2016

05/15

赤痢

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。

ドクターズプラザ2016年5月号掲載

微生物・感染症講座(52)

細菌性赤痢とアメーバ赤痢

はじめに

抗生物質が発見される以前、日本人の死因は結核、肺炎や胃腸炎といった感染症が上位を占めていました。日本人の生活と感染症はとても身近なものであり、感染症の中には、季語になっているものがいくつかあります。特に夏の季語となっている感染症は多く、これまでに紹介したコレラ、マラリア、麻疹、水虫も含まれています。今回は夏の季語になっている感染症の中でまだ紹介していない「赤痢」についてご紹介しましょう。

赤痢アメーバは性行為でも感染する

赤痢には、赤痢菌を原因とする「細菌性赤痢」と、原虫である赤痢アメーバを原因とする「アメーバ赤痢」とがあります。原因となる微生物は異なりますが、いずれも汚染された食品や水を摂ることや、ハエやゴキブリなどの衛生虫を介して経口感染する食中毒の一つです(注1)。一般的に「赤痢」と呼んでいるのは細菌性赤痢ですが、2015年の報告数を見ると、細菌性赤痢が156名であるのに対してアメーバ赤痢では1095名と、圧倒的にアメーバ赤痢の患者数が多く報告されています。赤痢アメーバは、大腸や直腸に感染して腸アメーバ症を引き起こし、1日に複数回の粘性血便を生じます。さらに、赤痢アメーバが門脈から肝臓に達することで腸外アメーバ症を発症します。抗生物質による治療が可能ですが、ワクチンは無く放っておくと慢性化したり、衰弱によって命を落としたりすることもあり、世界中では年間におよそ10万人がアメーバ赤痢で亡くなっています。赤痢アメーバは経口感染だけでなく、性行為によっても感染が広がるため、衛生状態の良くなった先進国では近年、食中毒よりもむしろ性感染症として問題視されています。日本でも海外旅行時に赤痢アメーバに感染して持ち帰る輸入感染症としての報告だけでなく、性感染・特に男性間の性的接触による感染が増加しており、注意啓発が必要です(注2)。

赤痢菌は日本人が発見した!?

日本の感染症法では、アメーバ赤痢は5類に、細菌性赤痢は2006年に2類から3類に変更されました。戦後間もない日本では、赤痢によって2万人以上の死者を出し、10万人以上の感染者があったと推定されています。ワクチンは開発中ですが抗生物質による治療が可能であり、日本の衛生向上とともに赤痢患者は1965年以降激減し、2000年までには年間1000名程度、以降も国内報告数は減少し続けて、近年では多くが輸入感染事例となっています。しかし、1998年には長崎で井戸水を原因として821名の集団赤痢感染が起こりました。また、2001年にはカキの喫食を原因とする散発流行が日本全国で、また東日本大震災直後には東北のファミリーレストランで赤痢感染が起こり、日本国内での感染が無くなったわけではないことを心しておくべきです。

そもそも赤痢菌は、1897年に日本で発見された細菌です。発見者の志賀潔の名にちなんで、「Shigella」という学名が付いています。赤痢菌は生化学的性状によってA〜Dの四つの亜群に分けられており、志賀潔が発見した志賀赤痢菌と呼ばれるA群以外は症状が軽く、血便をみることがほとんどなく、予後も良好です。志賀赤痢菌による感染は、数日の潜伏期間を経た後高熱を発し、激しい腹痛を伴って膿粘血便がみられるようになります。これは志賀赤痢菌の産生する志賀毒素によるもので、一部の感染者は腸管出血性大腸菌と同様に溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こし、合併症などによって命を落とすことがあります。また、重症型の赤痢のことを、かつては疫痢と呼んでいました。疫痢は2〜6歳くらいまでの小児にみられた重症例で、循環障害から血圧低下を引き起こして短時間で死に至ります。非常に怖い志賀赤痢菌ですが、近年の日本における感染はD型がほとんどで、疫痢も1964年以降はほとんどみられず、この志賀赤痢菌による感染は世界でも減少しています。

かつて日本で流行した感染症も、医学の進歩や衛生の向上によってその様相を変化させています。しかし、科学技術の進歩によって、多くの感染症やその原因となる微生物の存在が明らかとなり、報道や情報が容易に入手できる現代社会では、衛生状態の悪かった一昔前よりも恐怖心を強く抱く日本人が増えているようにも思います。明治時代に正岡子規は「此村に赤痢のはやる熟柿かな」と、赤痢は夏だけでなく秋になっても注意が必要であることを詠いました。正しい知識、判断力と観察力を養うことで、変化する感染症事情に対応しましょう。

 

(注1)「赤痢菌」は食中毒の原因となる微生物として1999年に食品衛生法に追加されています。

(注2)赤痢アメーバの2000年における報告数は367名でしたが、年々増加し2013年以降は1000名を越える報告が続いています。