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~医療と福祉が一体化した新地域包括ケアシステム~ その確立に向けた医療の中核施設としての位置付け

僻地・離島医療

茨城県

福島県との県境に位置する北茨城市。その北端の港町にある北茨城市民病院は、地域の基幹病院として、長い間市内の医療を担ってきた。過疎化と住民の高齢化が進む昨今は、新たな地域包括ケアシステムにおける医療の中核として、さまざまな機関や施設と連携しながら、地域住民の健康を守っている。この病院の管理者として2015年に赴任した、田渕崇文氏に話を伺った。
隔月刊ドクターズプラザ2019年9月号掲載

僻地・離島医療(15)茨城県・北茨城市民病院

「地域多機能型病院」を目指し臨床教育を行う関連施設も開設

―まずは北茨城市民病院の成り立ちについて教えてください。

田渕 1946年に大津町立病院として開設し、市政施行に伴って1958年に北茨城市立総合病院に改称しました。当時は木造平屋建て全54床の病院規模で、診療科目も内科、外科、整形外科、産婦人科の4科だけでしたが、その後、患者の増加に対応するため移転と改築を重ねました。2011年の東日本大震災を経て、2014年に現在の場所に新築移転し、北茨城市民病院に改称しました。病床数183床、診療科目は全16科となっています。北茨城市内には現在17の医療施設があり、その中で北茨城市民病院は基幹病院としての役割を担っています。将来的には、急性期から慢性期、回復期、在宅医療までを網羅できる「地域多機能型病院」を目指しています。

―福島県との県境に立地していますが、他県や他市とはどのように連携していますか。

田渕 こうした連携は自治体の首長の考え方次第というところもありますが、北茨城市は隣接する県や市との相互連携体制が整っているといえます。福島県いわき市から患者が搬送されたり、外来診療に来たりするケースも全体の1割程度ありますし、逆に北茨城市の救急医療隊がいわき市の病院に搬送するケースもあります。一旦当院に搬送されたものの、専門的な設備が整備された病院での治療が必要だとして、いわき市の病院に搬送することもあり、難しい判断が求められます。県をまたいだ基幹病院同士で、もっと緊密な連携が取れるよう、現在体制づくりを進めているところです。

―現在の診療体制は。

田渕 医師は全部で21人いますが、その多くは筑波大学や茨城県からの要請によって自治医大から派遣された方々なので、全ての診療科を常勤の医師で賄えているわけではありません。全16科のうち、入院治療ができるのは内科、循環器内科、外科、産婦人科、歯科口腔外科のみ。以前は脳外科にも常勤医師がいましたが、昨年に退職してしまいました。当院に限らず、北茨城市はかなり前から医師不足の問題が顕在化しており、いかに医師を確保、育成するかが大きな課題となっています。こうした地域に派遣される医師は、一定の期間がたてば離れていってしまうので、なかなか定着しません。若い医師は都会志向の人が多く、私のような子育てを終えたベテラン層に頼らざるを得ません。

―医師不足は、多くの地域医療が抱えている課題でもあります。その解決のために取り組んでいることはありますか。

田渕 2015年6月に、北茨城市民病院から7㎞ほど南下した場所に、病院附属の家庭医療センターを開設しました。もともと北茨城市は、市内北部に市民病院が存在し、南部地区における中核的診療所としての機能を持ち、市民病院と連携しながら外来医療、在宅医療、予防医療などを実施することで地域包括ケアの一翼を担うことを目的としており、「地域多機能型病院」実現への足掛かりとなる施設です。この施設内に、筑波大学北茨城地域医療教育ステーションの本拠を置き、総合診療専門医の育成を図っています。レジデントの専門研修として総合診療専門研修を行い、また卒前研修として1週間から2週間の滞在型実習を行うなど、臨床教育機関としての機能を持たせています。

