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都市部と格差のない医療体制を目指して

僻地・離島医療

岐阜県

岐阜県の中部に位置する郡上市。人口4万2090人(平成27年国勢調査)を擁し、高齢化率は34.7%に達する。この郡上市における地域医療の中核を担っているのが郡上市民病院だ。同院は、医師や看護師の人材不足という問題を抱える中、近隣の中小医療施設との連携を図って地域医療を支えるだけでなく、さまざまな施策や活動を通して、地域と積極的に向き合っていく姿勢を示している。同院が目指す医療と、現状について、院長の片桐義文氏に話を伺った。
ドクターズプラザ2019年1月号掲載

僻地・離島医療(13)岐阜県・郡上市民病院

医療体制の確立と地域との対話に取り組む

住民との交流会や育児支援など地域密着の病院運営に注力

―郡上市民病院の成り立ちについて教えてください。

片桐 当病院の前身は、1962(昭和37)年6月に設立された「郡上郡医師会立臨床センター」です。日本で初めて医師会が設立した病院として注目を集め、当時の日本医師会長も見学に来たそうです。その後、1976(昭和51)年10月に郡上広域行政事務組合に移管されたのを機に「郡上中央病院」へと改称しました。当時は122床規模の病院だったようです。さらに2004(平成16)年3月、郡上郡の7町村が合併して郡上市が誕生したのに伴って郡上中央病院は廃止され、新たに「郡上市民病院」として開設。へき地医療拠点病院の指定を受けました。

―現在の病院の規模は。

片桐 許可病棟は全150床で、うち一般病棟が100床、療養病棟が50床となっています。診察科は13科。職員数は医師が15人、看護師や保健師、助産師、看護助手など合わせて143人、医療技術師49人、事務が33人となっています。このエリアで最大の総合病院であり、30㎞圏内にはこの病院以外に救急病院がないことから、地域の救急搬送を一手に受け入れています。一方、巡回診療に関しては自治医科大学の先生方に診ていただいており、当院の医師がいわゆる“へき地”に出向くことはありませんが、そうした地域からの患者さんも数多く受け入れています。

―病院の敷地の前にドクターヘリのヘリポートがありますね。

片桐 7年前にヘリポートが完成し、現在は年間30〜40件ほどドクターヘリの利用があります。この病院で救急を受け入れた患者さんや、急変した入院患者さんを運んでもらうケースもあります。陸路で近隣の大学病院まで90分近くかかってしまうことを考えれば、ヘリが使えるのは非常に大きい。もちろん、夜間や天候不順で飛べないこともありますが、これまでの集計によればヘリで運んだ患者さんの9割の命が助かっています。

―市内の他の医療施設との連携体制はどのようになっていますか。

片桐 2015年に電子カルテを導入したことで、当病院を中心とした市内の全ての公的医療機関で、患者さんのカルテを共有できるようになりました。それ以前は病院ごとに患者番号なども違っているなど、不便に感じることが多かったのです。そこで郡上市役所に専用サーバーを設置し、同じIDの同一カルテを共有。PCだけでなくモバイル端末からでも確認できますから、へき地で巡回医療を行う先生方にとっても、非常に便利になったのではないでしょうか。

―地域に密着した運営をいろいろ実践されているようですね。

片桐 はい。例えば「ナイトスクール」と称して、市内各地域の住民の皆さんと交流を図る取り組みを、2012年から始めています。市内の自治会や公民館単位で、だいたい夜7時から9時頃まで。当病院の経営状況に関する説明や医師による講話、また住民の皆さんから病院に対する意見・要望をお聞きするなど、まさに膝を交えた交流をしています。また、当病院では地域に住む若い夫婦に向けた「母乳育児支援運動」にも力を入れています。世界保健機関(WHO)とユニセフが1989年に定めた「母乳育児を成功させるための10カ条」に賛同する郡上市と郡上市民病院が、母乳栄養での子育てを推進しているのです。

