2025

07/02

百日咳 ~薬剤耐性菌の被害拡大に要注意~

  • 感染症

内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事

新微生物・感染症講座(20)

今年の上半期の感染症に関連するニュースの中で、大きな話題の一つに百日咳の流行があります。百日咳は小児の重症化が危惧される感染症の一つですが、コロナ禍で感染報告が激減していたものの、2023年から徐々に増加傾向を示し、2025年に入ってから爆発的に増加しています。百日咳の原因は細菌であり、抗生物質による治療が可能ですが、薬剤耐性菌の出現も大きな問題となっています。今回は百日咳を通して、薬剤耐性菌対策について考えてみましょう。

百日咳とは

百日咳(whooping cough)は、百日咳毒素を産生する百日咳菌(Bordetella pertussis)を原因とする細菌性の呼吸器感染症です。感染者の咳やくしゃみによる飛沫を吸い込む、あるいは飛沫で汚染した物に触れた手などを介して経気道(呼吸器)に感染します。潜伏期間は5~21日で、発症すると発作性の咳あるいは英名になっているwhoop(吸気性笛声)を呈する咳、さらには咳込み後に嘔吐を伴うといった激しい咳が2週間以上続きます。この期間をカタル期と呼び、この後に発作性けいれん性の咳(痙咳)が2~3週間続く痙咳期(けいがいき)を経て回復期へと進み、感染から回復までには2~3カ月かかる厄介な感染症です。また、満1歳未満の乳児が感染すると重症化するリスクが高く、特に痙咳期の症状は多様で、無呼吸発作、チアノーゼ(唇や爪が紫色を呈する)、けいれん、呼吸停止と進展する場合や、肺炎、脳症といった合併症を引き起こす場合もあります。生後6カ月以降はマクロライド系抗菌薬(エリスロマイシン、クラリスロマイシン、アジスロマイシンなど)を用いた投薬治療が可能ですが、それ以前は生後2カ月からの5種混合ワクチン接種(破傷風、ジフテリア、ポリオ、Hib、百日咳)しか予防手段がありません。しかし、百日咳のワクチンは18カ月までに複数回投与が必要であり、1回の接種では十分な予防とはなりません。妊婦へのワクチン接種により百日咳の乳児感染率を大幅に低下できることが明らかとなっていますが、日本では今のところ妊婦に対する百日咳ワクチン接種は未承認であり、近々の課題となっています。一般の成人に対しては、破傷風、ジフテリア、百日咳の3種混合ワクチンの追加接種が可能ですので、感染、重症化が心配な方は医療機関へご相談ください。また、会食後にメンバーが百日咳を発症するなど、感染者との接触が分かった場合には約80%の確率で感染が想定されますので、医療機関を受診して薬剤の予防投与を希望しましょう。

コロナ前を上回るペースで増加⁉

百日咳は、感染症法の分類で5類感染症ですが、2017年までは小児科定点把握対象疾患であり、2018年以降に全数把握対象疾患へと変更されました。国立健康危機管理研究機構(JIHS:Japan Institute for Health Security、2025年4月に国立感染症研究所と国立国際医療研究センターが統合)のデータによれば、2018年は12,117例、2019年は16,850例の報告があり、コロナ禍で激減したものの、2023年には1,000例、2024年は4,054例の年間届出がありました。ところが2025年に入ると、3月末(13週)の時点で4,771例と、3カ月で2024年の報告数を上回り、5月半ば(20週)にはコロナ前を上回る2万例近くに達しています。また、日本国内の百日咳の流行は、薬剤耐性菌とそうでない薬剤感受性菌のどちらもが原因となっています。感染者の年齢層は、圧倒的に10代が多く、ワクチンの効果が低下する年齢層というだけでなく、学校や習い事などで地域コミュニティー内であっても不特定多数との接触が多い年代であることが要因として考えられます。

海外での感染状況

世界的にCOVID-19に対する公衆衛生対策の緩和がなされたことで、インフルエンザやRSウイルス感染症をはじめとした呼吸器感染症の流行が報告されており、百日咳についても例外ではありません。しかし、国によって診断基準が異なっていたり、そもそも感染者数調査を行っていない国もあるため、地球規模での百日咳の流行状況把握は極めて困難です。感染者数の報告があった欧州やアメリカでは2023年から2024年にかけて、急激な百日咳感染者数の増加がみられています。隣国の中国や韓国でも同様の増加傾向がみられており、2024年の感染者の年齢層として中国では3~6歳および6~16歳、韓国では5~14歳の感染増加が顕著であったと報告されています。世界的にコロナ禍前の感染状況に戻ったという見解もあろうかと思いますが、日本における感染症の流行は、COVID-19の収束に伴って増加している訪日外国人観光客の増加も無関係とは思えません。というのも、日本国内で検出される薬剤耐性百日咳菌の起源は、国外である可能性を複数の報告が指摘しているからです。

私たちがすべき薬剤耐性菌対策

薬剤耐性菌とは、治療薬であるはずの抗生物質が効かなくなってしまった細菌のことです。今からおよそ100年前に抗生物質が発見され、その後に多くの研究開発がなされてきたことで、私たちは感染症に対する対抗手段を次々と得てきました。しかし、病原体も生き残るために抗生物質に耐え抜く術を身に着け、薬剤開発と耐性菌出現のイタチゴッコが続いており、病原体が徐々に優位に立っています。WHO は最悪のシナリオとして、2050年には全世界で薬剤耐性菌関連の死亡者数が毎年1,000万人以上となると想定としています。そうならないための対策として、2015年5月の世界保健総会で採択された薬剤耐性に関するグローバル・アクション・プランに従って、日本では「適切な薬剤を必要な場合に限り、適切な量と期間使用する」ことの徹底を国民全体に展開する」アクションプランを2016年4月に決定していますが、皆さんはご存じでしょうか。薬剤耐性菌問題については今後も触れていきたいと思いますが、まずは現状を知り、適切な薬剤利用を心掛けましょう。

 

■参考文献■

百日咳の発生状況について(国立健康機器管理研究機構 感染症情報提供サイト)

https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ha/pertussis/020/2504_pertussis_RA.html

 

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