2025

04/07

望まない蘇生をなくす取り組み

  • 地域医療

  • 北海道

横山 和之
北海道社会事業協会 岩内病院 院長

地域医療・北海道(56)

人生の最終段階における傷病者の意思の尊重

私が勤務する北海道社会事業協会岩内病院は北海道西後志(人口約3万人)を医療圏としたいわゆる田舎の地方病院です。この地域において、二次救急を担い、急性期の患者さんを受け入れ、入院加療できる唯一の病院となります。近傍の都会である札幌市からは車で2時間程度、小樽市からは車で1時間10分程度の距離にあります。

地方の末期がん患者さんや呼吸器疾患と心疾患の末期の患者さん、脳梗塞や脳出血後などの脳神経疾患の患者さんは、札幌や小樽で急性期の治療を受けていても、病状が落ち着きもしくは積極的な治療ができなくなった際には、「地元で最期を迎えたい」という希望が多々あります。その場合は札幌や小樽の急性期病院から、当院に紹介され最後の治療を継続します。そのような患者さんはほぼ全て、急変など何かあれば、当院に救急搬送されています。そして、今までは、末期の患者さんであっても、心停止していれば、救急隊の手で心肺蘇生がされ、当院に搬送されていました。

日本臨床救急医学会では「人生の最終段階にある傷病者の意思に沿った救急現場での心肺蘇生等のあり方に関する提言」を2017年に公表しました。「人生の最終段階にある傷病者が救命を希望しない場合には119番通報をしないのが望ましい。しかし、現実には、119番通報によって出動した救急隊に対して、傷病者は心肺蘇生等を希望していない旨を現場で伝えられる事例が発生している。このような場合に、救急隊は傷病者の救命を優先し心肺蘇生等を実施すべきか、あるいは傷病者の意思に沿って中止すべきかについての判断を迫られるが、基づくべき指針はない」。この提言は、これらの現状を示した上で、どのように対処すべきかについての基本的な対応手順等を指針として取りまとめたものです。

患者さんの意思を尊重したDNAR承諾書の導入

これらの提言に即した、この地域での「傷病者の意思を尊重した、救急現場での急変時のDNAR(※1)の対応」を目的として、急変時DNAR承諾書を導入・運用することとしました。2024年5月より、当院通院中の末期がん患者さん、呼吸器疾患、心疾患の末期の患者さん(訪問看護訪問診療を含む)に対して、患者家族と当院主治医(現在のところ私だけです)で話し合いを行い、救急現場での急変時のDNARを確認し、「急変時DNAR承諾書」を事前に患者さんとその家族に署名してもらいます。「急変時DNAR承諾書」に署名した患者さんの情報は、当院と岩内消防署で情報共有し、救急要請時には承諾書の有無の確認と、現場にて傷病者もしくは家族からDNARの再度の意思確認を行い、心肺蘇生をせずに当院に搬送となります。

この運用を開始して、現在まで、承諾書に署名し消防署と情報共有を行った患者さんが3名になっています。そのうち、救急要請があったのは1名でした。救急要請された傷病者は意思が尊重され、患者家族も心配蘇生をしないことに現場でも同意されて、心肺蘇生されずに当院に搬送されました。その後、死亡が確認されています。残りの2名は、救急要請されずに、訪問看護と訪問診療が継続され、自宅で2名とも最期を迎えられています。3名とも患者の意思が尊重された結果になっています。

当院は、この医療圏内で二次救急を担う唯一の病院のため、医療圏内で発生したCPA(心肺停止)の患者さんはほぼ全て当院に搬送されています。当院の通院患者さん(紹介患者さんも含む)が前もって「急変時の心肺蘇生を望まない」という患者の希望がある場合には、当院で当院の医師が患者さんに救急現場での急変時のDNARを確認し、「急変時DNAR承諾書」を事前に患者さんの家族に署名してもらいます。そのため、消防署、患者さんとその家族、当院との3者での情報共有は容易であり、導入と運用は問題なく行われています。当院のような地方では、都会と違い、救急搬送に携わる消防組合が1つ、また救急搬送される病院も1つで、一対一の関係性があります。今後も、一対一の関係だからこそ可能な、密な情報共有をもとに、傷病者の意思を尊重したDNARの対応をしていく予定です。

 

※1 DNAR; Do Not Attempt Resuscitation(心肺蘇生を行わないこと)

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