2013

07/15

血液で検査できる、画期的な方法

  • インタビュー

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日本人は、がんの中で胃がんになる人が最も多い(*参考資料:2008年の罹患数(全国推計値)が多い部位 (独立行政法人 国立がん研究センター))。しかし早期発見により、死亡率は低下してきているそうだ。そして、今話題になっているのは、胃がんになる前に「リスク」を検査する「ABC胃がんリスク検診」だ。それは、どのような検査なのだろうか。また胃がんのほとんどの原因といわれる「ピロリ菌」とは、どのような菌なのか。東京医科大学病院・内視鏡センター部長の河合隆教授に伺った。

ドクターズプラザ2013年7月号掲載

「ピロリ菌」は、静かに胃を破壊する

巻頭インタビュー:ABC胃がんリスク検診 (1)/河合隆氏(東京医科大学病院 内視鏡センター部長・教授)

胃がんの「リスク」程度を調べる

──「ABC胃がんリスク検診」とは、どのような検査をするのでしょうか。

河合 研究によって、ヘリコバクター・ピロリ菌(以下、ピロリ菌)に感染している人が、がんを発症する、そして萎縮性胃炎の程度によってリスクが異なることが分ってきました。そのリスクを分類する方法として、血液を採取して、ピロリ菌に感染しているかどうかと、萎縮性胃炎の程度を調べる検査が「ABC胃がんリスク検診」です。両方の結果の組み合わせからABCDの4群で結果を表します。D群はもっとも胃がんを発症するリスクが高い人です。

──ピロリ菌と萎縮性胃炎にはどのような関係があるのでしょうか。

河合 ピロリ菌に感染すると何十年という時間をかけて、慢性胃炎(表層性胃炎から萎縮性胃炎へ)が進行していきます。一番恐ろしいのは、胃が炎症を起こしていても何も症状がないということです。ピロリ菌に感染していて慢性胃炎になっている方は、何も起こっていないと思っているかもしれませんが、ひどくなれば細胞が破壊され、元には戻りません。そして萎縮性胃炎の程度に応じて、がんの発症リスクが高くなります。

健康な胃は「ひだ」がありますが、ピロリ菌に感染し炎症が進んだ胃は、「ひだ」がなくつるつるの状態になってしまいます。ピロリ菌は静かに、そうっと胃の細胞を壊してしまうのです。昔は、歳をとると、みんなつるつるの胃になると言われていましたが、今では、いくつになってもピロリ菌がいなければきれいな胃のままであることが分っています。

──胃炎の程度が血液から分かるのですか?

河合 「ペプシノゲン法」という方法で、血液中のペプシノゲンの量から、萎縮性胃炎の状態を想定することができます。通常、ペプシノゲンは血液中に1%しかありません。胃に炎症が起こると、細胞が壊されることなどによってペプシノゲンが血液中に多く放出されるので、最初は血液中のペプシノゲン濃度が少し上がります。その後、どんどん細胞が破壊されると、今度はペプシノゲンを作る細胞自体が減ってしまうので、ペプシノゲンも減っていきます。ですから血中のペプシノゲンの量を調べることで、萎縮性胃炎の状態を知ることができるのです。今までは内視鏡で見ることでしか、胃炎の状態を知ることはできませんでしたので、血液検査で簡単に分るというのは画期的なことなのです。

──ABC胃がんリスク検診は、今後レントゲン検査の代わりになるのでしょうか。

河合 バリウムを飲むという精神的、肉体的な負担のせいか、ABC胃がんリスク検診のほうが受診率が高いという報告があります。ABC胃がんリスク検診は、血液検査ですから手軽ですし、リスクの時点で分かるというのは利点です。でも、あくまでもリスクの分類ですから、リスクがあまり高くないからといって、絶対胃がんにならないとも言えません。一方、レントゲンにも限界はありますが、画像診断ですから、今の状態を形で見ることができます。また、現在企業などには検診車が出向いてくれるので、一定の年齢以上の人は、全員がレントゲン検査を受けることができます。会社に来てくれたら、仕事の合間に受けることができますからね。良く考えましたよね。がんの罹患率では、胃がんは依然トップですが、死亡率は半減しているという、国立がんセンターの報告もあります。早期発見ができて、治療されているのですね。

現在は、胃がんとピロリ菌の因果関係が明らかになってきたので、無条件に全員に行うレントゲン検査の方法を、見直してもいいのではないかという動きが出てきています。例えば、ABC胃がんリスク検診によって「リスク」を分類し、リスクの程度に応じて、レントゲン検査の頻度を変えることもできるのではないでしょうか。そうすれば、レントゲン検査の件数を減らせるので、費用も抑えられますし、一人一人の精度を上げることにも期待できます。ABC胃がんリスク検診にもレントゲンにも利点はありますから、うまく組み合わせていけるといいと思いますね。

胃がん患者のほとんどがピロリ菌に感染

──ピロリ菌にはどのようにして感染するのですか?

