2015

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~ワクチン~ワクチンを接種したからといって病原体を100%防げるものではない

  • 感染症

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内藤 博敬
『微生物・感染症講座』連載
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。
静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。

ドクターズプラザ2012年12月号掲載

微生物・感染症講座(24)

はじめに

2012年もさまざまな感染症が話題となりました。海外では、新型SARSウイルス(中東)、エボラ出血熱(ウガンダ)、狂犬病(中国)、ハンタウイルス(アメリカ)、デング熱(タイ、インド)など、数多くの感染症の発生が各国から報じられました。日本では、昨年に続いて猛威を振るっている「マイコプラズマ」と「RSウイルス」や、漬物を原因とした「大腸菌O157」の集団感染事件なども起こりました。また、日本では感染症が報告される一方で、それまで生ワクチンを接種していたポリオの予防に、単独不活化ワクチンが承認されて接種も開始されました。しかし、ポリオおよび日本脳炎の不活化ワクチン接種後に副作用の見られたケースも報告され、予防接種への非難や不安は強まってしまったようにも感じます。今回はワクチンと予防接種の意義についてお話ししましょう。

ワクチンとは?

感染症の原因となる微生物などの異物(抗原)が体内に入ると、われわれの身体は異物を処理しようと免疫システムを働かせます。免疫には皮膚のような防御バリアやマクロファージによる貪食などの「自然免疫」と、異物の情報を解析して、個々の異物に適合した捕捉道具(抗体)を産生する「獲得免疫」とがあります。この獲得免疫は、その名のとおり異物の情報によって「獲得」する免疫で、一度経験した異物の情報を記憶しておくことによって再度侵入した時には素早く強い対応を可能にします。獲得免疫が成立するということは、一度感染した異物に対する対抗策ができるというわけで、この獲得免疫を成立させるために人工的に投与する異物が“ワクチン(vaccine)”なのです。

ラテン語で牛を意味するワクチンは、牛痘にかかったヒトは天然痘に感染しなかったり、感染しても軽度で済むことをイギリスのエドワード・ジェンナーが発見したことが始まりです。その後、フランスノルイ・パスツールによって、弱毒化した微生物を接種すると獲得免疫が働くことが確認され、理論的な裏付けがなされて、今日ではさまざまな病原体に応用されているのです。

ワクチンの種類

ポリオワクチンで争点となったワクチンは、ヒトへの毒性を人工的に低減させてはあるものの感染力を有する「生ワクチン」と、紫外線やホルマリンで感染力を失わせた「不活化ワクチン」ですね。感染能力があるために生ワクチンは不活化ワクチンよりも副作用のリスクを有しますが、獲得した記憶を維持する期間が長かったり、病原体が侵入してきた時の対応能力が高いといったメリットも持っています。生ワクチンや不活化ワクチンは病原体そのものですが、病原体が産生する毒素を対象とした「トキソイド」や、さらなる副作用の低減を目指して病原体の部分的な情報だけとした「成分ワクチン」なども使われています。冬期の流行に備えてインフルエンザワクチンを毎年接種するのは、成分ワクチンであるために効果が持続しないことよりも、インフルエンザウイルスが毎年少しずつ変異して形を変えてやってくるためです。この他にも、接種後に身体の中で抗原を作らせる「DNAワクチン」、「抗がんワクチン」や「食べるワクチン」なども研究が進められています。

予防接種の必要性

ワクチンは免疫システムを強化する目的で接種するもので、ワクチンを接種したからといってその病原体を100%防げるものではありません。むしろ、ワクチン接種後に自然感染することで、さらに強い免疫を獲得する場合もあるのです。ワクチンは、感染予防と感染しても重篤にならないよう、自身の免疫を強化する手段なのです。また、自分自身だけではなく、旅行や集団感染を防ぐことで地域や国家レベルでも社会的機能の低下や停止を防ぐことにも役立っています(注)。交通手段の発達した今日では、他国で発生している感染症を渡航によって持ち帰ったりするなど、日本に飛び火する可能性も否定できません。ヒトに対するポリオや日本脳炎ワクチンだけでなく、ペットに対する狂犬病ワクチンの接種も、個人だけでなく、地域で、集団で行ってこそ、衛生的で安全な社会が構築できるのです。

(注)予防接種には、予防接種法による定期接種(推奨接種)と、希望者のみが行う任意接種とがあります。定期接種には、集団予防に重点を置いた「一類疾病」(ジフテリア、百日せき、ポリオ、麻疹、風疹、日本脳炎、破傷風、結核、その他政令で定める疾病)と、個人での予防に重点を置いた「二類疾病」(インフルエンザ)とがあります。

 

 

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