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認知症の時代がやってきた

メンタルヘルス

西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。
隔月刊ドクターズプラザ2019年9月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(53)

21世紀最大の悪性疾患!?

第115回日本精神神経学会総会が、村上市を中心とする地震の直後の6月20日に、新潟市で開催されました。余震を恐れながら会場に着いて、驚いたことは、『認知症診療医テキスト』が日本精神神経学会公式のテキストとして無料で! (医学書ですよ)配られていたことでした。テキスト配布の横には、認定の流れが大きく貼り出されており、学会ホームページの認定試験ウェブページにアクセスし、認定試験を受けるよう勧めていました。受験料はたったの五千円で、ウェブ上でクレジットカード(!)で決済できるというのです。精神科医の多くに認知症治療を担わせたいという、日本精神神経学会の政策的な意向が透けて見えるような案内でした。

日本は、未曽有の超高齢社会を迎えています。高齢化率が高まっており、2060年には国民の10人に4人が65歳以上の高齢者となる社会がやってきます。親が双方で4人いると、親のうち1人か2人は認知症というわけです。平均寿命は長くなりましたが、実際に他人の援助を必要としない自立した生活を送る期間(健康寿命)は、平均寿命よりも10年以上短いといわれています。健康寿命を短くしている要因の中で、最も大きなものは認知症です。65歳以上の高齢者の認知症の平均有病率は、5〜10%程度ですが、その後、年を取るに従って劇的に増加し、100歳を超えると半数以上の人が認知症になります。認知症は、健康寿命を目指す社会の最大の敵であり、「21世紀最大の悪性疾患」といわれています。一言で認知症といいますが、認知症の原因となる疾患はさまざまです。皆さんがご存知の代表的な病気としては、アルツハイマー病やレビー小体型認知症、前頭側頭型認知症(昔のピック病ですね)、脳血管型認知症などがあります。

双方の親4人を看るとしましょう。今そのうちの1人か2人は認知症になります。日本全体で認知症患者は500万に達するといわれています。一方、精神科専門医は1万人弱です。1人の精神科医が500人の認知症を診ることは到底できないでしょう。内科医をはじめとするかかりつけ医が認知症専門医として地域を支えていく、地域の保健師の力を借りるなど、医療と福祉が総動員で協力していくしかありません。

止められない認知症のマーチ

ところで、認知症を予防する手立てはあるのでしょうか。1980年代以降、認知症の中核を成すアルツハイマー病の治療薬の開発が進められてきました。背景には認知症の分子生化学研究の進展がありますが、根治療法とはいきません。服薬により当座は回復したり、進行が止まったように見えても、間もなく認知機能の低下は再び進行していきます。実はあらゆる認知症の治療は対症療法にすぎません。今のところ、ヒトは一旦始まった認知症のマーチをとどめることができないのです。

実は私は、間もなく100歳になる母と共に暮らしています。ここ数年すっかり恍惚の人になりました。活動的で働き者だった母は、ゆっくりとした時間の中で、日光浴とベッドの友達です。お腹が空くと待ったなしです。代わり映えのしない食事を初めて見たかのように「こんなご馳走が食べられるようになったんだねえ。戦争の時には芋汁だったけどねえ」と繰り返し言います。リハビリパンツの着替えを手伝うと、機嫌の良い時は「こんなことさせて申し訳ないねえ」と私をねぎらいます。機嫌の悪い時には、「触らないで! いやらしいね!」と怒鳴り始めますが、お気に入りの音楽をこっそり低い音でつけていると、そのうち機嫌が直ります。2、3歳の子どもをあやすような手だれが役に立ちます。元気だった頃の母を想うと寂しくなりますが、「そのうち私も行く路だから」と何となく納得して、一緒に食事を取っています。ちなみに、母の長谷川式簡易知能評価スケールは、今月3点です。子どものように怒ったり泣いたりしても、周りの家族が素知らぬ顔で過ごしていると、朝霧、夕立のように去っていきます。幸い怖がりになった母は、1人では外出しません。もやしのヒゲ取りやポリ袋たたみをお願いすると、ニコニコと作業に取りかかります。「後で片付けるからそのままにして出掛けなさい」などと昔通りの口調で言いますが、後で片付けることは永遠にありません。

こんな母と暮らしながら、お年寄り皆が住み慣れた家庭で過ごすことはできないのだろうかと夢想します。在宅が困難であった多くの患者さんの顔を思い浮かべながら、それぞれができる家事をする認知症シェアハウスはできないのかしらと夢のように考えてしまいます。「認知症診療医」の存在が、超高齢社会に幸せを運ぶ本当に良いものとなりますように。

 

隔月刊ドクターズプラザ2019年9月号掲載

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