2014
02/21
食中毒の原因はパン!?
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感染症
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静岡県立大学環境科学研究所/大学院食品栄養環境科学研究院 助教。短期大学部看護学科 非常勤講師、静岡理工科大学 非常勤講師。専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。
ドクターズプラザ2014年2月号掲載
感染性胃腸炎:ノロウイルス感染症
大規模集団食中毒から学ぶべきこと
はじめに
新年を迎え、成人式が過ぎて間もなく、静岡県浜松市の複数の小学校で学級・学校閉鎖となっていることが報じられました。20校近くの小学校で、おおよそ2割・1000名以上の児童が欠席となってしまったのです。季節がらインフルエンザの流行も起こりうることですが、本事例では児童に嘔吐や下痢の症状が見られたことから、集団食中毒である可能性が高いと考えられました。市の調査/検査と企業側からの申告の結果、ノロウイルスを原因とする感染性胃腸炎である可能性が極めて高く、浜松市は給食のパンを原因食とする集団食中毒であると断定しました。冬場の食中毒の主役である「ノロウイルス」(図1写真)ですが、原因とされる食材の多くは二枚貝などの魚介類で、加熱調理した「パン」が原因となってこれほど大規模な集団食中毒を起こすことに疑問を持たれたり、恐怖に感じた方もいらっしゃることでしょう。そもそもノロウイルス感染症とはいかなるものなのか、今回のケースから食中毒予防の盲点と対策について考えてみましょう。
ウイルス性食中毒と感染性胃腸炎
食中毒と言えば梅雨時から夏にかけて感染のピークを迎えるイメージがありますが、近年では一年を通じて平均的に起こっています。夏場に起こる食中毒の多くは細菌が原因となりますが、流通の発達や冷凍冷蔵技術の進歩によって、以前のような大流行は起こり難くなってきました。その代わりというわけではありませんが、日本では年々、冬場にウイルスを原因とする食中毒が増えています。平成12年頃までは、食中毒原因の圧倒的多数を占めていたのは大腸菌や腸炎ビブリオなどの細菌でしたが、それ以降はノロウイルスに代表される腸管感染性のウイルスが増加し、平成24年では細菌を原因とする食中毒とウイルスを原因とする食中毒の事件報告数がほぼ等しくなっています。また、患者数で見てみると、平成12年頃までは細菌性の食中毒患者が過半数を占めていましたが、平成24年では総患者数は減っているもののウイルスを原因とする食中毒患者が全体の7割を超えており、ウイルス性の食中毒が集団で起こりやすいことを裏付けています(図2)。
ウイルス性の食中毒は、その名の通り「ウイルスを原因とする食中毒」ですが、報道などでは「感染性胃腸炎」とも呼ばれることもありますよね。混同されがちなこの二つですが、実は感染源によって区別された言葉です。『ウイルス性食中毒』の呼称は食品衛生法に基づいたもので、二枚貝など自然界の宿主を食べることで感染した場合に用い、嘔吐物や排せつ物によってヒトからヒトへ移った場合は新感染症法に基づいて『感染性胃腸炎』と呼びます。いずれにしても原因の大半を占めるのはノロウイルスなので、一般には「ノロウイルス感染症」と呼んでしまいがちですが、小児下痢症の原因となるロタウイルス、季節に関係無く発症するアデノウイルスやエンテロウイルスなどが原因となる場合もあります。また、感染性胃腸炎は、広義には細菌を原因とする胃腸炎も含みます。
加熱調整品が原因となる理由
ノロウイルスの原因食となる二枚貝は、呼吸をするのに海水を大量に吸出しているため、海水中の微生物も一緒に取り込んでしまうことから、体内に病原体を濃縮してしまうことがあります。ウイルス性食中毒の原因となるウイルスはタンパク質でできているので、熱によって変性させれば食中毒を予防できます。「加熱調理することでノロウイルス感染症は防げる」と誰もが耳にしてきたと思いますが、ではなぜ今回の大規模集団食中毒は加熱調理した『パン』が原因となってしまったのでしょうか。
加熱調理は、食中毒の原因となる病原体を「付けない・増やさない・取り除く」とする予防三原則の“取り除く”に該当します。病原体を取り除けば、食中毒を起こすことはありませんが、折角取り除いた食品に再び病原体を付けてしまったら、食中毒を起こす可能性も再び生まれます。感染者の接触によって食材が汚染されることはもとより、生鮮食材でも病原体が付着している場合がありますから、加熱調理後の食べ物に生鮮食材で使ったまな板や包丁などの調理器具をそのまま使うことは避けなければいけません。調理器具を使いまわす場合には、洗剤などでしっかりと洗ってから使うようにしましょう。加熱調理品が原因食となる食中毒は、多量生産を行う工場よりもむしろ家庭で起こりうる可能性が高いのです。加熱調理したから大丈夫だと過信せずに、しっかりと予防に努めてください。
