2025

05/07

感染性胃腸炎の原因はノロウイルスだけではない

  • 感染症

内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事

新微生物・感染症講座(19)

感染性胃腸炎は冬季に多く見られる感染症ですが、今季は2月から3月にかけて全国的に報告数が落ち着かず、むしろ集団感染が発生するなどしていました。感染性胃腸炎とは、その名の通りウイルスや細菌などの病原体に感染して発熱、下痢、腹痛、悪心、嘔吐などの胃腸炎の症状を来す疾患です。今回は、感染性胃腸炎の原因となる病原体の中でも最も有名で、今春の流行を引き起こしたノロウイルスを中心に紹介します。

感染性胃腸炎とは

感染性胃腸炎(Infectious gastroenteritis)は、特定の病原体によって引き起こされる感染症ではなく、さまざまな病原体を原因とする消化器疾患を包含した症候群を意味しています。国立感染症研究所が発行する感染症発生動向調査週報の記事には、1998年の感染症法施行に伴って調査対象となったノロウイルス感染症とロタウイルス感染症(小児下痢症)とを厳密に分けて調査することが困難であるため、感染性胃腸炎の呼称は臨床上の診断名よりもサーベイランス上の症候群名という色彩が強いと記されています。要するに、検査で病原体が確定する前に保健所へ届けなくてはならないので、診察時に感染症の疑われる胃腸炎を「感染性胃腸炎」として一括しているということです。

感染性胃腸炎の原因病原体には、細菌、ウイルス、原虫(単細胞の寄生虫)があります。細菌では腸炎ビブリオ、病原大腸菌(腸管出血性大腸菌以外の病原性大腸菌)、サルモネラ、カンピロバクターなど、ウイルスでは前述のノロウイルス、ロタウイルスの他、アデノウイルス、アストロウイルスなどの感染が要因となります。アストロウイルスは、主に乳幼児に感染性胃腸炎を引き起こすウイルスで、本年3月に北海道の保育施設で集団感染がありました。感染性胃腸炎の多くが細菌またはウイルスを原因としていますが、クリプトスポリジウムやランブルべん毛虫(ジアルジア)などの原虫が原因となる場合もあります。これらの病原体は、汚染された食品や水を介してヒトへと感染し、感染者の排泄物を介して感染を広げます。

ノロウイルス感染症は食中毒なのか? 感染性胃腸炎なのか?

1968年に米国オハイオ州のノーウォークにある小学校で起きた集団感染の病原体として、ノロウイルスが発見されました。地名からノーウォークウイルスと仮称されましたが、やがて電子顕微鏡による検鏡像から“小型球形ウイルス”と呼ばれるようになりました。その後世界各地でこのウイルスが見つかったことで、これらを総称して“ノーウォーク様ウイルス”あるいは“ヒトカリシウイルス”と呼ぶようになり、2002年に国際ウイルス学会は属名をノロウイルス(Norovirus)と定めました。ノロウイルスの潜伏期間は1~2日で、ワクチンは開発されておらず、治療は主症状である下痢や嘔吐の対処療法のみで、点滴や水分補給による脱水対策が最も重要となります。症状は1~数日で消失しますが、感染してしまうと症状の有無にかかわらずウイルスは糞便中に数週間にわたって排泄されるため、接触からの経口感染(糞口感染)による感染拡大に注意が必要です。ノロウイルスは、エンベロープ(外膜)を持たないウイルスで、エタノールよりも次亜塩素酸系による消毒が効果的ですが、日常の感染予防対策としては石けんと流水による手洗いの効果が高いです。

ノロウイルスの感染は、二枚貝など魚介類の喫食を原因としてヒトへと感染します。そのため、食品衛生法では食中毒原因ウイルスとしてノロウイルスが定義されています。通常、食中毒は食品や水を介した病原体の感染を指しますが、ノロウイルスをはじめ感染性胃腸炎の病原体の多くは、前述のように排泄物を介してヒトからヒトへ感染します。また、ノロウイルス、大腸菌、カンピロバクター、クリプトスポリジウムなど感染性胃腸炎を引き起こす病原体の多くは少量でも感染が成立することが報告されており、特にノロウイルスは体外に出てからも数日は感染活性を維持することから、トイレ後の手洗いは感染予防対策として重要です。公共のトイレでは扉や鍵などを介した感染を起こさないよう、スマホや携帯電話の手洗い前の操作は避けましょう。

今年は感染性胃腸炎(ウイルス性胃腸炎)の当たり年⁉

ノロウイルスを原因とした感染性胃腸炎は、例年だと年末から年始にかけて報告者数のピークがあり、2月に入ると徐々に報告が減って、代わってロタウイルスを原因とした感染性胃腸炎の報告が3~4月にピークを迎えます。ところが今季は、2月末から3月中旬に至ってもノロウイルスの大規模な集団感染が報告され、各所で営業停止や閉業といった残念な報道が続いていました。2015年にも、春先までノロウイルスによる集団食中毒が続きましたが、今年は10年前より全国で大規模な食中毒が起きているように思います。

以前、静岡県環境衛生科学研究所と共に行った調査で、1年を通じてノロウイルスは下水や河川中から検出されるものの、ノロウイルスを原因とした感染性胃腸炎の報告は冬季に集中しており、いまだにその感染発症メカニズムは不明な点が多くあります。2014年の冬は今冬と同様に寒気に見舞われることが多かったものの、2015年の春先から高温傾向であったと記録されています。今年は年明けから強い寒波に何度となく見舞われ、3月になっても降雪があり、寒暖の差が激しい日々が続いていました。ノロウイルスの感染発症と気候との関係は不明ですが、私たち自身の体調は気候変化の影響を強く受けるので、天気予報を参考にしながら体調管理に努めましょう。

フォントサイズ-+=