2017

03/15

高次脳機能障害

  • 地域医療

  • 北海道

横山 和之
社会福祉法人 北海道社会事業協会小樽病院 外科

ドクターズプラザ2017年3月号掲載

地域医療・北海道(25)

医療スタッフと協働し、的確な診断治療を進める

一酸化炭素中毒による高次脳機能障害

余市協会病院が診療圏としている北海道北後志地方(余市町、仁木町、古平町、積丹町、赤井川村)は他の地方と同様に高齢者が多く、救急を含め患者の大半は高齢者です。高齢者はもともと認知機能の低下が少なからず存在し、その低下自体を自分自身が自覚、もしくは周囲が認識しています。そのような高齢者において、さらなる脳の高次機能の障害が起きても、自覚所見他覚所見ともに気付くのは難しいと考えられます。

今回、当院を受診された患者さんで、受傷時受診時ともに自覚所見・他覚所見に乏しかった、火災時の一酸化炭素中毒によると予想される脳の高次機能障害を経験しました。都会の医療機関のようなマンパワーや医療機器がなくても診断治療できた良い例でしたので紹介したいと思います。

Aさんは73歳男性。夫婦二人で生活し、介護などを受けることなく自立した生活を送っていました。夕方ころ自宅で火災発生、着の身着のまま外に出て二人とも無事でした。この時点で、何の自覚所見も他覚所見もありませんでした。鎮火され、火元の家の持ち主であるAさんは警察の実況見分を受け、その後、警察署で警察の事情聴取を受けていました。Aさんは事情聴取を受けていたところ、何となく、喉に違和感があると担当警察官に告げたため、警察から当院に相談の電話があり、受傷から3時間後、当院救急外来を受診されました。当院受診時、顔面にⅡ度の熱傷を認めましたが、顔面熱傷の範囲は狭く眼瞼周囲の小範囲のみでした。Aさんは喉の違和感が出現したという訴えだったので、気道熱傷があるのかもしれないと、口腔内を含め気道(口、喉、鼻腔、気管など吸った空気が通過する経路)を観察しましたが、気道には熱傷を認めませんでした。念のため採血と全身CTを施行しましたが問題無く、喉の違和感の原因を説明できる異常は認められませんでした。ただし、夜でもあり、自宅も消失しているため帰るところがない状況なので、経過観察を兼ねて当院の急性期病棟に入院となりました。

翌日の朝、自覚所見他覚所見はない様子でしたが、当院リハビリスタッフの言語聴覚士(ST)に脳の高次機能の評価を依頼しました。STが面談し評価した結果、脳の高次機能の障害を認めました。その主な高次機能障害は手指失認(どの指か分からない)、左右障害(左右の区別がつかない)、構音障害(声の発生が上手くいかない)、嚥下障害(食事や水分の飲み込みが上手くいかない)、左顔面麻痺などでした。このSTによる脳の高次機能の評価により、検査でも悪いところが分からなかったAさんの喉の違和感の訴えは、嚥下障害もしくは構音障害を自覚したものであることが分かりました。Aさんも客観的に評価されて初めて自分の障害をはっきりと自覚されました。

その後すぐに、リハビリスタッフによるリハビリが開始されました。その効果はしっかりと現れ、Aさんの高次機能は徐々に改善されていきました。入院13日目で急性期病棟から障害者病棟に転棟し、入院50日目で新しい自宅へ退院となりました。退院時には軽度の手指失認と軽度の顔面麻痺が認められるのみというところまで改善していました。現在も夫婦二人で自立した生活をされながら、経過観察で当院に定期通院しています。

高齢の患者さんを支えるリハビリスタッフ

地方の病院では、高齢患者が多いためリハビリを必要とする患者さんは都会に比べかなり多くなっています。大抵は理学療法士(PT)・作業療法士(OT)・言語聴覚士(ST)などのリハビリスタッフが常駐し治療に当たっています。Aさんの評価とリハビリの中心を担った言語聴覚士(ST)でしたが、STは脳の高次機能の評価に長けていて、専門の医師がいなくてもしっかりとした評価とリハビリを行ってくれます。高齢の患者が多くなればなるほど、脳の高次機能が低下した患者さんは多くなり、いつも忙しくしている職種がSTです。地方病院でもリハビリスタッフに急性期の入院時から早期に介入してもらい、今回のように、早期に診断がつき治療に結び付いている症例が少なくありません。地方の病院である当院では、今後も本当に少ない病院スタッフみんなと密に協働することで、都会に追い付くくらいの治療を進められたら良いと思っています。

脳の高次機能(認知機能)障害とは

記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害を主たる要因として、日常生活及び社会生活への適応に困難を有する障害を行政的に高次脳機能障害と呼ぶ。
(「高次脳機能障害支援モデル事業評価基準作業班」より)

フォントサイズ-+=