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訪日外国人の増加で拡大する医療通訳需要

インタビュー

外国人が日本国内で医療サービスを受ける際に、医師と外国人患者のコミュニケーションの橋渡し役となる医療通訳者は、日本社会の国際化に欠かせない存在だ。そんな医療通訳者の社会的地位の向上と認知拡大、人材育成、労働環境の整備などを目的に、2016年に設立されたのが全国医療通訳者協会だ。訪日外国人の増加とともにその存在に注目が集まる一方、さまざまな課題にも直面している。医療通訳者の現状と協会の役割について、自身も医療通訳者として活躍している代表理事の森田直美氏に話を伺った。
ドクターズプラザ2019年5月号掲載

巻頭インタビュー:一般社団法人全国医療通訳者協会

~医療通訳者の環境整備と人材育成に取り組む~

訪日外国人の増加に伴い、医療通訳者の需要が拡大

―最初に協会の概要について教えてください。

森田 全国医療通訳者協会は、国内で活躍するベテラン通訳者6人が主導して、医療通訳者による医療通訳者のための職能団体として設立されました。現在、会員数は約230人。北海道から九州まで全国で活躍する通訳者が登録しています。対応言語は英語や中国語、韓国語、フランス語、スペイン語などから、ヒンディー語、ネパール語まで14言語に及びます。

協会は医療通訳を専門職として確立させ、社会的地位向上を図ることを目的に活動をしています。具体的には、会員を対象に医療通訳者としての質と技術の向上を図るための定期的な講習会の開催、医療通訳者の労働環境整備や医療通訳に関わる問題への働き掛け、医療通訳資格認証・研修制度整備への働き掛けなどです。

―入会にあたっての条件や審査などはありますか。

森田 現在は認証制度がまだありませんので、会員になるための特別な審査は行っていません。書類審査だけです。実際には、病院職員として通訳の仕事をしている人、医療通訳に関する地域のNPO、国際交流協会に登録している人など、すでに医療通訳者として活動されている人が多いですが、中には医療通訳を目指して勉強中の方や、将来的に何らかのビジネスに役立てるために入会する人もいます。また、通訳を利用する側の立場から協会の主旨に賛同していただいた医師や看護師、薬剤師、社会福祉士など約20人が賛助会員となっています。

―医療通訳者はいつ頃から活動されているのでしょうか?

森田 在住外国人が生活してゆくために必要とするサービス(医療・教育・行政や司法)を利用するために必要な「コミュニテイ通訳」が盛んになったのは、1990年出入国管理および難民認定法の改正に伴い日系南米人の定住化が進んだからです。その後、阪神・淡路大震災の際に神戸在住の外国人をサポートするために多言語ボランティアが活躍し、社会的な注目を集めるようになりました。

ただ当時はあくまでボランティアであり、外国人が病院に行く時に「お困りなら一緒についていきましょう」というニュアンスのものでした。一方で、対応できる通訳者が限られる少数言語の場合、特定の通訳者ばかりが頼られることになり、通訳者に大きな負担がかかるなどの問題が出てきました。こうした状況を受け、2000年代に入って医療通訳者のための各種団体が、全国各地で設立されるようになりました。

―そうした医療通訳者の団体はどれくらいあるのですか。また、全国医療通訳者協会が設立されるきっかけはあったのですか?

森田 現在は、全国31県で約38団体が活動しています。多くはNPO法人か自治体・国際交流協会で、医療通訳者に対する研修活動を行うほか、医療機関と提携して通訳者を派遣するなどの実績を持っています。しかし、それらの団体は個別に活動をしており、これまで横のつながりはあまりありませんでした。

折しも2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催が決定し、政府が外国人の誘致に本腰を入れ始める中で、訪日外国人が安心して医療を受けられる体制づくりが必要となり、厚生労働省なども動き始めました。ところが、各地域の医療通訳団体がバラバラに活動している状況では、現場からの提言や要望などが、なかなか中央に届きません。そこで、医療通訳者の活動を支援する全国規模の職能団体として設立されたのが、全国医療通訳者協会です。

―訪日外国人が急激に増加している中では、医療通訳者の存在は必要不可欠ですね。

森田 2018年の外国人旅行者数は3千万人を突破しました。さらに4月から新在留資格による外国人労働者の受け入れが始まると、現在260万人以上いる在留者も増加が見込まれます。それに伴い、医療通訳者の需要も大幅に拡大することが想定されます。これまで医療通訳者といえばボランティアとしての活動が中心でしたので、計画的な人材確保・育成などは行われず、人材が根付かないのが現状でした。しかし、これだけ需要が拡大する中で、必要な数の医療通訳者を確保するためには、ボランティアではなく、適正な報酬を得ることができる職業としての医療通訳者の社会的地位を築くことも大切です。それが協会に課せられた重要な役目といえます。

医師や看護師といった医療従事者にとっても、外国人の患者とのコミュニケーションを潤滑に行える医療通訳者がいれば、問診や診療もきちんとできるので、無駄な検査や過剰な治療などをなくすことができますし、医療過誤の防止にもつながるなど、社会的にも大きな意義を持っています。

