2018

04/12

身体疾患予防にもつながる

  • 歯科

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東京都健康長寿医療センター研究所
社会科学系研究員 博士(歯学)
歯科医師
枝広 あや子 氏

ドクターズプラザ2018年3月号掲載

巻頭インタビュー/口腔ケア

職種によって解釈が違う「口腔ケア」

最近、「口腔ケア」という言葉を聞くことが、多くなってきたのではないだろうか。しかし、「口腔ケア」の解釈は、歯科衛生士や看護師、介護士などそれぞれの職種によって違うという。また、「口腔ケア」は単に虫歯や歯周病を予防するだけではなく、身体疾患の予防にもつながるそうだ。
本号では、「口腔ケア」は、高齢者だけの問題ではなく子供や若者など、あらゆる世代にとって必要なことだという、東京都健康長寿医療センター研究所・社会科学系研究員で歯科医師の枝広あや子氏に、“口腔ケア”の重要性などについて伺った。

職種によって解釈が異なる口腔ケアの正しい定義とは

――そもそも「口腔ケア」とはどういうものなのか、まずはその定義を教えてください。

枝広 ひと口に口腔ケアと言っても、いくつかの定義があります。また言葉自体の解釈も職種によってまちまちで、例えば、歯科衛生士が言う「口腔ケア」と介護士や看護師の方々が認識する「口腔ケア」とでは、微妙に異なるケースもあります。ですから、歯科衛生士の立場から介護士などに「入居者にはしっかり口腔ケアを行ってください」とだけ言っても、真意がきちんと伝わらず、また成果が上がらないケースもあるのです。実際のところ、近年の歯科医学会レベルでは口腔ケアという言葉は学術的には使われないようになってきており、「口腔健康管理」と呼ばれています。ただ、それでは一般の人にはなかなか伝わりづらいので、メディアでは今でも「口腔ケア」と表現することが多いですね。

――口腔ケアは「高齢者施設などで行われるもの」というイメージも強いです。

枝広 実際には高齢者に限らず、生まれたばかりの赤ちゃんから成人まで、あらゆる年代の人に必要なのが口腔ケアです。では最初に、口腔ケアの定義と分類についてお話しします。

口腔ケア(口腔健康管理)は大きく分けて「器質的口腔ケア(口腔衛生管理)」と「機能的口腔ケア(口腔機能管理)」の2種類があります。「器質的口腔ケア」とは、口腔内の歯や舌、粘膜などの汚れを取り除くことを目的としたケアを指します。「機能的口腔ケア」は汚れの除去と同時に、口腔組織のリハビリテーションの意味合いを含み、食べ物を噛んで飲み込むといった口腔機能の維持・回復を目的としたケアです。

この「器質的口腔ケア」を歯科衛生の分野では、さらに「専門的口腔ケア」と「日常的口腔ケア」の2種類に分類しています。私たちが毎日自分で行っている歯磨きはまさに「日常的口腔ケア」です。そして、介護施設などで介護士やヘルパーさんが高齢者に対して行うのも、やはり「日常的口腔ケア」。看護師の場合は教育課程の中に口腔ケアのカリキュラムがありますが、「日常的口腔ケア」に含まれます。一方、プロの歯科医や歯科衛生士が、専門の器具を使って行うのが「専門的口腔ケア」で、「日常的口腔ケア」とは全くレベルが異なるものです。

――では次に「機能的口腔ケア」について教えてください。

枝広 「機能的口腔ケア」は、汚れの除去と同時に、口腔内の運動を行うことで口腔機能の維持・回復を図るものです。要介護度の高い高齢者に対して行われることが多く「高齢者施設などで行われるもの」というイメージが強いです。「機能的口腔ケア」の中で最も知られているのが舌苔のケアです。要介護度の高い高齢者や慢性疾患のある方など、口を使って食べたり喋ったりできない人は、舌の上に剥離した粘膜や細菌などの汚れがたまりやすくなります。放置すると細菌が繁殖し、それが気管を伝って肺に侵入すると肺炎などの病気の原因になります。

――「誤嚥性肺炎」ですね。

枝広 舌苔のケアではそれらの汚れを取り除くことで口の中を清潔に保つと同時に、清掃を行う中で舌の筋肉を刺激し、自動運動を引き出すことで咀嚼や嚥下に関わりのある口腔軟組織の機能維持・回復を図るものです。

――「誤嚥性肺炎」の話がありましたが手術前に口腔ケアを勧められるのは、「誤嚥性肺炎」のリスクがあるからでしょうか?

