2013

07/20

~思いがけない出来事~ パワーハラスメントという時に

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2013年7月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(16)

人事等に訴えが起こされる中には、被害関係念慮や幻聴に起因するものも!?

Aさん・29歳 ~陰口を言われている~

Aさんは29歳になるまで司法試験の受験をしてきました。30歳を目前にして、「このままではいけない」と就職をすることにしました。有名大学を卒業していたせいか、すんなりと就職が決まり希望通りの法務部に配属されました。法務部では直属の上司に資格者が配置され、当初は実務で勉強ができると喜んでいました。そのうち家に帰ってくると、「部長のいない時間に限って陰口を言う人間がいる」と訴えるようになりました。会社に行こうとすると、まるで催眠をかけられたように眠気が襲ってきて、しばしば休みを取らざるを得なくなりました。休んだ翌日に出勤すると、同僚から面と向かって「いらない奴」とか「死んだ方がいい」と言われると母親に訴えました。母親は父親に伝えましたが、父親は「そんなことはないだろう。あいつがまた取り越し苦労をしているだけなんじゃないか」と取り合いません。そのうち食事もできなくなったので、見かねた両親は揃って会社に事情を聞きに行きました。会社の上司は「仕事中ため息ばかりついており、疲れている様子だが、家で何かありましたか」とむしろ両親に事情を聞く有様です。

両親が「同僚から面と向かって『いらない奴』とか『死んだ方がいい』と言われていると家では言うんです」と伝えると、上司は首をかしげ怪訝そうでしたが、「そういうことなら少し仕事の場所を考えましょう」と言いました。結局週明けから周囲をパーティションで区切られた場所で業務をするようになりました。その後も家では「陰口を言われている」「ぼそぼそと呪いをかけられている」「体が動かない」などと訴え、体調不良で休みがちになりました。本人が「四方を壁でちゃんと囲われた場所ならば仕事ができると思う」と言うので、個室での勤務となりました。しかし、「集中できず頭が回らない」「職場のパワハラのせいで疲れやすい」と訴え続けています。困り果てた上司はメンタルヘルス科受診を勧めましたが「人権侵害だ」と拒否しています。このところ出勤できる日はほとんどありません。

Bさん ~人目が気になる~

Bさんは入社して2年目になりますが、学生時代から気になっていた人目がことさらに気になっていることが心配です。通勤電車の中でも笑い声を聞くと、自分が笑われていると思ってしまいます。悲しい気分になって電車を降りてしまうことも一度や二度ではありません。以前は気にならなかったお茶の時間の雑談も何となく噂されているようで嫌な気分になってしまいます。自分の後ろを通られると、何か盗み見られたのではないかと不安になることが増えています。上司が何やら難しい顔をしていると、自分のことを叱責されているような気分になって居たたまれません。我慢できずに上司に「何かしましたか」と尋ねて怪訝な顔をされたことがあったのでそれからは言わないようにしていますが、漠然とした嫌な感じは取れません。母親に「職場に行くのがつらい」「針のむしろのような気がする」と訴えても、「考え過ぎよ」と取り合ってくれません。このところは「死にたいなぁ」と考えることが増えています。

統合失調症は、100人に1人の病気

AさんやBさんは、どうやら統合失調症という病気に罹ったようです。AさんやBさんは、悪口を言われたり噂されたりしていると確信しています。周りの家族や職場の同僚、上司は、ある時は「単なる取り越し苦労」と取り合わなかったり、ある時は実際にパワーハラスメントやモラルハラスメントが事実としてあったに違いないと巻き込まれたりします。悪口を言ったとされる同僚や上司からすると晴天の霹靂の訴えですが、実際にはかなり荒唐無稽な訴えにさえも職場が巻き込まれることは、しばしば起こります。人事やパワーハラスメント委員会への訴えの中には、被害関係念慮や幻聴に起因するものがないとはいえません。

統合失調症という病気は、100人に1人の病気です。つまり、日本人の中には約120万人いるということになります。決して珍しい病気ではありません。思いがけない出来事、思いがけない訴えがあった時は、少し冷静になって知恵を出し合ってみましょう。

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