2025
12/04
訪問診療の対象者
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在宅医療
院長
梅野 福太郎
在宅医療(11)
さまざまな角度から在宅医療について執筆してきましたが、今回は具体的なケースを通して、どのような状況で在宅医療、特に訪問診療を依頼すべきか、その判断のヒントを深掘りします。住み慣れた自宅で自分らしく療養生活を送るために、在宅医療がどのようにサポートを提供できるのかを見ていきましょう。
訪問診療の対象となるのはどのような方か?
まず、訪問診療の対象者について改めて確認します。訪問診療の対象は、「寝たきりまたはこれに準じる状態で通院困難なものに対して行われる」とされています。これは疾患の種類や介護度による明確な規定があるわけではありません。
ポイント: 疾患や介護度で線引きされるのではなく、「通院が困難であるかどうか」が最も重要な判断基準となります。
安易な利用は控えるべきですが、何らかの疾患や障害を持ち、自宅での療養生活において困り事がある場合は、訪問診療の対象となる可能性があります。迷った際は、地域包括支援センターや、実際に訪問診療を行っているクリニック(在宅療養支援診療所)に気軽に相談してみてください。
具体的なケースから見る訪問診療の活用法
訪問診療が解決できる具体的な問題や、提供できるサポートは多岐にわたります。ここでは、代表的な7つの事例をご紹介します。
1. 複数医療機関への通院負担軽減と薬剤の一元管理
事例①:82歳・男性(複数医療機関に受診のケース)
内科、眼科、耳鼻科、整形外科と複数の医療機関にタクシーで通院し、合計12種類もの薬を処方されていました。通院困難のため依頼があり訪問診療を開始した結果、まず薬剤の見直しを図り、現在では5種類にまで減らすことができました。これにより、薬の重複や飲み合わせのリスクが減っただけでなく、高額だったタクシー費用や通院の待ち時間といった身体的・時間的負担も結果的に解消されました。多剤併用(ポリファーマシー)の解消は、大切な視点です。
2. 緊急時のバックアップ体制確立による安心の提供
事例②:86歳・男性(繰り返し搬送されていたケース)
独居の方で、1年間で4回もの病院搬送・入院を繰り返していました。退院に際し、月2回の訪問診療と週1回の訪問看護を導入。さらに訪問介護も開始し、定期的な安否・状態確認が可能な体制を構築しました。摂食低下時には経口栄養補助剤を指示し、状態が悪化した際には往診と点滴を実施。この迅速な初期対応と多職種連携により、その後しばらく入院することなく自宅療養につながりました。
3. 本人・家族の希望を叶えるための栄養管理
事例③:85歳・女性(胃瘻栄養のケース)
脳梗塞で寝たきりの方。経口摂取を希望していましたが、誤嚥性肺炎で入院。話し合いの結果、摂取量は少ないながらも胃瘻造設術を行い、自宅へ退院。退院後は、胃瘻栄養を併用しながら経口摂取を継続し、嚥下訓練も継続しています。訪問診療は、生命維持だけでなく、「食べたい」という本人の意思やQOL(生活の質)を支えるサポートも行います。
4. 住み慣れた場所での穏やかな終末期ケア(看取り)
事例④:97歳・女性(大往生のケース)
生来かかりつけ医がおらず、ADL(日常生活動作)が低下し、トイレ移動も困難になった時点で訪問診療の依頼あり。介護保険の申請支援を実施し、介護体制を整備。栄養補助剤の処方など褥瘡予防を含む全般的な身体管理を図り、住み慣れた自宅で穏やかに永眠されました。在宅医療は「住み慣れた場所で最期を迎えたい」という願いを実現するために、非常に心強いです。
5. 慣れ親しんだ環境で「食べる」の回復を目指す
事例⑤:92歳・女性(誤嚥性肺炎のケース)
認知症でグループホームに入所中。誤嚥性肺炎で入院後、嚥下リハビリにもかかわらず十分な経口摂取が困難でした。ご家族、施設職員、病院主治医との相談の結果、「食べられず亡くなることも覚悟で、慣れ親しんだ施設に戻りたい」と退院。言語聴覚士(ST)を導入し嚥下訓練を行った結果、施設に戻ってから徐々に摂食量が回復しました。環境が変わることによるストレスの軽減や、きめ細やかなサポートが奏功した例です。
6. 認知機能低下への早期介入と介護体制の構築
事例⑥:86歳・男性(認知症のケース)
地域包括支援センターより相談があり、洋服の汚れが目立つなど生活に困難が生じていました。介護保険の申請を試みるも断念を繰り返し、なかなかサービスの導入が進まない状況でした。認知症初期集中支援チームと連携した訪問の結果、やはり介護サービスの導入が必要と判断。通院や受診を拒否していたため、往診の依頼があり診察の上で、主治医意見書を作成し介護保険申請へ。訪問介護導入など介護体制を確立。通院拒否がある方の生活基盤の整備などへの介入にも在宅医療は有効です。
7. 突然の怪我や病気からの回復とリハビリ支援
事例⑦:70歳代・男性(肋骨骨折のケース)
自転車から転落し肋骨を骨折。病院では自宅安静の指示でしたが、起き上がりでの疼痛が強く、訪問診療を依頼されました。介護保険の申請、介護ベッドの導入を支援。鎮痛薬の強化、打撲創の処置と身体ケアのための訪問看護を導入。安静によるフレイル(体力低下)予防のため、訪問リハビリで対応し、2カ月後には骨折が治癒し、訪問診療は卒業となりました。急性期の自宅療養をトータルでサポートしたケースです。
よくあるご質問
Q1. 契約してないけど、急にお腹が痛くなったら来てくれる?
A.基本的には、定期的な訪問診療によって普段の様子を把握していることを前提に、臨時・緊急対応が可能となり、当院では対応していません(対応するクリニックもあります)。急な病状の変化の場合、的確な検査と治療が必要なことも多く、まずは病院受診(必要であれば救急要請)をお勧めします。
Q2. 自宅で亡くなった場合、警察を呼ぶ必要があるの?
A.訪問診療が介入しており、それまでの病状から予想されうる死亡である場合は、在宅医による死亡確認が可能です。しかし、予期せぬ死亡(疑い)の場合や、事件性の疑いがある不審死である場合は、警察への連絡が必要となります。
在宅医療は「頑張り過ぎる」ご本人とご家族の支え
疾患や障害を有して自宅で過ごすにあたり、「まだ頑張れる」「迷惑をかけたくない」と、本人とご家族だけで周囲に頼らずに頑張り過ぎてしまうケースを私たちはいまだに多く経験します。
在宅医療や介護サービスは、そのようなご本人やご家族がご自身のお住まいで自分らしく、そして、安心して過ごしてもらうためにサポートができます。まずは、このような制度があることを知り、そして「通院が負担になってきた」「自宅での生活に不安がある」と感じたときには、適切な医療や介護の利用を検討することが、生活の質の維持・向上につながると思います。