枝広 例えば、全身麻酔をするような手術を受ける場合、気管内にチューブを挿管しなければいけません。挿管の際には歯牙の破損のリスクがありますし、ICU管理が長期にわたり気管内挿管を長くしている症例では誤嚥性肺炎のリスクも上がります。この場合の誤嚥性肺炎というのは、先ほどお話したように鼻腔や口腔の細菌がチューブを伝って肺に侵入して肺炎になるというものです。

例えば、中年会社員を例にとりましょう。普段ご自分で健康だと思っていても、急に脳梗塞で突然倒れて、救急車で運ばれ、全身麻酔をかけての手術をするということも考えられます。「自分は健康だから口腔内に多少問題があっても困っていない、忙しくて歯科には10年くらい受診していないが困っていないから大丈夫」と思っている中年会社員だったとすると、口腔内には歯石などのこびりついた汚れや放置していた虫歯、たまった舌苔があるかもしれません。急に倒れて、口腔をきれいにする間もなく挿管されるとしたら、口腔内の歯石や虫歯にこびりついた細菌も、チューブと一緒に気管に入ってしまう可能性があるのです。そうすると、特に気道感染症を含めた手術の合併症リスクが上がります。

このような事象を考えると、自分が健康だと思っていても常日頃から、日常的口腔ケアをしておく必要がありますし、定期的に歯科受診をして口腔内をきれいに保っていなければいけません。実際に「周術期口腔管理」という言葉で、全身麻酔下の手術や化学療法などの前後には、合併症の予防のために特別な口腔衛生管理をすることが医療保険の仕組みに取り入れられています。

子供に対する食育や歯磨き習慣も口腔ケアの一環

――先ほど、口腔ケアはあらゆる年代の人に必要との話がありました。具体的にどういうことなのでしょう。

枝広 今、お話しする口腔ケアは主に「器質的口腔ケア」のことですが、例えば、学童期の子供の場合、小学校1年生〜6年生くらいの間に乳歯が抜けて永久歯が生えてきます。しかし、生えたての永久歯というのは非常に虫歯に弱いので、きちんとケアする必要があります。特に、乳歯と永久歯が混在する口の中は、歯の高さも不ぞろいなので歯磨きを丁寧に行わなければ汚れは除去できません。

子供のうちから丁寧な歯磨きの習慣をつけておくことも大切です。また、甘いものを取り過ぎないとか、しっかり歯応えのある食べ物をよく噛んで食べましょう、とか、長時間にわたってお菓子などを食べ続ける“ダラダラ食い”をしないといった、いわゆる「食育」も、成長期の子供の口腔環境を整える意味と子供の将来を見据えた習慣づくりという意味の両方で重要です。近年では歯周病にかかる小学生も増えており、食生活の改善を含め、しっかりとした口腔ケア教育が重要視されています。

――大人になってからはどうですか。

枝広 人間は加齢とともに免疫力が落ちるので、普通に暮らしていても50代や60代で歯周病になる人は増えてきます。しかし若い頃の生活習慣によっては、もっと早く歯周病になってしまうこともあります。例えば、仕事終わりに会社の同僚と飲みに行って、歯を磨かずに寝てしまったり、糖分のたくさん入った飲み物をダラダラ飲みながら仕事をする習慣のような生活を続けていると、20代や30代でも歯周病になります。初期の歯周病は痛みを伴わないので本人は気付かず、いつの間にか症状が進行して、気付いた時には歯がグラグラになっているケースもあります。また、中年期に差し掛かって糖尿病になると歯周病リスクが増えます。

――歯周病を予防するためには、歯磨きが大事ということですか

枝広 やはり、丁寧に歯磨きをすることが大事です。それには、先ほど言ったように子供の頃から歯磨きの習慣をつけることが大切なのです。その上で、定期的に歯医者に行って歯石やこびりついた汚れをとってもらうなど「専門的口腔ケア」を受けてください。

また、女性の場合、妊娠時に口腔ケアも受ける必要があります。つわりで歯磨きがつらいとか、食事の嗜好が変わって酸っぱいものをたくさん食べるようになるなど、妊娠中の身体の変化が口腔内環境を変化させ、虫歯や歯周病につながるケースも少なくありません。妊娠中に歯周病などで歯茎から出血した際に、歯周病菌が血流内に入り込んで、出産に影響を及ぼすのではないかという学説もあります。いずれにせよ、妊娠中でも口腔内の十分なケアが必要であると言っても過言ではないでしょう。お母さんの口腔ケア習慣が生まれた赤ちゃんにも影響があることは言うまでもなく、これまでのお話も含め、やはり全世代にとって口腔ケアが重要です。

口腔ケア不足による弊害。高齢者の場合は心身の悪循環も

――誤嚥性肺炎、歯周病、虫歯以外に、口腔ケアの不足によって引き起こされる深刻な病気はありますか。

枝広 動脈硬化が原因で起きる冠動脈疾患のリスク因子には、加齢、肥満、喫煙などに加えて、重度歯周病による高感度CRP値の上昇が挙げられます。また近年では歯周病原菌自体が動脈硬化に直接寄与することも報告されています。また、歯周病は糖尿病のリスク因子でもあり、逆に歯周病を治療することで血糖値が正常化することも明らかになっています。

