2025

09/03

レジオネラ症 ~エアロゾルを介して感染!?~

  • 感染症

内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事

新微生物・感染症講座(21)

今年の4月から大阪で万国博覧会が開催されていますが、6月初めに衝撃的なニュースが入ってきました。報道によると、万博会場にある人工の池から、国の指針値の20~50倍のレジオネラ属菌が検出されたとのこと。しかも、保健所から連絡を受けた博覧会協会は緊急性があると認識せず、翌日の夜まで対策を取らずに人が入れる状態であったため、強く批難されました。そもそもレジオネラ属菌による感染症はどのようなものなのでしょうか。

レジオネラ症とは

レジオネラ属菌による細菌感染症をレジオネラ症と呼び、感染症法上の四類感染症に分類されています。病原体であるレジオネラ属菌は、土壌、河川、湖水や温泉など、自然界に広く生息している好気性のグラム陰性桿菌です。1976年に開かれたアメリカ在郷軍人会(American Legion)の大会参加者や周辺住民など200名以上が原因不明の肺炎を発症し、その原因病原体として新種の細菌が発見されました。その細菌は、在郷軍人にちなんで属名をレジオネラ、肺炎の原因となったことからギリシャ語で「肺を好む」を意味するニューモフィラと名付けられました。このレジオネラ・ニューモフィラ(Legionella pneumophila)は新興感染症として注目され、その後レジオネラ属菌は約60種類が確認されています。レジオネラ症の症状は、重症・劇症型の「レジオネラ肺炎」と、感冒症状を呈するものの一過性で終息する「ポンティアック熱」とがあります。レジオネラ症に対するワクチンは開発されておらず、レジオネラ肺炎では抗生物質(マクロライド系、ニューキノロン系、リファンピシンなど)による投薬治療が施されますが、ポンティアック熱では自然に軽快する場合がほとんどです。

ポンティアック熱は、1968年にアメリカで起きた集団感染事例ですが、原因となった病原体は特定されておらず、蓋然性(がいぜんせい)からレジオネラ属菌によるものと考えられています。1968年はノロウイルスが発見された年でもあり、分裂増殖が可能な細菌であるレジオネラ属菌が特定されないのは不思議なことです。実は、レジオネラ属菌は一般的な細菌を増やすことのできる培地では増殖しません。レジオネラ属菌は、環境中では藻類と共生していたり、アメーバなどの単細胞の原生動物に寄生していたりすることが多い、通性細胞内寄生細菌なのです。他の生物の細胞を利用して生活しているため、一般的な培地で増殖させることができないのです。

新興感染症である理由

自然界に広く生息しているレジオネラ属菌が、私たちを襲うようになったのには理由があります。私たち人間は、快適な生活を求めて、あるいは水資源の節約のため、ジャグジーや加湿器、あるいはビルの屋上の冷却塔、噴水などの景観水、屋内外の風呂などへの循環水利用など、エアロゾルと呼ばれる細かい水の粒子(霧や水煙のイメージ)を発生させる人工的水環境技術を発展させてきました。レジオネラ属菌はエアロゾルの粒子よりも小さく、土壌や水環境中に生息しているため、消毒が不十分な人工的水環境におけるエアロゾルを介したレジオネラ感染のリスクを高めてしまったのです。

検査技術の進歩とともにレジオネラ属菌の検出精度が高まると、欧米では空調設備の冷却水が主な原因となった大規模な集団感染が相次いで報じられました。日本では1980年に初めて集団感染事例が報告され、その後は入浴施設、特に循環式入浴施設での集団感染が報じられるようになりました。

感染機序

レジオネラ属菌の感染経路は、ほとんどがレジオネラ属菌に汚染されたエアロゾルを吸入することで起こるエアロゾル感染です。また、入浴施設や河川で溺れた際に汚染された水を誤嚥、吸引したことによる感染事例や、汚染された土壌の粉塵を原因とする感染事例も報告されています。しかし、ヒトからヒトへの感染は確認されていません。

吸引や誤嚥により体内に侵入したレジオネラ属菌は、自身で分裂増殖できないため免疫細胞(マクロファージなどの白血球)に貪食されます。一般的な細菌は免疫細胞に貪食されると分解されてしまいますが、レジオネラ属菌はこの貪食を利用してそのままその免疫細胞に寄生(感染)する、なんとも姑息な病原体なのです。

基準値と対策

入浴施設やシャワーのように、私たちがエアロゾルを直接吸引する可能性がある場合は、国の指針(新版レジオネラ症防止指針)でレジオネラ属菌が検出されないことを(検出限界:100 mL中に10個)、エアロゾルを直接吸引する可能性がない場合は100 mL中に100個以下と定められています。また、レジオネラ属菌が検出された場合には直ちに清掃・消毒などの対策を講じて検出されなくすることも示されています。万人が自由に立入り可能だった人工池でレジオネラ属菌が検出されたとなれば、直ちに立入りを制限して清掃・消毒しなければならないのです。前述のようにレジオネラ属菌は藻類や原生動物に寄生していたり、薬剤や熱に強いバイオフィルムを形成したりすることがあります。原虫には塩素に抵抗性を示すものもおり、通常濃度の塩素では消毒が不十分となることがあるためオゾンや過酸化水素などで処理します。

私たちの免疫細胞の働きを利用して感染するレジオネラ属菌ですが、元々環境中に多く存在する細菌であり、免疫が維持されていれば極度に恐れる必要はありません。しかし、新生児や高齢者のように免疫が低かったり、飲酒、喫煙を好んだりあるいは基礎疾患を持つ方では注意が必要となります。旅館業法や公衆浴場法に基づいて営業している入浴施設では、レジオネラ属菌検査が義務付けられています。また、検査結果は施設利用者が確認できるように掲示することとなっていますので、利用される際には確認してみてください。

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