―具体的にはどういうことをしているのですか。

片桐 「母乳育児を成功させるための10カ条」に基づき、妊娠中から母乳育児についてお母さんと話し合い、出産後にはゴムの乳首やおしゃぶりを使用しないように促したり、退院後も母乳育児に関するさまざまな相談に応じています。郡上市内には以前、いくつかの産科施設がありましたが、産婦人科医の減少と安全確保の必要性などの理由で、2007年に産科を郡上市民病院に集約させており、当病院が市内で唯一の出産施設となっています。院内には陣痛室、分娩室、出産後の個室などが整備され、お母さんが安心して出産できる環境にあります。このように、市内の出産のほとんどを当病院で扱うことから、出産後の母子の絆を強めるための働き掛けをすることも、当病院の責務であると考え、母乳育児推進運動を行っているのです。こうした運動が評価され、ユニセフとWHOが認定する「赤ちゃんにやさしい病院(BFH)」にも選ばれています。

―他にもいろいろ地域との交流があるようですね。

片桐 郡上市は春祭りや夏の郡上踊りといった年間行事が盛んなのですが、当院の職員もそれらに積極的に参加し、また病院内でも盆踊り大会を開催するなど、地域の方々との交流を深めています。

地域が抱える人材不足問題。職場環境改善などで打開を図る

―郡上市内の医療の現状について教えてください。

片桐 先ほども話したように半径30㎞圏内に病院がなく、市内全域でも5病院があるだけ。一般診療所の数も非常に少なく、開業医も高齢化が進んでいます。病院が少ない理由の一つが、医師と看護師不足です。特に医師の確保は永遠の課題と言っていいでしょう。郡上市を含む中濃地域の「人口10万人当たりの医師数は、全国平均233.6人との比較で約62%しかいません。看護師も全国平均の約87%、薬剤師は約70%と、エリア全体で医療の人材が不足しているのです(※1)。

新しい専門医制度によって、若い研修医は都市部に集中してしまっています。昔は、大学病院が地域の医療事情を考慮して医師を派遣するということが、ごく当たり前に行われていました。しかし専門医制度では、研修医は自分で研修先を選択でき、なおかつ期間内に決まった数の症例を経験しなければいけませんから、若い研修医は症例が多い都市部の病院を必然的に選んでしまいます。専門医制度の導入時には、地域医療を崩壊させないカリキュラムを構築するといわれていましたが、いまだに実現されていません。

また、科によっても医師の志望者の数に差があります。例えば外科などは「手術時間が長くてきつい」「人が死ぬ場面に立ち会うのは嫌だ」などの理由で、本当に志望者が少ないのが実情です。私から見れば、外科ほどやりがいある科はないと思います。特に地域医療の場では、手術だけでなく外傷など、非常に広い範囲の症例に対応することになります。もっとも、そこまでのスキルを身に付けるには10年くらいは必要ですが。日本全体で医師が不足しているというより、地域や科によって大きな偏りがあるというのが、今の医療界の現状だと思います。

―医師不足に対して、病院として何か策を講じていますか。

片桐 大学病院に対して研修指定病院として連携し、地域研修医や卒前医学生実習の受け入れを図っています。現在、研修医は年間10人程度確保できています。また、医師や看護師、薬剤師、技術職の人材に関しては、奨学金制度や就職準備金制度を設けるほか、病院内に託児所を設けるなどの職場環境の整備、改善を図っています。こうした施策を進めた結果、医療機関を対象とした職員満足度調査では、高いレベルで満足度が得られているという結果が出ました。ただそうした結果も、現状ではまだ十分な人材確保には結び付いていません。県に対してもいろいろと要望を提出しているのですが、なかなか思い通りにはいきません。とはいえ、幸い当病院は立地的には恵まれている方です。高速道路が開通してからは名古屋まで1時間で行けるなど交通の便はいい。他のへき地では、もっと条件が悪い病院はたくさんありますからね。この問題は最終的には行政に舵を取ってもらわないといけません。地域ごとに専門医の定員を決めるとか、地域医療を経験したことがある医師を何らかのかたちで優遇するといった、思い切った施策も必要なのではないでしょうか。

