2026

01/07

発酵と腐敗~人間の都合で決まる?~

  • 感染症

内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事

新微生物・感染症講座(23)

お正月のおせち料理は、神様を迎える正月に台所を騒がせないように、三が日の間は日持ちする食品を年末に準備しておくという日本の正月を祝う風習、食文化の一つです。おせち料理の起源は神様に感謝するお供え料理として弥生時代にまでさかのぼり、かつては正月だけでなく節句ごとに作られていたようです。現代では食品の保存、輸送、販売は冷蔵・冷凍が主流となり、家庭でも冷蔵庫を使うことで、食品の保存期間が技術の無い時代と比べて飛躍的に長くなりました。細菌や真菌も生物なので、温度を下げることで生命活動を抑えて腐敗を防いでいるのです。一方で私たちは発酵食品・調味料や抗生物質を微生物に作ってもらっています。発酵と腐敗はどちらも微生物の活動によるものですが、何が違うのか考えてみましょう。

発酵と腐敗は何が違う?

腐敗も発酵も細菌や真菌の生命活動の結果ですが、人間にとって“都合が良い”と「発酵」。“都合が悪い”と「腐敗」と呼び分けることが多いです。しかし、人間の「都合」というのは曖昧なもので、例えば発酵食品作りに欠かせない細菌の代表に乳酸菌がありますが、ある種の乳酸菌が日本酒造りの際に混入してしまうと、白濁や異臭の原因となってしまうことが知られています。また、納豆を作るために必要な納豆菌は、焼酎造りの際に混入すると風味を消してしまうため、納豆菌は人間にとって都合良くも悪くも働く細菌といえます。もっとも、豆を発酵食品とする食文化を持たない国の方々にとっては、大豆が腐ってしまっていると感じるのかもしれません。

こうしたことから、「人間の都合」を網羅して説明するのは難しく、また国や文化によっても変化する事柄であるため、発酵と腐敗を私たちの都合で学術的に定義することができません。そこで微生物学では、「酸素の無い状態(嫌気条件)で糖が分解される」微生物の働きを発酵、「タンパク質やアミノ酸を分解してアンモニア等の悪臭を発生する」微生物の働きを腐敗と定義しています。手元にあった国語辞典(岩波書店)にも、発酵は「酵母・細菌などが持つ酵素によって糖類のような有機化合物が分解して、アルコール・有機酸・炭酸ガスなどを生ずる現象」、腐敗は「腐ること」「有機物が微生物の作用で分解し、悪臭を放つまでになった変化」と記されています。

発酵食品は本当に身体に良いのか⁉

定義的にはタンパク質が分解されると腐敗ですが、納豆、みそ、しょうゆは大豆タンパクを分解した発酵食品ですし、チーズはミルクのタンパク質を発酵させた発酵乳製品です。世界一臭いことで有名なスウェーデンのシュールストレミング(ニシンの塩漬けを缶詰にして発酵させた伝統食品)は、ニシンのタンパク質が分解されて、プロピオン酸、硫化水素、アンモニア、メルカプタンなどの悪臭成分が複合的に生じた結果、缶を開けた瞬間に強烈な刺激臭が噴き出てきます。それでも多くの国で発酵食品を食文化としているのは、私たちにとって生の食材よりも消化吸収しやすい特徴があるからです。

私たちが食事を取ると、胃で粥状となって小腸から吸収されます。その際、私たちの消化器官に常在している微生物が消化、分解を手助けしてくれていますが、全ての食材を最初から消化、分解するのは胃腸にも常在細菌にも負担がかかります。そう、発酵食品は食べる前に微生物による分解がなされているので、胃腸への負担が小さくなるのです。また、私たちは自身でビタミンを作ることができませんが、微生物の中には発酵過程でビタミン類を生成する場合があり、発酵食品を食べることで効率よく栄養を吸収できるのです。

近年の研究では、健康と腸内細菌叢(腸内フローラ)には密接な関係があることが報告されており、腸内環境を整えること、いわゆる「腸活」が推進されています。

善玉菌と悪玉菌

発酵も腐敗も微生物の活動の結果なのに、発酵食品は「体に良い」とされ、腐敗した食品はまずいだけでなく食中毒の原因となる場合があります。一般的には食中毒を起こすような菌を「悪玉菌」、発酵食品を作ったり腸内環境を整えたりする菌を「善玉菌」と呼んでいますが、前述のとおりこれは「人間の都合」でしかありません。では、善玉菌や悪玉菌は間違った考えなのかというとそうではありません。

善玉菌と悪玉菌は、1970年代に腸内細菌学の大家であった光岡知足博士によって提唱された、腸内フローラの分類に関する用語です。ただし、腸内細菌を3つの分類、善玉菌、悪玉菌と日和見菌に分けたもので、善と悪に二分した考えではありません。光岡博士に師事した辨野義己博士によれば、腸内フローラの理想的な「善玉菌」:「悪玉菌」:「日和見菌」のバランスは、2:1:7とのことで、悪玉菌より善玉菌が多いことで文字どおり日和見菌が善玉菌側で働くというものです。腸内フローラについては、いずれまたお話ししたいと思いますが、微生物は細胞構造こそ単純であるものの、善悪で二分できるほど単純ではないのです。

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