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~正常の反応の長さと深さの異常~

メンタルヘルス

西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。
ドクターズプラザ2012年9月号

よしこ先生のメンタルヘルス(6)

「適応障害」は「ストレス病」!?

許容し得る一定の量や質を超えた時に起こる

こころの病気についての話題は、今やありふれたものになっていますが、適応障害は、誤解されやすい病態です。適応障害では、あるストレス(心的負荷)に対してこころが反応し、落ち込みや不安などで苦しみ、それまでの社会的な機能を損ない、普段の当たり前の生活を送れなくなってしまいます。ストレスに対する反応は、人によってさまざまで、落ち込みが中心の症状の人もいれば、不安が中心の人もいます。ある人はイライラして、いわゆる「行動化」といわれるような日常生活の機能を損なうような行動――物を壊したり、人に暴力を振るったり――をします。適応障害において、ストレスに反応して現れてくるメンタル不調は、いずれも「了解(誰もが理解できる)」できるような不調です。

よくある誤解は、周りの環境に適応できない場合を適応障害と診断すると考えていることです。そこには、いささか批判がましい気分があります。「この人は、わがままで、環境に適応できない」「普通は辛抱するよね」などと口には出さないまでも、適応できない本人を批判するような気分があります。診断名そのものが、誤解を生みやすいというところがあるかも知れません。実は、適応障害は、ストレスに対する正常の反応の深さと長さの異常です。つまり、誰もがかかり得る病態です。わがままな人も、わがままでない人も、意地悪な人も、意地悪でない人も、誰もがかかり得るのです。ストレスの結果、日常生活機能を損なった(つまり適応できなくなった)場合を、適応障害と診断するわけですから、むしろ、「ストレス病」とでも名付けた方が良いのかもしれません。

適応障害は、ある人が許容し得る一定の量、質を超えてしまった時に起こります。ある人にとっては、1カ月100時間を超えるハードワークは許容範囲ですが、パートナーの浮気は許容範囲ではありません。別の人にとっては、パートナーの浮気は許容範囲ですが、職場の上司からの叱責は許容範囲ではありません。一人一人のこころにとって、何が地雷なのかは千差万別です。長い人生の中では、強みだと思っていたことが弱みになることもあります。逆に、弱点だと思っていたことが、人生を豊かにすることもあります。この視点から見ると、決して適応障害が「不適応」「弱さ」「忍耐がない」とは言えないでしょう。

精神症状のデパートメントストア

一旦適応障害になると、現れてくる症状は似通っています。いわゆる不定愁訴といわれるような身体症状――動悸、息苦しさ、頭痛、下痢、生理不順など身体的不調感、行動化といわれるようなこころのつらさが不適切な行動となって現れてきます。例えば、反社会的な行動が現れたりします。また、落ち込んだり、被害的になったり、健忘を起こしたり、パニック発作に陥ったり、いわば精神症状のデパートメントストアのようです。適応障害では、うつや不安などのごく一般的な症状から、一時的な健忘や失立など起こるとびっくりするような症状まで幅広く出現してきます。これらの症状の結果、仕事に行けなくなったり、学校に通学できなくなったり、広範囲にわたって社会的な機能を損なってきます。

このように、正常な反応の深さと長さの異常が社会的機能を傷害した場合、治療はどうするのでしょう。適応障害は、ストレス因への反応として現れてくるものなので、ストレス因がなくなれば症状も軽快していきます。ストレス因の続いている間だけ、不眠や抑うつ、不安に対処して少量の薬物を投与すれば良いと考える治療者も多いかもしれません。実はこころに働き掛けることによって、ストレス因子がどのようにストレスとして作用したのかに気付くことができれば、適応障害になる前よりもその人の人生は、もっと強く、豊かになります。適応障害になった時が人生の分岐点、というわけです。

一方、驚くべきことに、それまで責任から解放されたことのない人にとって、「適応障害になって責任から解放される」「仕事に行かなくていい、学校に行かなくていい」という経験は、歓迎すべきものとなることもあります。適応障害で苦しんでいる一方、「治りたくない」という気持ちが湧いてきます。苦しみに対する周囲の人の共感や同情は、居心地のいいものかもしれません。治療は、その人の人生を豊かにする場合もありますし、時には症状の固定につながる場合もあります。どうぞ治療がその人の人生を豊かにしますように。

 

ドクターズプラザ2012年9月号

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