越える力になっていくのではないか、時間はかかっても持続可能な共生社会に向かって地殻変動を起こせるのではないかと思っています。職場では私のことを「妄想おやじ」と呼ぶ人がいますが、まずは妄想を構想にしていきたいです。

SDGsとは

「SDGs(エスディージーズ)」は、「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」の略称で、2015年9月にニューヨーク国連で開催されたサミットにおいて193の加盟国のリーダーが一堂に会して決めた、国際社会共通の目標のこと。2001年に国連サミットで採択され、2015年に達成期限を迎えた「ミレニアム開発目標(MillenniumDevelopment Goals:MDGs)」に替わる、新たな世界の目標として定められた。MDGsでは、特に途上国の窮状を改善することに焦点を当てた8つの目標(ゴール)が掲げられたが、SDGsでは「No one will be left behind = 誰一人取り残さない」というコンセプトのもと、日本など先進国も含めた全ての国の課題も含め、2030年までに達成すべき17の目標と169のターゲットからなる持続可能な開発目標を採択。MDGsから残された課題や、近年顕在化してきた都市・気候変動・格差などの課題の解決を目指している。

 

出典:国立国際医療研究センター 国際医療協力局発行「NEWSLETTER」vol.8 2018

 

ドクターズプラザ2019年1月号掲載

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