他にも、現時点でエビデンスは十分にそろっていないものの、口腔ケア不足との関連が指摘される病気は脳梗塞、感染性心内膜炎、冠動脈疾患、慢性呼吸器疾患等、数多くあります。さらに、高齢者の場合は口腔機能の低下によって、低栄養状態を引き金としたさまざまな健康障害が発生します。この予防には、さほど自覚のない状態からの取り組みが必要で、私たちは口腔機能の低下の早期の段階を「オーラルフレイル」と呼んでいます。

出典:東京都健康長寿医療センター「第142回老年学・老年医学公開講座」資料より引用

 

作成:枝広あや子氏

――「オーラルフレイル」とはどういう意味ですか。

枝広 「オーラル」は「Oral=口」の意味であり、「フレイル」は「Frailty=虚弱」からきた言葉です。日本老年医学会では「フレイル」を「加齢に伴うさまざまな機能変化や予備能力の低下によって、健康障害に対する脆弱性が増加した状態」と定義しています。つまり「オーラルフレイル」は、「加齢に伴うさまざまな口腔環境(歯数など)および口腔機能の変化、さらに社会的、精神的、身体的な予備能力低下も重なり、口腔機能障害に対する脆弱性が増加した状態(東京都健康長寿医療センター・平野浩彦先生)」を指しています。

特に高齢者の場合、地域で暮らしているときにも、口腔機能が低下すると心身のさまざまな箇所で悪循環が発生します。例えば、口腔機能の低下で硬い食べ物が噛みづらくなると、軟らかい食べ物中心の食生活になり、咀嚼能力が低下して、さらにしっかりと歯応えのある食べ物が噛めなくなってしまいます。また、口腔機能の低下は身体の低栄養状態を招き、筋肉量の減少や基礎代謝の低下、エネルギー消費量の減少などが起き、結果として食欲が低下してさらに低栄養化が進むなど、ここでも悪循環に陥ります。

さらに身体機能の低下によって身体全体の活動量が減り、引きこもりがちになって社会との接点を失うなど、社会的・精神的な面でも障害が出てきます。高齢者はこうしたことがきっかけで認知機能低下が生じるケースも少なくありません。認知症になると自分で歯磨きが上手にできなくなる場合もあり、口腔機能はさらに低下してしまいます。高齢期では、こうした「オーラルフレイル」への対策も含めた「機能的口腔ケア」が求められます。

作成;枝広あや子氏

出典:東京都健康長寿医療センター「第145回老年学・老年医学公開講座」資料より引用

日常的口腔ケアのコツ。高齢になって取組むのでは遅い

――最後に、私たちが普段の生活の中でできる「日常的口腔ケア」のコツを教えてください。

枝広 社会の高齢化が進むなか、厚生労働省は日本歯科医師会と組んで「8020(ハチマルニイマル)運動」を展開しています。これは「80歳になっても自分の歯を20本以上保とう」という運動。20本以上歯があれば、普通の食事をよく噛んで食べることができて健康寿命を延ばすことができるといわれています。また他にも日本歯科医師会では適切な歯磨き習慣をお伝えするためにさまざまな取り組みをしています。「良い歯の日」「歯と口の健康習慣」など、耳にしたことがある方もいるでしょう。

この「8020運動」の中心となるのが口腔ケアです。しかしこれまで説明したように、「高齢になってから口腔ケアを頑張ればいいや」と考えるよりは、若いうちから取り組むことが結果的には全身の健康維持につながります。できれば子供のころから丁寧な歯磨き習慣を継続しつつ、大人になったら「日常的口腔ケア」と「専門的口腔ケア」を併用することで口腔機能を正常に保ち、健康な生活を送ることができるのです。

繰り返しになりますが、丁寧な歯磨きを習慣づけることが大切です。歯磨きの習慣として、私としては「1日3回」の中の、せめて夜寝る前の1回は、特に時間をかけて丁寧に磨くことをオススメします。夜間は口腔内の唾液の分泌量が減るので、細菌が残っていると夜間に増殖しやすいのです。歯間ブラシやフロスを併用するとさらに効果的でしょう。また、朝食を食べる習慣がない人でも、朝起きたら必ず歯を磨くようにするといいでしょう。

また医師や看護師など病院スタッフは、短い時間で食事を済ませ、仕事中は歯磨きする間もなく次の仕事に移る、という忙しいお仕事です。しかも忙しいので歯科受診もごてごてになりがちです。だからこそ、普段から寝る前はしっかりと磨く、せめて半年に一回は歯科受診することをお願いしたいと思います。