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途上国の健康格差に関心を。ラオスで看護師国家試験をゼロから立ち上げ

国際医療

海外

国立研究開発法人国立国際医療研究センター(以下、NCGM)、国際医療協力局人材開発部・広報情報課長の田村豊光看護師は、コンゴ民主共和国やラオスなどで保健人材開発を支援するプロジェクトに携わってきた。看護師国家試験設置の実績に対し、ラオス保健省より功績賞が授与された田村氏に、ラオスでの活動の内容や、国際保健医療協力の専門家としての考えなどをお聞きした。
ドクターズプラザ2020年9月号

海外で活躍する医療者たち(30)/国立国際医療研究センター

スーダンの写真と震災支援がつながった

―なぜ看護師になろうと思ったのですか。

田村 子ども時代に親族の死に目に会うことが何度もあり、「どうして人は死ぬのか」と思っていました。その頃、扁桃腺が腫れて入院したことがあり、実習に来ていた看護学生が私の受け持ちでした。親族が亡くなるときも、入院しているときも、近くにいてくれた看護師は、私にとって身近な存在になりました。当時、看護師は女性の仕事と思われている時代でしたが、あまり男女差は考えず、高校卒業後に看護学校に入学しました。看護学校では、1学年100人のうち男性は3人。カルチャーに慣れなくて、半年ぐらい登校できなくなった時期もありましたが、復帰後はあまり苦労はなかったと思います。

―男性の看護師について、患者さんの反応はどうでしたか。

田村 さまざまな反応がありましたね。救急病棟に勤めていたとき、中絶後の敗血症性ショックで救急に運ばれた若い女性を担当したことがありました。緊急入院の直後はほとんど意識がないような状態でしたが、改善したあとに「あなたにお下を見られたことが恥ずかしくて、一生忘れられない」と言われたことは、今でもよく覚えています。

―では国際協力の仕事に就いたきっかけは。

田村 私は幼少期の在外歴も、語学力もなく、海外や国際といったこととは接点がありませんでした。転機になったのは1990年代、上司から誘われたことです。国際協力をしている看護師がいることを知り、興味を持ちました。その頃、1993年にスーダンで撮影され、ピュリツァー賞を受賞した「ハゲワシと少女」という写真を見ました。痩せ細った少女がうずくまっていて、その後ろでハゲワシが狙っているという写真で、こういう世界があることに衝撃を受けました。

1995年には阪神淡路大震災があり、当時救命救急センターで働いていた私は、救護チームの一員として神戸に行きました。ライフラインが寸断され、医療資機材も不足し、病院として機能していない中で、何とか対応していくことを経験しました。写真で知った開発途上国の状況と神戸での支援が、自分の中で一本につながり、1999年にNCGM国際医療協力局に入局しました。

―これまでにどのような国の活動に参加してきましたか。

田村 長期では、セネガルに2001年11月から3年半、次にコンゴ民主共和国に2014年1月から4年2カ月。このときはプロジェクトリーダーとして参加しました。2018年7月からはラオスに1年半赴任し、今年1月に帰国しました。これらは、いずれも保健人材開発のプロジェクトです。これ以外に、仏語圏アフリカ、アジアを中心に20数カ国に短期出張しました。

看護師の免許・登録制度をつくる

―直近のラオスのプロジェクトについて、詳しく聞かせてください。

田村 はい。「持続可能な保健人材開発・質保証制度整備プロジェクト」というJICAのプロジェクトで、看護師国家試験の立ち上げをサポートしてきました。開発途上国では保健医療従事者の国家試験がない国が多いのですが、質を担保する仕組みとして、国家試験や免許制度を設置する、もしくは強化することが多くの国で実施されています。

ラオスにもこれまで国家試験はありませんでした。大学の医学部や看護学部、看護学校などがそれぞれ行う卒業試験に合格すると、医師、看護師として医療サービスを提供していましたが、卒業後に、専門職として必要な知識を問う国家試験を受験してもらい、免許を付与しようというのが今回の取り組みです。日本は看護師に関してサポートしていますが、同時期にいろいろな国や機関が、医師、歯科医師、助産師についても国家試験等の立ち上げをサポートしており、互いに情報を共有しながら進めています。

ラオスの場合は国家試験だけでなく、他の国では見ない独特の制度を目指しています。国家試験合格者に与えられるのは「イニシャルライセンス」という仮免許のようなもので、その後1年間の義務研修を受けてから、本免許に相当する「フルライセンス」が与えられる制度をつくろうとしています。さらに、5年毎の免許更新制度も設ける計画です。私は看護師国家試験の立ち上げを担当し、国家試験を実施するために必要なステップや、決めなければいけないことなどを提案し、ラオスの保健省の方々と一緒にラオスに合う制度づくりを進めてきました。試験後の義務研修については別の専門家がサポートしています。

―看護師国家試験については、現在どこまで進んでいるのですか。

田村 2019年9月にトライアルとして小規模な「パイロット看護師国家試験」を実施しました。そのプロセスや結果などを取りまとめ、後任の専門家に引き継いで私は帰国しました。日本の看護師国家試験の合格率は9割ぐらいですが、このパイロットでは受験者241名のうち、われわれが設定した仮の合格基準を満たしたのは11名だけでした。看護師の質という観点では良いかもしれませんが、量として良いのかということは、別の議論としてあると思います。

