2018

05/16

設計者とどのように付き合うか

  • 病院建築

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服部 敬人
株式会社伊藤喜三郎建築研究所 執行役員 設計本部第二設計部長
一級建築士 認定登録医業経営コンサルタント

ドクターズプラザ2018年5月号掲載

病院建築(1)

はじめに

「病院建築」というタイトルからは、一見、教科書的な硬い話を想像されると思いますが、設計という行為を、発注者様の立場から分かりやすくご紹介できる連載コラムにしたいと思います。
第1回は、「設計者とどのように付き合うか」と題して、これから病院の計画をお考えになっている発注者様が、病院建築のプロである設計者とどのようにコミュニケーションを取りながら進めていけば良いのかについて思うところを書いてみました。舞台は民間病院を想定しています。

発注者と設計者の関係

皆さんは車や家具のような高価な買い物の際は、品物をつぶさに吟味し、時には何度となく店に足を運び、納得の上で購入することが多いのではないでしょうか。ところが、ほとんどの建築はそうすることができません。建売住宅の場合は実物を見ることができますが、ハウスメーカーの住宅展示場で検討する場合は建てる土地との関係をイメージした上で購入しなければならないのです。つまり、病院を含め一般建築の場合は完成形そのものを購入前に確認することができないことになります。したがって、発注者様は出来上がる建築の内容を、何らかの方法により正確に把握することが必要となります。否応にも設計者とのコミュニケーションが重要になり、設計者の役割としては、図面、パース(透視図)、最新のCGやBIMなどのあらゆるツールを駆使して出来上がる建築を発注者様に分かりやすく説明することが求められるのです。

打ち合わせの冒頭からいきなり寸法や医療機器が入った図面を意思疎通のツールとして使用することは少なく、特に新築の場合は、「洒落たモダンな外観……」「明るい落ち着いたインテリア……」などのイメージの共有から始まり、「○○病院の……」「○○レストランの……」のように具体例を交えて、コミュニケーションを取りながら設計の打ち合わせがスタートします。そのような場面を通して設計者は初対面のオーナーの生活感や趣味趣向、気心を感じ取ります。逆の立場からみると、発注者様は設計者の専門性・知識力や、会話に見え隠れする機転や融通、技術者としての余裕や落ち着きを打ち合わせの会話から見定めます。竣工までの長期間にわたるコミュニケーションに備え、具体的な会話の特徴やクセを読み取ることは有意義なものです。設計という行為は、このように「完成する建築」ならびに「発注者と設計者の関係」、双方のイメージづくりから始まります。

決定に至るまでのルールづくり

設計に入るとヒアリングを実施して与条件を確認します。人それぞれ生活してきた環境が違うように、建築空間の物差しも人それぞれに異なります。空間を把握するスタンダード(=基準)、つまり慣れ親しんだ空間は人により異なり、言葉で表現する場合であっても、長さや広さはもちろんのこと、明るさや暗さ、暑さや寒さに対する表現も千差万別です。会話に含まれる言葉の意味を図面やパースに置き換えるだけでは相手の求める建築を理解したことになりません。そこで、比較ができる既存の建物やインテリアの対比を介して説明することが有効になります。また、お医者様には建築のお好きな方が多く、自作の図面をお持ちいただくことがあります。そのような時は必ず直接お会いして、図面に表現されている情報がどのようなものなのかを正確に確認するプロセスを忘れないようにしています。

設計の各段階では、複数案を提示させていただき、その比較の中で長所短所を吟味して案を絞り込んでいきます。案が逡巡することもありますし、一旦決定してもまた当初の案に戻ることもあります。そんな中、どの段階で、どのような内容を、どのような方に決定していただくべきかを前もって発注者様と設計者の間で共通の認識を持っておくことがポイントになります。個人の意見と組織の意見が曖昧になる場面や、トップの一言で全てが反転する場面をいくつも見てきました。設計は時間との勝負になることがほとんどですから、結果的に発注者様の不利益にならないように、決定に至るまでのルールづくりをしておきたいものです。

理想の病院をつくるための成功のカギ

建築設計はイメージだけでは完結するはずもなく、建築士であればダレでも病院の設計ができるかと言えばそうではありません。図書館に行ったことがない設計者が図書館の設計ができないように、病院を知らずして病院の設計はできないのです。ましてや、病院建築とは一つの街をつくるようなものですから、多方面の専門技術力を結集して設計者が先頭を切って進めることになります。しかしながら、計画しようとしている病院そのものを知り得ているのは発注者様ですから、理想とする病院像を効率よく正確に設計者に伝えることが成功のカギの一つになることは間違いありません。次回からは、その各論を紹介します。

 

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