医療、福祉が一体化した新たな包括ケアシステムの確立を目指す

―北茨城市の高齢者医療はどのような状況ですか。

田渕 北茨城市の人口は4万2681人(2019年4月1日現在)ですが、高齢化率は年々上がっており、現在は33%ほどになっています。限界集落と化したエリアもあり、その中でどう医療を推進していくかは以前から大きな課題でした。北茨城市民病院では、1989年8月から巡回診療車による診療を行っています。内陸の山岳地帯である水沼地区や小川地区を中心に、現在は毎週水曜日、巡回診療車を使ってドクターとナースが丸1日かけて巡回診療を行います。このエリアは市内でも特に過疎化が進み、一部は限界集落と化しています。それでも人が住んでいる以上は医療が必要であり、公共の交通手段があまり整備されていないエリアでは、巡回診療車は長年にわたって内陸部の高齢者医療を支えてきました。

一方、さらに広域での介護・福祉への取り組みとして、2017年4月、家庭医療センターに近接した場所に、北茨城市コミュニティケア総合センター元気ステーションが開設され、北茨城市民病院や家庭医療センターと連携しながら、地域の介護・福祉・医療相談事業に取り組んでいます。

―元気ステーションはどのような経緯で開設したのですか。

田渕 高齢化が進む北茨城市では医療だけでなく介護や福祉などで多くの課題を抱えています。従来は、役所内にある包括支援センターがこれらの課題に取り組む役割を担っていましたが、医療の専門家が少ないなどの問題もありました。北茨城市では2015年3月に第3期地域福祉計画を策定し、福祉向上のためのさまざまな施策を推進してきましたが、過疎化が進行する中では、医療と福祉が一体化した新たな地域包括ケアシステムが必要だということになり、元気ステーションの開設に至りました。

元気ステーションは“まちの相談窓口”として、医療、介護、福祉など幅広い事柄について相談を受け付け、生活の不安を一緒に解決していきます。高齢者だけでなく、被介護者とその家族、障害者、子育て世代など、幅広い層を対象としています。相談受付のほかにも、健康教育を推進するなどさまざまな情報発信も行っています。すぐ近くに家庭医療センターがあり、何かあったときにすぐ医療と連携できることも大きな特徴の一つです。

また、地域住民が気軽に集まれる場所とすることで、住民同士の結び付きを深め、互いに助け合い、支え合うことができる真の地域コミュニティーづくりの中心地となることを目指しています。建物の内装も“お役所感”を感じさせない温かな雰囲気を重視しており、来訪者が自宅のようにくつろぎながら、気軽に医療や福祉に関する相談ができるようになっています。同時に、医や介護に携わる機関や人材の連携を深めるための施設として、各種研修や会議なども実施しています。

―元気ステーションの運営体制は。

田渕 北茨城市の包括支援センター、社会福祉協議会、理学療法士会の自立支援センターから人材を派遣し、現在は9人のスタッフで対応しています。開館時間は平日の9時から19時まで。当初は17時30分で閉めていたのですが、要介護の親を持つ勤め人などが相談に来られないという声が多数寄せられたため、19時まで相談を受け付けることになりました。現在は年間約3千人が相談に来られます。高齢者自身の健康相談や独居者の生活相談、高齢の親を持つ人の介護相談など、その内容は非常に多岐にわたります。今はまだ北茨城市南部の限られたエリアを対象としていますが、モデルケースとしてうまく展開できれば、いずれは市の北部にもエリアを拡張していきたいと考えています。

元気ステーションのコンセプトは、「地域住民が自分たちの手で作り上げていくコミュニティー」です。北茨城市は古くから漁師町として発展し、漁師が多く住んでいまいた。職業と関係があるか分かりませんが住民の健康意識が低く、がんの検診受診率が茨城県の市町村の中で最下位に近いといわれています。行政としても予防医学の普及に努めるなど、健康意識の向上に向けた啓蒙活動に注力しています。元気ステーションは、家庭医療センターとともにそうした活動の中核となっており、その両方の施設と連携している北茨城市民病院でも、健康意識向上のためのサポートを続けています。

