2013

02/28

虫歯の原因は微生物!?

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学環境科学研究所/大学院食品栄養環境科学研究院 助教。短期大学部看護学科 非常勤講師、静岡理工科大学 非常勤講師。専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。

ドクターズプラザ2013年2月号掲載

微生物・感染症講座(26)

肩凝りや頭痛の原因だけでなく、心臓疾患や脳症を起こすこともある

はじめに

「きちんと歯を磨こう!」。子供の頃、学校の掲示板や保健室で、虫歯予防のポスターを誰もが目にしたことでしょう。ポスターには、工事用のヘルメットを被ってツルハシやシャベルを持ったバイキンが、歯を壊そうとしているイラストが描かれていたりしますよね。実際に虫歯を作るバイキンは道具など持っていませんし、ヘルメットも尻尾もありません。今回は虫歯と微生物との関係についてお話しましょう。

虫歯のできるまで

虫歯(う蝕)を引き起こすのは、口腔内に常在している細菌です。虫歯の原因となる代表的な細菌に、ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)があり、ミュータンス菌や虫歯菌とも呼ばれます。ミュータンス菌は、球菌が鎖状に連なったレンサ球菌(α溶血)の仲間で、グラム陽性球菌です。口腔内に常在する細菌が、どうやって人間の組織の中でも最も硬いとされる歯に穴を空けるのでしょうか。ミュータンス菌は物理的に歯を打ち砕くような器官を持っているわけではなく、酸を産生してジワジワと歯を溶かしてしまうのです。

歯の表面は、リン酸カルシウムを主成分とするハイドロキシアパタイトで、エナメル質を構成しています。ミュータンス菌は、この歯の表面に付着しています。われわれが食事によって糖質(ショ糖や麦芽糖)を摂取すると、ミュータンス菌はこれらを分解して乳酸を作り、口腔内は食後急激に酸化します。この酸によって、食事とともに我々の身体に入って来る病原菌も退治されるわけですが、残念なことにカルシウムも酸に弱いため(*1)、歯の表面から溶け出してしまいます(脱灰)。この脱灰も虫歯を作る要因の一つですが、通常は唾液が分泌されることによって口腔内は中性に戻るので、溶けだしたカルシウムは再び歯の表面に戻ります(再石灰化)。健常者の口腔内では、脱灰と再石灰化が繰り返されているので御安心を。

では、ミュータンス菌はどうやって歯を溶かしているのでしょうか。ミュータンス菌は、食事によって摂取された糖質(主にショ糖)から乳酸以外にもグルカンと呼ばれる物質を産生します。グルカンはツルツルしている歯の表面にしっかり付着することができるので、ミュータンス菌は食べカスや他の口腔内細菌を含めて歯の表面に粘度の高い「歯垢(しこう)」を作ります。そう、この歯垢こそが虫歯の大きな原因なのです。食べカスの栄養を使って口腔内細菌が歯の表面で酸を産生し、歯の表面のカルシウムは溶け出してしまいます。しかも、歯垢の内部には唾液も入り込むことができないため、再石灰化が起こらず、歯の表面に穴が空いてしまうというわけです。厄介なことに、歯の表面(エナメル質)に穴が空いてしまうほどカルシウムが溶け出してしまうと、再石灰化することは永遠にありません。放置すればさらに悪化し、歯の内部にあるセメント質や象牙質、さらには神経や血管から成る歯髄をも侵すことになります。また、歯垢を放置すると石灰化して歯石となって歯磨きでは除去できなくなり、さらなる歯垢の沈着や歯周病の原因にもなるとされています。

虫歯は万病のもと

厚生労働省が行っている歯科疾患実態調査によれば、日本人が虫歯を発症する割合は、先進国の中でもずば抜けて高い事が報告されています。その原因は諸説あり、発症予防に様々な啓発がなされていますが、老若男女を問わず依然として患者が多いのが現状です。虫歯は、歯を失って歯周病を起こすだけではありません。肩凝りや頭痛の原因となるだけでなく、歯髄から血管に口腔内の細菌が入って心臓疾患や脳症を起こして死んでしまうこともあります。突然の歯痛に襲われてから、歯磨きを面倒くさがったことを後悔しても遅すぎますよね。ミュータンス菌の分裂速度は、およそ40分に1回で、1晩で1匹が数千匹にまで増殖します。朝起きたら、まずは歯磨きすることを習慣づけましょう。身体の健康診断とともに、定期的に歯科検診を受けてはいかがでしょう。

(*1) カルシウムは比較的イオン化しやすい物質で、酸性溶液中にカルシウムイオンとなって溶け出します。石灰石(炭酸カルシウム)を塩酸に溶かすと、塩化カルシウムと水になって二酸化炭素が発生するといったことを御存知でしょう。近年、酸性食品の偏った摂取によって、歯のエナメル質が溶ける「酸蝕歯(酸蝕症)」も問題となっており、注意が必要です。

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