時に重い責任を負う医療通訳者。担い手をいかに確保するかが重要

―医療通訳というのは、実際にどのように行われるのでしょうか。

森田 もっとも一般的なのが、外国人の患者さんと医療者、そして通訳者の3者が同席のもと、対面式で行われる逐次通訳です。こうした医療通訳者の中には、病院の職員として、あるいは何らかの契約を結んで病院に常駐している人もいます。常駐でない場合、必要に応じて医療通訳者を派遣するスタイルもあります。

―「常駐型」と「派遣型」があるということですね。

森田 ただ、医療通訳者もあらゆる言語を話せるわけではありませんから、対応できない言語を話す患者さんが来たときの対策が必要となります。そんなときに活用できるのが「電話通訳」や「遠隔通訳」です。電話やタブレット端末の向こうに医療通訳者がいて、医師と患者さんの通訳をします。対面式と違ってやりとりに少々時間がかかりますが、いざというときには非常に便利です。すでに民間の電話通訳会社はいくつかありますし、政府でもこのシステムの普及を後押ししようという動きが見られます。ほかにも、AIや翻訳アプリなどを使って急場の対応をするケースもあるようです。

―とはいえ、医療通訳者には一般的な通訳の仕事にはない職能も求められるのではないですか。

森田 そのとおりです。医療に関する基礎知識や専門用語、医療倫理などについて、一定の知識があることが望ましいですね。もっとも難しいのは「一歩間違ったら患者さんの命に関わる」という責任を医療通訳者が担わなければいけないケースもあるということです。言葉を正確に訳す必要はもちろんありますが、私たち医療通訳者が心掛けているのは医師の言葉や患者の言葉を「自分で勝手に“足したり”“引いたり”編集しない」ことです。例えば通訳者が“重要ではない”と勝手に判断して省略してしまった患者さんの言葉が、医師にとってはとても重要なヒントになるというケースもありますからね。言葉を簡略化したり意訳したりせず、そのまま通訳することが重要です。

―非常に高い職能が求められる医療通訳ですが、資格制度などはあるのですか。

森田 今のところ国家資格はなく、民間の団体が個別に検定などを行っています。医療通訳者の地位向上という観点からも、何らかの認証資格が必要だと考えています。その方が、医療通訳が“職業”として認められやすくなります。ただ一方で、認証資格という線引きを設けることに対しては、医療通訳者の担い手を制限してしまうのではないかという議論もあります。先ほど「患者さんの命に関わる」例を挙げましたが、実際にはちょっとしたけがや風邪などで来院する患者さんも多いわけで、そうしたケースでは最低限の医療知識と医療倫理が身に付いていれば、医療通訳者として対応できます。医療通訳者が活躍するフィールドは非常に広範囲にわたるので、認証資格を設けることで医療通訳の志望者が減ったり、資格を持っていない人が不利益を被ったりする可能性もあります。

―外国の医療通訳事情はどうなっているのでしょうか。

森田 例えばアメリカでもやはり医療通訳の国家資格はありません。ただ、権利意識が非常に強い国ですから、患者の権利を守るために“セッション中の会話は全て通訳しなければならない”などの決め事は徹底されており、そのための医療通訳マニュアルも整備されています。日本においても認証資格とは別に、政府が作った医療通訳に関するテキストブックや医療通訳育成カリキュラムがあり、その中で医療通訳を行う上で必要な知識や医療倫理、ルールなどが定められています。

―協会においても、独自のカリキュラムを制定していますね。

森田「C H I P( Critical Healthcare Interpreters’training Program )研修」という独自の研修制度を設け、月1回、全5カ月、合計50時間のカリキュラムを実施しています。座学のほか、ロールプレイ通訳練習を取り入れるなど実践的な内容となっています。

日本国中に広がる需要。医師や看護師の協力体制も必要

―日本において医療通訳者の重要性は、今後ますます高まりそうですね。

森田 一昔前まで、外国人観光客はゴールデンルートと呼ばれる有名観光地に多く、外国人生活者も都市部の限られたエリアに集中していました。しかし最近は、好奇心旺盛な外国人観光客がより穴場の観光スポットを求めて日本各地を訪れるようになっています。外国人労働者も、都市部だけでなく地域の産業の担い手となっています。こうした中では当然、人口の多い大都市部だけでなく地方都市においても医療通訳の需要も拡大し、医療通訳者の育成や働くための環境整備が急務となります。当協会を設立した目的もそこにあるわけです。

先ほどもお話ししたとおり今後は、政府や行政と連携しながら環境整備を図っていく予定です。それと同時に、医療通訳を利用する側の医師をはじめとする医療従事者の皆さんにも、ご協力をいただきたい。ひと口に医療といっても、診療科は多岐にわたりますし、診察や治療だけでなく調剤などの場面でも医療通訳が必要になるケースが増えています。

そして、それぞれのケースにおいて、出てくる専門用語もさまざまです。内容に忠実で、言葉が正確な通訳をするためには、医療者の皆さんの協力が絶対必要です。専門的な話はやさしく言い換える、主語を入れて話す、「じんじん」「ちくちく」などオノマトペは使わない、などです。

医療従事者の皆さんも、医療通訳者を一緒に“育てる”という姿勢でご協力いただけるとありがたいです。それがいずれは、医療従事者ご自身を助けることにもなると思っています。

 

 

 

 

 

 

 

ドクターズプラザ2019年5月号掲載

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