ノロウイルスはどうやってヒトからヒトへと移るのか
ノロウイルスの自然界からの感染は、二枚貝を主とした魚介類が原因となることがほとんどです。ウイルスは感染先の細胞が無ければ増殖することができませんが、ウイルスが感染できる細胞は、ウイルスの種類によって限られています。例えばインフルエンザであれば呼吸器の細胞、肝炎ウイルスであれば肝細胞といった具合に決まっていて、インフルエンザが肝細胞に感染することはありません。今のところノロウイルスの場合は消化管にのみ感染するので、呼吸器や肝臓には感染しません。消化管に感染するということは、水を飲んだり食事によって感染するということで、呼吸や接触することで直接的に感染することはありません。ではなぜ、嘔吐物や排泄物を食すようなことが無いにもかかわらず、ノロウイルスはヒトからヒトへと移ってしまうのでしょうか。
ノロウイルスは、かつては小型球形ウイルスと呼ばれており、ウイルスの中でも極めて小さいウイルスです。少ないウイルス量で感染が成立するため感染力の強いウイルスとして知られていますが、ヒトに感染したノロウイルスは感染力を強めてヒトからヒトへとさらに感染し易くなります。この感染力の高まったノロウイルスを大量に含む嘔吐物や排泄物を介して、ヒトからヒトと感染が広がります。嘔吐物の処理時や、感染した子供の世話などで感染するイメージはし易いでしょう。恐ろしいことに、感染者との接触が直接無くても、トイレのドアノブや個室の鍵、ペーパーホルダーや水道の蛇口など、排泄後の手を洗う前に触れる場所を介してウイルスをもらってしまう場合があります。便器の水洗やシャワートイレの水流の強さによっては、便器の外に水滴あるいは細かい霧となって飛び散る可能性もあり、目に見えないウイルスを知らないうちに手に付けてしまう場合があるのです。手を洗う前に直接あるいは身体の他の場所を介して最終的に口へと運ばれてしまうと、ノロウイルスが口の中へと入ってしまいます。
また、ノロウイルスの場合は前述のように少ない量で感染が成立してしまうので、口でも呼吸できるヒトでは放置された嘔吐物などから舞い上がったウイルス粒子を吸い込んで、口腔から消化管へと侵入する可能性も、極めて低いながら否定はできません。小さいくせに少量で感染してしまうノロウイルスは、トイレや洗面台などの水回りを介して手など身体の表面に付着してしまい、我々が無意識のうちに口へと運んで感染してしまうことが多いんです。また、ノロウイルスの場合は、感染していても症状が表れない不顕性感染と呼ばれることも多く、さらに感染者は1週間~1カ月にわたってウイルスを排泄し続けることがわかっています。不特定多数が利用するトイレではもちろんのこと、御家庭でも感染者がいないからと気を緩めずに、トイレに行ったらしっかりと手を洗う習慣をつけましょう。
病原体に合わせた消毒を!
日本では、加熱加工食品の工場であっても、手洗いや消毒、マスクや手袋の着用が徹底されています。今回の原因となったとされるパン工場から謝罪の弁で、手洗い不十分が挙げられていましたが、施設設備を見てみると、手洗いと消毒をしなければトイレから出られないなど周知徹底が成されていました。従業員の中に感染性胃腸炎の症状を呈している方がいらっしゃらず、ノロウイルスに対する警戒心が薄かったことは否定できませんが、これだけの設備で予防対策が不十分だとしたら、家庭ではどのように予防対策するべきなのでしょうか。
東日本大震災以降、日本国内の至る所で“アルコール性消毒剤”のボトルを見かけます。食品工場や病院でも汎用されるアルコール消毒ですが、実はこれは細菌に効果を示すように調整されているんです。もちろん、ウイルスによっては効果を示すこともありますが、ノロウイルスに対する効果はそれほど高くありません。ノロウイルスには、塩素系の消毒剤や、酸性電解水やオゾン水などの機能水を用いた消毒が有効的です。家庭でも、漂白殺菌に用いる塩素系消毒剤ですが、トイレなどの水回りに使う酸性洗剤と混ぜると有毒なガスを発生してしまうので、使用は十分に気を付けて行ってください。
食中毒、特にノロウイルスを主とする感染性胃腸炎を100%予防することはできませんが、感染リスクを少しでも低くするために、正しい知識を持って予防対策しましょう。