河合 ピロリ菌には5歳ぐらいまでに感染します。ピロリ菌に感染しているお母さんが、食べ物を噛み砕いてあげたりすることによって、感染することが多いのではないかと考えられています。また、川で泳いで遊んでいて、殺菌されていない川の水を飲んだりすることでも、感染する可能性はあると思います。上下水道の整備が十分でない海外などでは、飲み水から感染する可能性もあります。

ピロリ菌は胃だけにいます。唾液はもちろん、腸にもいませんので、殺菌されていない水か、胃液の混じったものを口から摂取することが感染経路と考えられています。ただ、5歳を超えるころになると、胃酸も十分に分泌できるようになりますし、免疫力も上がりますから、基本的には感染しません。

──遺伝しますか?

河合 感染ですから、遺伝はしません。

──どのくらいの人がピロリ菌に感染しているのですか?

河合 2003年の調査結果では、20歳代で16%、30歳代で28%、50歳代で70%です。現在は、30歳代で10%程度なのではないかと思いますし、今後もどんどん減っていくだろうと予想されます。昔はほとんど全員と言っていいほど感染していました。1994年にWHOが、ピロリ菌は、アスベストや喫煙と同じレベルの発がん因子だと発表しましたが、この時点では日本ではあまり注目されませんでした。なぜならば、当時ピロリ菌の感染者が多すぎたために、感染していてもがんにならない人もたくさんいたので、因果関係の証明ができなかったのです。

──ピロリ菌に感染しなければ、胃がんにはなりませんか?

河合 2001年9月に、当時、呉共済病院におられた上村先生を中心とする研究チームが発表したデータがあります。ピロリ菌に感染している人と感染していない人を、7~8年にわたって内視鏡で観察したところ、ピロリ菌感染者の2.9%は胃がんを発症し、感染していない人は全く発症しなかったというものです。胃がんの多い日本からこのようなデータが発表されたということで、この研究結果は世界を駆け巡りました。

逆に胃がんになった人のうち、ピロリ菌に感染している人はどれくらいなのかというデータもあります。2011年に発表された広島大学の先生方の論文では、胃がん患者3161症例を調べたところ、ピロリ菌にまったく感染したことがなくて胃がんになったのは0.66%だったとしています。つまり、胃がんを発症した人の99%以上が、ピロリ菌に感染しているということです。ピロリ菌に感染しなければ、絶対に胃がんにならないわけではありませんが、ゼロに近いくらい可能性は低いのです。

──では、ほかに胃がんの因子はありますか?

河合 胃がんでは、ピロリ菌、遺伝、ストレス、喫煙、塩分が因子と言われています。やはり一番はピロリ菌で、ピロリ菌に感染していない人の場合は、そのほかの因子は動きを見せません。逆に、ピロリ菌は胃がんだけでなく、萎縮性胃炎を経て、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、胃の粘膜のリンパ組織に腫瘍ができる病気などの原因でもあります。

リスクが高いと言われたら……

──ABC胃がんリスク検診でリスクが高いという結果が出た場合は、次に何をすればよいのでしょうか。

河合 C群、D群に分類された人は、必ず内視鏡の検査を受けていただきます。リスクが高い方は、内視鏡で実際に胃の中の状態を検査して、胃がんなどの病気になっていないかを調べます。B群の方では除菌をして、必要に応じて内視鏡検査を受けていただきます。

──ピロリ菌の感染を治療することはできるのでしょうか。

河合 除菌治療という方法があります。2013年の2月からは、「内視鏡検査にてピロリ感染胃炎」と診断された患者さんは、除菌治療を保険で行えるようになりました。しかし内視鏡を受けていない人の場合は、保険は適用されませんが、自費で予防的に除菌することはできます。

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