2025

11/06

レプトスピラ症 ~外来動物の駆除と感染症~

  • 感染症

内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事

新微生物・感染症講座(22)

猛暑が続く日本では、コロナやインフルエンザの流行がみられた今夏ですが、海外雑誌の記事の中に「レプトスピラ症が大流行」との見出しを見つけました。カリフォルニア沖のアシカでのレプトスピラ流行を報じた記事でしたが、ヒトやペットへの伝播が懸念されるというものです。そんな折、私の所属する大学と磐田市、猟友会、JAが連携協定を結んで、外来害獣であるヌートリアの駆除と利用に関して調査研究することとなりました。このヌートリアはレプトスピラの保菌動物であることが分かっています。今回はこのレプトスピラについてご説明しましょう。

レプトスピラとは?

レプトスピラ(Leptospira)とは、レプトスピラ目レプトスピラ科に属するグラム陰性細菌です。一般的な細菌は、直径1~5 µm程度の球状ないし棒(桿)状をしているものが多いですが、レプトスピラは直径0.1 µm、長さ 6~20 µmの細長いコイル(らせん)状をしている細菌で、両端がフック状をしています。2020年時点で、分子遺伝学的に64遺伝種が見つかっており、それぞれの遺伝種ごとに細胞表面の構造の違い(血清型)が多様で、約250種類に分類されます。

レプトスピラは高温多湿の熱帯、亜熱帯地域に多く、水たまりや湿った土などに生息して、皮膚の小さな傷口や粘膜から動物に感染します。動物の腎臓に感染し、尿とともに排泄されて水環境や土壌を汚染し、別の個体へと感染を広げます。こうした感染環を持つことから、ヒトは感染しても感染者から非感染者への直接的な感染を起こさない終末宿主となります。

世界では年間100万人が感染

レプトスピラには病原性菌と非病原性菌があります。また、病原性には黄疸を伴う「ワイル病」と、黄疸を伴わない軽症の「秋季レプトスピラ症」とがありますが、感染症法ではレプトスピラ症として4類に分類されています。ワイル病は5~14日の潜伏期間を経て、突然の高熱から諸症状が現れ、黄疸、腎障害、髄膜炎などを来たして重症化し、死亡率は5~30%です。感冒症状のみで命にかかわることのない秋季レプトスピラ症は、日本では秋疫(あきやみ)、用水病、七日熱(なぬかやみ)などと呼ばれていた疾患です。

かつては日本でも年間50名以上の死者を出していたレプトスピラ症ですが、2024年は53名の感染報告(約半数は沖縄、次いで東京、鹿児島、兵庫、京都と続く)に抑えています。世界中では、年間約100万人がレプトスピラ症に感染し、そのうちの約6万人が死亡していると、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は推定しています。レプトスピラの治療には抗生物質(アモキシリン、ドキシサイクリンなど)の内服が有効で、重症例ではペニシリンGあるいはアンピシリンなどの注射もなされます。

ヌートリアとレプトスピラ

レプトスピラは動物の腎臓に感染しますが、一部の動物ではレプトスピラ症を発症せずに菌体を体内に保持する、キャリアー(保菌者)となることがあります。レプトスピラは主にげっ歯目がキャリアーとなることが分かっており、冒頭で紹介したヌートリアは大型のげっ歯目です。ヌートリアは、カップルまたは雌を中心とした数匹の群れを水辺に形成し、水生植物や巻貝などを食べて生活しているため、レプトスピラに汚染された水環境でキャリアーとなります。ヌートリアの原産は南アメリカですが、軍用防寒具の毛皮採取を目的として、第2次世界大戦の頃には世界中で飼育されています。日本へは1939年にフランスから150頭が輸入され、1944年には西日本を中心に数万頭が飼育されていたといわれており、現在でも京都の鴨川に多数が生息し、宅地内へ侵入するなどの被害が相次いでいます。ヌートリアは水辺に生息するため、水が凍ってしまうような寒冷地には生息できませんが、温暖化の影響もあってか日本での生息域を北上させています。冒頭で紹介した磐田市と浜松市との間には天竜川が流れており、この川をヌートリアに越されないよう、両市でヌートリア駆除に力を入れているのです。

近年、日本では大きな水害が毎年報告されています。水害発生後は衛生状態が悪くなっており、ヌートリアに限らずドブネズミなどのげっ歯類が増加したり、病原微生物に汚染された水や土壌への接触機会が増えることで、レプトスピラ症に限らず感染症に罹患するリスクが高くなります。保菌動物対策と合わせて、水害時の感染対策も強化する必要があります。

ジビエ料理と感染症

外来害獣駆除では、種類によってその処理が問題となることがあります。今回の磐田市のヌートリア対策では、大学が中心となってジビエ(狩猟した野生鳥獣の肉)料理への利用を検討します。ヌートリアの肉は、タンパク質と脂質の割合が栄養バランス的に優れているといわれており、一部の国では炒め物や揚げ物に利用されています。詳細な組成については不明な点も多いことから、今後の研究成果が待たれるところです。

レプトスピラの感染は、前述のように経皮感染が主ですが、汚染された水や食品を摂取することでも感染します。イノシシやシカなどのジビエ料理では、レプトスピラ以外にもE型肝炎ウイルス、腸管出血性大腸菌、病原大腸菌、サルモネラ属菌、カンピロバクター、旋毛虫、肺吸虫、肉胞子虫などが問題となります。これらの病原体は加熱によって処理することが可能ですから、ジビエ肉は中心部までしっかり加熱しましょう。また、ジビエに限らず食肉の食中毒予防では、「中心部75℃、1分」が加熱条件です。日ごろから心がけて食中毒を予防しましょう。

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