観光資源に恵まれ、元気な高齢者が多い土地柄

―この地域特有の症例などはありますか。

片桐 高齢化率が高いので循環器系の病気や骨折、脳梗塞で運ばれる人が多いです。郡上市の高齢化率は34.7%。他地域の“10年先を行っている”と(笑)いわれるくらい高齢化が進行しています。ただ、この地域のお年寄りは、昔から農業や林業に従事して体を鍛えているせいか、あるいは水が良いせいなのか、元気な方が多いんですよ。昔はイノシシの肉を食べて寄生虫にやられたという話をよく聞きましたが、最近は少なくなりました。一方で、ツツガムシのような都会ではなかなかみられない症例もあります。山の中でマムシに噛まれて運ばれてくる人も少なくありません。また、この地域は年間600万人の観光客が訪れます。四季を通じてお祭りなどの行事があるほか、夏はゴルフ、冬はスキー、さらに長良川の渓流釣りなどが有名で、それらを目当てにやってくる観光客の病気や怪我への対応も多いです。最近では外国人観光客の数も増えてきており、当院でも今年から外国語翻訳機を導入しました。ただ、病院に運ばれてくる外国人の数はまだ少ないです。このエリアは、名古屋から岐阜高山、金沢に通じる観光コースの目玉の一つになっているのですが、ここに泊まる観光客はあまり多くないようです。

―先生から見て、この地域の魅力とは。

片桐 30年前に初めて研修医としてここに来た時は、まだ高速道路が開通していなかったので非常に不便に感じましたが、今は交通の便にも恵まれていて、岐阜市内からも片道1時間かかりません。病院の医師もほとんどが岐阜市内から通っています。冬場は雪が降りますが、県内の他の地域ほどには積もりません。年に何回か大雪が降ることもありますが、住民の皆さんも慣れているので、すぐに雪かきをして通路が確保されます。観光地として成熟していますから、住人の気質も穏やかで、そういう意味では住みやすいといえます。なので、有名な盆踊りが行われる夏場や、冬のスキーシーズンは、研修医の希望者も一気に増えるんです(笑)。

研修医時代に当院に赴任。医師として貴重な経験を積む

―先生はなぜ医師になろうと思ったのですか。

片桐 私は岐阜県の隣の長野県飯田市で生まれました。今年93歳になる母が以前に看護師をしており、戦時中は従軍看護師をしていた時期もあったそうです。また、知り合いにも同じく軍医をしていた人がいました。いわば“人の命を助けることを職業にしている人”が身近にいたことで、さまざまな話を聞いて育ち、高校生になったころには自然と「将来は医師になる」と考えていました。大学は岐阜大学に入学しましたが、特にこだわりがあったわけではなく、ちょうど共通一次試験が始まった時期で、選択科目の関係で岐阜大学を受験。入学とともに岐阜に住むようになりました。

―なぜ外科医を志したのですか。

片桐 母親の従軍看護師時代の話を聞く中で、負傷者を治療することや、救急医療がいかに大切なのかを理解するようになり、外科医という仕事に興味を持ったのです。大学在学中も先輩から話を聞き、手術などを通して“自分の手で”患者を治療する外科医に魅力を感じました。当時は今のような専門医制度はなく、最初から外科に入る医局制度でした。医局に入ってからは、外科に限らず心臓や肺、消化器など、幅広い範疇を手掛けました。その後、私が研修医として最初に赴任したのが郡上中央病院、現在の郡上市民病院でした。今考えても、非常に良い経験ができましたよ。大きな病院では研修医もたくさんいますから、私が行っても大勢の中の一人としか扱われなかったでしょう。でもここのような地域医療では、そもそも医師の数が少ないので、研修医でも一人の医師として扱われます。地域住民の皆さんの期待も直に感じて、やりがいがあります。