現在は、後任の担当者が現地の関係者とともに、試験問題は妥当だったのか、学校で教えていることとマッチしていたのか、マークシートの選択肢は適切だったのかなど、いろいろな角度から分析しているところです。国家試験本試験は今年9月を予定していましたが、新型コロナウイルスの影響で、実施時期がずれるかもしれません。

―そもそもラオスの保健医療従事者は足りているのでしょうか。

田村 保健医療従事者は首都に偏っていて、地方で不足しているのは明らかです。職種についても看護師に偏っています。地域的な偏在、職種の偏在を踏まえて、国の計画として長い目で見て、制度をつくり上げていかなければなりません。しかしラオスの場合、保健医療施設のほとんどが公的機関なので、そこで働く保健医療従事者は公務員です。ラオスは公務員の数を制限して
おり、医師や看護師をどんどん輩出できたとしても、職の枠自体が少ないという現状があります。とはいえ、さすがに5%程度の合格率では将来的にやっていけないでしょうから、質と量の両面から検討していかなければならないと思います。

―国家試験や免許の制度がない中で、保健医療従事者として働いてきた人たちもいます。その人たちはどうなるのでしょう。

田村 ラオスには2年程度の短期間で養成された看護師もいますが、長年の経験で臨床能力が養われています。既に臨床で働いている人たちについて、どのように対応するかはまだ協議している段階ですが、彼らの能力を活かせる方向で検討されています。

相手国の文化や国民性を尊重すべき

―仏語圏アフリカでの活動が長かったとお聞きしていますが、ラオスでの仕事で困ったことなどはありましたか。

田村 仏語圏アフリカとラオスでは、仕事の仕方がとても違ったので、赴任後1カ月ぐらいは戸惑いましたね。仏語圏アフリカは本音で相手と議論するというカルチャーですが、ラオスはあまり本音を言いません。ラオスをよく知っている人たちから聞いてはいたのですが、最初は本音で議論できないことが苦痛でした。しかし国際協力をやっていく専門家としては、相手国の文化や国民性を尊重しなければいけないと思います。同時にわれわれが知らないことも多々あることを十分に承知し、勉強もしながら対応していくべきでしょう。私たちも途上国の人たちから学び、一緒に成長していくのだと思います。

―ラオスでの生活はいかがでしたか。

田村 家族で赴任し、首都のビエンチャンに家を借りて住んでいましたが、現地の言葉が話せないと買い物もできないので、お手伝いさんに来てもらっていました。ラオスには通勤で利用するような鉄道はありません。私は車で通勤していましたが、公共交通機関としてはバスがあります。日本の援助でバスが供与されているので、ビエンチャン市内は京都のバスが走っています。気候は、一番暑い4月には40℃を超える日もありますが、涼しい時期には朝夕は肌寒いくらいです。観光立国なので、名所はたくさんあります。食事も困ることはなく、とても辛いものがあることだけ気を付ければ、日本人の口にも合うと思います。海はありませんが、メコン川があるので川魚は結構おいしかったです。

ラオスの前に赴任していたコンゴ民主共和国では、安全管理上、外は歩けないし、車で移動しても警察に止められることが頻繁にありました。ラオスでも、家で何度も水が吹き出したり、羽アリが家の中で大発生して数メートル先が見えなくなったり、いろいろなことがありましたが、コンゴ民主共和国に比べたら生活面ではそれほど苦にならなかったですね。

―最後に国際保健医療協力に興味を持っている人たちに、メッセージをお願いします。

田村 2018年にノーベル平和賞を受賞した、コンゴ民主共和国のムクウェゲ医師が、昨年の来日公演で「無関心に対する闘いこそが求められている」と演説されました。これは、ムクウェゲ医師が立ち向かってきた女性に対する性的暴力について述べられた言葉ですが、世界の健康格差についてもまったく同じことが言えると思います。今すぐ国際保健医療協力に従事しなくても、まずは開発途上国の保健医療の状況や格差などに関心を持ち、目を向けていただきたいと思います。NCGMでは、開発途上国へのスタディツアーも実施していますので、ぜひ参加してみてください。

もう一つは、国際協力の場では多くのステークホルダーと協力して進めるということです。臨床の場で医師に期待されるのは治療をリードすることですが、国際協力では看護師や医療以外の分野の方がリーダーになることもあります。そういう場で医師に期待されるのは、現地の人たちやチームの人たちとコラボして進めていく人間力だろうと思います。

パイロット試験の受験者登録の様子

ラオス人民民主共和国

●面積/24万㎢
●人口/約649万人(2015年、ラオス統計局)
●首都/ビエンチャン
●民族/ラオ族(全人口の約半数以上)を含む計50民族(平成30年12月にブル族を採用)
●言語/ラオス語
●宗教/仏教(令和2年1月14日時点/ 外務省ウェブサイトより)

ドクターズプラザ2020年9月号

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