2016

07/15

黄熱病(Yellow Fever)

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。

ドクターズプラザ2016年7月号掲載

微生物・感染症講座(53)

流行国へ渡航する前にはワクチン接種を!!

はじめに

日本では馴染みの薄い「黄熱病」ですが、2015年の中頃からアフリカ南西部で流行が拡がっています。特にアンゴラ共和国では、感染が確認されてからの半年間で300名以上が亡くなっており、世界保健機構(WHO)事務局長は5月に緊急委員会を招集しました。黄熱病はアフリカと中南米にみられる感染症ですが、古くは北米やヨーロッパの湾港都市で流行が起こったこともあります。リオデジャネイロ五輪が開かれる今年、注目すべき感染症の一つとして紹介しましょう。

黄熱ワクチンの接種証明が必要な地域がある!?

黄熱病の病原体は、一昨年の夏に話題となったデングウイルス(本誌Vol.122および126参照)と同じ、フラビウイルス科に属する黄熱ウイルスで、“蚊”が媒介することで感染が拡がるところも一緒です。黄熱を媒介する蚊はネッタイシマカの仲間で、アジアでも生息が確認されていますが、アジアでの黄熱発生はこれまでに報告がありません。そもそも黄熱ウイルスは、森林部(ジャングル)に生息するサルと蚊の間で感染環を維持してきました。人間活動が活発になるにつれ、森林部との境界部でも霊長類と蚊の間に感染環を形成するようになり、都市部でもヒトと蚊の間に感染環を形成して流行することがあります。今回のアフリカ南西部での流行は、まさにこの都市型黄熱です。

黄熱ウイルスに感染した場合、多くは症状を現さない不顕性感染ですが、感染者によっては、3〜6日ほどの潜伏期間を経て、発熱、頭痛、悪寒、筋肉痛、悪心、嘔吐といった感冒症状を呈します。発症者の約15%は、症状が落ち着く寛解期を経て、高熱、黄疸や出血傾向を来して重症化します。重症化すると、ショックや多臓器不全によって命を落とすことがあり、致死率は20%以上といわれています。黄熱は発症してしまうと治療法が無く、対処療法が中心となります。黄熱にはワクチンがあるので、予防はワクチンの接種により行います。黄熱ワクチンは80年ほど前に開発され(注)、有効性、安全性ともに高いワクチンといわれていますが、鶏卵を使ってワクチンを作るため、卵やゼラチンにアレルギーを持つ方には接種できません。また、近年になって重篤な副作用も数例報告されています。日本で黄熱ワクチンの接種を希望する場合、検疫所や日本検疫衛生協会など限られた施設でしか行っていないので、注意が必要です。また、アフリカや南米で黄熱ウイルスが常在したり汚染している地域を有する国では、入国の際に黄熱の予防接種国際証明書(イエローカード)を求められる場合があります。この証明書の有効期間はワクチン接種10日後から10年間なので、10年経って再発行するためには免疫の有無に関わらずワクチンの再接種が必要です。渡航前に余裕をもって検疫に問い合わせ、必要があればワクチンを接種するようにしましょう。

野口英世の命を奪った黄熱病

アフリカの風土病ともいわれる黄熱病は、過去の経験から北米やヨーロッパでも恐れられています。中世の時代、イギリスの奴隷船が西アフリカから奴隷とともに、水瓶に生息していたネッタイシマカをアメリカ大陸へ輸入したことで、ユカタン半島とカリブ海沿岸に黄熱の流行が起こり、中南米から北米、さらにはヨーロッパへと広がっていったのです。1882年、スエズ運河の建設に成功したフランスの企業は、北米と南米を結ぶパナマ運河の建設に着手しますが、黄熱病やマラリアなどの熱帯病の流行によって作業員が倒れ、計画は頓挫してしまったという話は有名です。ウイルスの存在が証明されたのは1892年で、ヒトの感染症の原因となることが解明されたのはさらに先の話です。それでも、これらの感染症が蚊によって媒介されることが分かり、1902年、建設の権利を買ったアメリカは、建設地域の蚊の駆除を行い、外部からの持ち込みには検疫、感染者対策として病院を設置するなどの徹底的な衛生作戦で1914年にパナマ運河を完成させました。

冒頭に、日本では馴染みが薄いと書きましたが、パナマ運河建築と時を同じくして黄熱病の研究に挺身された1人の日本人の研究者がいました。現在、千円札の肖像にもなっている野口英世博士です。野口博士が黄熱病の研究をされていた時代には、今の電子顕微鏡のような機械など無く、ウイルス研究も始まったばかりで、残念ながら黄熱ウイルスを発見することは叶わず、現在のガーナにおいて黄熱病で命を落とされています。野口博士が亡くなられてから約90年、微生物の研究も劇的に進歩し多くのことが急速に解明されてきましたが、私達は多くの先人の努力と科学の難しさを忘れてはなりません。

 

(注)1927年に黄熱病患者の血液を接種したアカゲザルからウイルスが分離され、ニワトリ胎児で継代し、1937年にタイラーとスミスは弱毒化した黄熱生ワクチン( 17D株)を開発しました。

 

 

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