2025
11/10
保健室で行う相談活動
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保健
東京都立紅葉川高等学校 養護教諭
保健室ってどんな場所(7)
見逃さずに対応する、表面化しづらい問題を
昔、勤務した学校でのことです。
ある男子生徒が「あざを早く治す方法はないですか?」と来室しました。部活動で打撲でもしたのかと、体のどの部分のあざで、何をしている時のあざなのか確かめようと矢継ぎ早に質問したら「もう、いいです」と去って行ってしまいました。
後日、たまたま廊下を歩いている姿を見つけ、気になったので声をかけ保健室内に誘導しました。しばらく黙っていましたが、父親から受けた暴力の痕(あと)が背中にあることが分かりました。幼少期から父親が酔うと些細なことで母親に暴力を振るっていた。最近では、母親ではなく、体が大きくなって、反抗するようになった自分に標的が移り、物を投げられたり、殴られたりする。母親からは他言しないでくれと嘆願されたため、これから水泳の授業があるのでクラスメイトに見られては困るという内容でした。
話を前に戻しますが、廊下から保健室内に移動したのは、他の誰にも聞かれない環境を整えたかったからです。生徒は「まだ踏ん張れる」とか「自分さえ我慢すれば」と隠します。高校生ともなると、友人らの家庭と自分の家庭がかなり違うと気付き、自分の家族の歪みが恥ずべきことで、悟られたくないと思うのです。世間は早期発見・早期対応と騒ぐが、閉塞感に陥っているところに現れたこの大人を、信用して良いものか疑っているのだから、そう簡単には吐露しません。安心させ、時間をかけ、開きかけた心を閉じないよう焦らず丁寧に対応しなければなりません。
俯瞰して見えてきたことを生徒に伝え、自分を責めずに、視野を広げて、他の人の助けも借りるように説得します。まずは担任教諭に事情を説明し、管理職にも報告をした上で、男子生徒を隣に座らせ、児童相談所に電話をかけます。児童相談所の指示に従い、次に警察所にも電話しました。
従来のカウンセリング技術だけは太刀打ちできない
保健室で行われる健康相談は、相談を通して問題の解決を図り、学校生活によりよく適応していくことであり、問題を自分自身で解決しようとする人間的成長を進めることです。保健室での相談と言えば「合唱大会に向けて意見の対立があり、仲たがいした……」や「怠けていたら、そんなんじゃ大学の費用を出さないぞと親に怒られた……」とか高校生らしいものでした。生徒の言い分をゆっくり聴き、全て吐き出させると、「こうすれば良かった」や「自分も悪いところがあった」など、何らか内省する言葉をつぶやく。それをつぶさに拾って、次にどうすれば良い関係(環境)に変えることができるか一緒に考えるということができました。ところが、今は、そう一筋縄ではいかないのです。
虐待においては通報数が増加傾向にあります。虐待をする親が増えたのか、通報することへのハードルが下がったのか、潜在していた事柄が顕在化しただけなのか……。そして、ヤングケアラーの問題も多く、学年が上がり勉強も難しくなると、家庭で負わされた役割が疎ましいものと感じる一方、家族を見捨てたのかと思われ、自分は冷たい人間なのではないかと後ろめたくなり、離れる決意もできなくなるのです。また、SNS上(学校の外の人物と)のトラブルも多く、スマホの中身にあるものは、大人からは見えにくく、プライバシーの領域で踏み込めません。匿名性が高いため過激化した相談内容もあり、警察や弁護士など専門家の力を借りないと無理なものも多くあります。
前述の虐待を疑う事例をはじめ、当事者である生徒の努力だけではどうにもならないケースを保健室で対応することが増えたと感じます。話を聴き「大変だったね、つらかったね」と共感するだけのカウンセリング技法だけでは立ち行かないのです。
他職種と養護教諭がつながりを持つために
児童相談所や保健所、子ども家庭支援センター、精神保健福祉センターなど社会的リソースそれぞれの役目や業務内容を把握し、いざという時には「ここに相談してみましょう」と担任や管理職に提案できる、いや、けん引できる力がこれからの養護教諭には必要です。養護教諭が時を逃がさず、被害生徒を適切なソーシャルワークやカウンセリングにつなぐ力量を培うことが急がれます。生徒が抱える問題が複雑であればあるほど、他(多)職種での支援が必要であるが、養護教諭は保健室に独りこもりがちになる場合もあるため、社会や福祉情報に疎い面も出てきてしまう。だからこそ、「勉強してらっしゃい」と快く研修出張を促してくれる学校現場の余裕や管理職・教育委員会の理解が欲しいのです。
社会的リソースのプロフェッショナルが講師である研修会に参加したり、勉強会を自らが企画したり、知り合いをつくる機会を積極的に生み出す必要があります。研修出張に養護教諭が行くことに寛容な方が、結果的に将来、学校が抱える問題の解決につながるのです。
スキルラダー研究会の概要
ウェブサイト https://skill-ladder.com/
・団体名:SLIPER(すりっぱ)
Skill Ladder for Improvement and Evaluation Running of School Health Nursing
・理念:養護教諭の能力育成を追及すると同時に、子どもやその家族、さらにその地域で暮らす人々の健康に貢献すること
・メンバー:
荒木田美香子 [川崎市立看護大学]
内山 有子 [東洋大学]
加藤 恵美 [静岡県静岡市立清水庵原小学校]
齋藤 朱美 [東京都立紅葉川高等学校]
芝 裕介 [宮崎県立延岡しろやま支援学校 高千穂校]
高橋 佐和子 [神奈川県立保健福祉大学]
中村 富美子 [静岡県沼津市立大岡中学校]