その代わり自分の専門である外科だけでなく、オールラウンドでできなければいけない。それもまた、自分にとってはいい経験でした。当時はあまり感じませんでしたが、その後、岐阜大学医学部附属病院、岐阜赤十字病院や静岡医療センターのような大規模な医療施設から個人経営の病院に至るまで、さまざまな医療の現場でキャリアを積んでいく中で、研修医時代の経験がいかに貴重だったかを実感するようになりました。

―地域医療だからこそ経験できることがあったのですね。

片桐 大きな病院では、自分がいなくても誰かがやってくれるんです。でも地域の病院は全部自分がやらないといけませんし、自分の代わりになる人はいない。もちろんそこにはプレッシャーもありますが、医師の存在価値や本質というものを、研修医時代に体感できた。医師としての価値観が、ここの病院で確立されたと言っても過言ではありません。2011年に再びここにやってきて院長を務めることになった時は、非常に嬉しかったですし、今までのキャリアの中で積み上げてきた経験や技術を、この病院で活かそうと考えていました。実際、この病院では救急や外科治療だけでなく、他にもやるべきことがたくさんあります。言葉を選ばずに言えば、毎日が非常に楽しいですよ(笑)。専門医制度で年間十数人やってくる研修医も、みんな同じような感想を言ってくれます。

地域医療は学びの場。若いうちに多くの経験を!?

―郡上市民病院に院長として赴任して以降、印象深いエピソードなどはありますか。

片桐 赴任して間もなく、病院前にヘリポートができたばかりのころ、大動脈瘤破裂で運ばれてきた患者さんがいました。手術すれば一命は取り止められますが、この病院にはそのための設備がない。「これはダメだ、助からない」と一瞬考えました。ところがドクターヘリを要請したところ、すぐに手配ができ、岐阜市内の病院まで13分で搬送、すぐに手術をして成功しました。しばらくしたら、その患者さんは元気に歩いて帰ってきましたよ。もちろん天候や時間帯、受け入れ先病院の態勢など、いろんな好条件が重なったのだと思いますが、「地域医療でもこんなに迅速に対応できるんだな」と驚きました。救急医療の大切さを実感するとともに、地域や場所にかかわらず、医療とはこうあるべきだということを再認識した出来事でした。本来、都市部とへき地で医療に差があってはならないと思います。郡上市民病院では、都市部との格差を少しでも減らすべく、地域に密着したきめ細やかな医療体制を、今後も整備していきたいですね。

―では最後に、医師を目指す学生にひとこと。

片桐 患者さんを助け、命を救うという医師の役割は、地域や場所にかかわらず、どこにいても同じです。しかし若いうちに学んだり経験できる事柄は、都市部の大きな病院と地域の病院では違ってくるでしょう。先にも話したとおり、地域の病院では研修医であっても一人の医師として扱われ、患者と直接向き合うので、幅広いことが学べて、やりがいもあります。大規模な病院における研修のように、全てを指導医のもとでやるのは、安全であり安心でしょう。もちろん地域の病院にも指導医はいますが、全てを指導してくれるわけではありません。私自身、研修医としてこの病院に来た時に、多くのことを一人で行い、貴重な経験しました。

若いうちは、いろいろな経験をした方がいい。もちろん大病院での経験も将来に活きることでしょう。でも地域医療も、一度は経験しておいた方がいい。将来に向けて、確実に視野が広がると思います。もし、地域医療について話を聞きたいという学生さんがいたら、いつでも来てください。歓迎しますよ。

●名称/郡上市民病院
●所 在 地/〒501-4222 岐阜県郡上市八幡町島谷1261番地
●施   設/地上6階、地下1階建て
●延床面積/18.165㎡
●診療科目/内科、循環器科、小児科、外科、整形外科、脳神経外科、心療内科(精神科)、耳鼻咽喉科、泌尿器科、産婦人科、救急科、リハビリテーション科、放射線科
●病 床 数/150床(一般100床、療養50床)
●開設年月日/2004年3月

ドクターズプラザ2019年1月号掲載

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