従来、病院ごとに急性期から慢性期まで自己完結する医療システムを推進してきましたが、高齢化の進行や医師不足などによって歪みが生じてきたので、近年は地域完結型の医療システムに移行する医療政策が取られています。北茨城市民病院も、地域のさまざまな機関と連携し、新たな地域包括ケアシステムの中で活動する機会が増えてきています。

地域医療の現場が必要とするのは総合診療専門医

―田渕先生はなぜ医療の道に進んだのですか。

田渕 私はもともと香川県高松市の生まれで、親が医者をしていた影響で、医療の道を志すようになりました。とはいえ、実は中学生くらいまで体育の先生になりたいと考えていました。ずっと部活で陸上競技をしていたこともあり、将来は子供たちを全国大会に連れていくのが当時の夢でした。でも高校に進学して将来の進路を考え始めたころ、親から盛んに「医者と坊主と歌舞伎役者は世襲制だから、おまえも医者になりなさい」と言われ(笑)、兄も医学部に進学していたこともあり、自然と自分も同じ道を歩むようになりました。

―東京医科大学に進学した理由は。

田渕 父親が東京医大の出身だったからです。大学で部活動をしているとき、部活の先輩に外科の人が多かったので、私も外科を志すようになりました。現在、専門は消化器外科ですが、学生時代に「消化器外科は将来潰しが効く」と先輩に言われたことが大きく影響しています。実際、消化器外科を学んでおけば消化器内科の診療もできるなど幅広い科目に応用できます。今は私自身も若い学生らに「消化器外科は将来潰しが効く」と言っていますよ(笑)。

―北茨城市民病院に赴任することになった経緯は。

田渕 以前、東京医大霞ヶ浦病院(現在の霞ヶ浦医療センター)にいたころ、月2回くらいのペースで北茨城市民病院(旧北茨城市立総合病院)に非常勤医師として手伝いに来ていたのです。その後、霞ヶ浦病院を退職したときに、北茨城市長から「来てくれないか」と熱心なお誘いをいただきました。私自身、茨城という土地で医療者として成長してきたので、いずれは恩返しをしたいと考えていたこともあり、2015年に赴任することになりました。

―管理者という役職に就かれていますね。

田渕 公営企業法全部適用の病院なので、病院長とは別に、管理者を置かなければいけないのです。実際、管理者として病院の経営に携わってみると、その難しさを痛感します。正直なところ、市からの繰り入れも含めてようやく医師や職員の給料を支払っている状態です。

―冒頭でも医師不足のお話しがありました。

田渕 先ほどもお話ししたとおり、病院の医師のほとんどは派遣なので、派遣期間が終了すれば離れていってしまいます。住まいも県南や水戸、日立辺りが多いので、派遣期間終了後も定着してくれるケースはほとんどありません。一方、看護師は地元北茨城市や隣接する福島県いわき市などに住んでいるケースが多く、離職率10%前後と比較的定着しています。とはいえ、他の医療機関と同様に、北茨城市民病院でも全体的に人材が不足しているのは事実です。

―なぜ、国内の医師が不足しているのでしょう。

田渕 現在の専門医制度も影響しているのではないでしょうか。例えば総合医療を身に付けた診療医なら1人でさまざまな傷病を診療できますが、専門医は自分の専門以外は診療しないので、1つの医療機関に何人もの専門医を抱える必要が出てきてしまいます。都市部の大きな病院なら、専門医をたくさん抱えることもできますが、地域の病院ではそうはいきません。少数の医師だけで幅広い患者さんを診なければいけないのです。すなわち、総合診療専門医が必要となってくるわけです。

―冒頭に出た、北茨城地域医療教育ステーションの話につながってくるのですね。

田渕 はい。北茨城地域医療教育ステーションでは、まさに地域医療の担い手であり、全国的な医師不足の解消につながるような総合診療専門医の育成を図っているのです。日頃から若い医師や学生に言っているのは「総合診療専門医の仕事は生半可では務まらない」ということです。自分の専門に関係なく、内科、外科、耳鼻科など幅広い科目を1人で賄わなければなりません。もちろん、本当に専門的な治療が必要な救急患者などは大きな病院に移送しますが、「私は内科専門なので傷は縫えません」などとは言っていられないですからね、地方医療の現場では。

自分で考え、決断する力が養われ人間形成にも寄与する地方医療

―田渕先生自身、長い間医療の現場に携わってきて、さまざまな経験を積んでこられたわけですね。

田渕 はい。中には、修羅場としか表現できないものもありました。膵臓癌の手術を無事終えて、経過も順調だと思っていたら術後40日たってから突然出血するなど、全く想定外のことも経験してきました。そういうときは「一体どうしたら最善だったのか」をきちんと振り返り、反省すべきところは反省して、その経験を次に活かすための努力を続けてきました。

―地域医療に携わって、感じたことはありますか。

田渕 先ほどもお話ししたとおり、地域医療の現場では1人の医師が多くの役割を担わなければいけません。同時に、その責任も1人の医師が負わなければいけないのです。想定外の事態に直面したときに、自分で考え決断できる力と、その決断を実行したときの責任能力も必要となります。特に救急患者の場合、ここの病院で治療した方がいいのか、別の病院に移送した方がいいのか、速やかに決断しなければいけません。医師としての自分の能力を過信するのも禁物です。でも、そうした環境で経験を積めば、若い医師は確実に成長していくでしょう。大病院なら周囲に先輩医師がたくさんいますから、分からないことがあったら質問すればいい。でも、そこで質問するだけではなく、自分で本を読んで調べて、自分で考える行為もまた重要なのです。

―そうした若い医師や学生に向けて、メッセージをお願いします。

田渕 特に若いうちは専門にとらわれず、基本的な知識を幅広く習得することをお勧めします。内科なら診断学、外科なら外科総論学をしっかり学び、身に付けてから次のステップに進むといいでしょう。私は学生によく「重箱の隅を突くような勉強はするな」と言ってきました。最近の若い医師や学生は、細かい専門的な知識ばかりを覚えたがる傾向にあると感じます。でもその
前に、もっと大局的な知識を身に付けた方が、絶対に将来役に立つと思います。あとは「いろんな人と付き合いなさい」とアドバイスすることも多いです。医学部という狭い世界の中で過ごすのではなく、外の世界に出て、年齢や職業が異なるいろんな人と交流することで、医師に必要なコミュニケーション能力が養われ、人間形成ができるのだと思います。

―医師のコミュニケーション能力は、近年注目されていますね。

田渕 実際、医学知識を偏重するあまり、患者さんとのコミュニケーションがうまく取れない医師が増えてきています。「診察のときに患者さんの顔を全然見てくれない」という苦情が寄せられるケースもあるようです。そういった状況を改善するため、医学教育においても医師のコミュニケーション能力を重視する傾向が強くなっています。その点、地域医療の現場は患者さんとの距離が近いので、コミュニケーション能力が養われますし、人間形成にも役立ちます。苦労することも多いですが、若いころのそうした苦労が、将来医師として役立つ日が確実にくると思います。ぜひ1度経験することをお勧めします。

●名   称/北茨城市民病院
●所 在 地/〒319- 1711茨城県北茨城市関南町関本下1050番地
●施   設/5階建て
●延床面積/13,783.18㎡
●診療科目/内科、消化器内科、循環器内科、外科、消化器外科、脳神経外科、整形外科、小児科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻いんこう科、放射線科、歯科口腔外科、麻酔科
●病 床 数/ 183床(一般137床、療養46床)
●開設年月日/ 1946年7月

隔月刊ドクターズプラザ2019年9月号掲載

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