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芽胞形成菌

感染症

内藤 博敬
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。
ドクターズプラザ2018年5月号掲載

微生物・感染症講座(64)

はじめに

21世紀を迎える前の日本では、食中毒の報告は多くが梅雨から秋雨にかけての時期に起きたものでした。輸送や冷凍冷蔵技術の進歩によって、この20年の間に食中毒事件数が半減し、ノロウイルスの台頭もあって、夏場の細菌性食中毒のピークは消滅しました。しかし、大腸菌O157による死亡事故の報道や、乳製品から感染するリステリア菌など、細菌を原因とした食中毒がなくなったわけではありませんし、真菌や原虫を含め夏場に起こる食中毒が消えたわけではありません。中でも、ウエルシュ菌に代表される芽胞を形成する細菌は、2日目以降のカレーやシチューでも感染を起こすため、初夏から秋口にかけて話題となることも少なくありません。今回は、この芽胞がいかなるものなのか、紹介しましょう。

2日目のカレーに潜む悪魔

食中毒予防の3原則は、微生物を「付けない」、「増やさない」、「除去する」です。しかし、食中毒を起こす微生物や毒素の中には、熱や消毒薬に強いものがあります。そう、食中毒を起こす全ての細菌が、加熱調理によって死滅するわけではないのです。その代表的な例として、「芽胞」を作る細菌(芽胞形成菌あるいは有芽胞菌)があります。芽胞を形成する細菌は環境中に多く存在していますが、その全てがグラム陽性菌で、ヒトに対する病原性が分かっている細菌は、クロストリジウム属(破傷風菌、ボツリヌス菌、ウエルシュ菌など)あるいはバシラス属(炭疽菌、セレウス菌など)のいずれかに含まれます。これらの病原性を持つ芽胞形成菌も、私たちの身近な環境中に広く存在しています。

芽胞形成菌は、発育しにくい環境になると、菌体中に芽胞を形成します。通常の細菌の水分含量は60〜80%であり私たちとさほど変わりませんが、芽胞の水分含量は30%程度で、内部は極端に圧縮されています。芽胞の外側は、芽胞殻と皮層と呼ばれる2種類の厚い層が被い、水が内部へ侵入することを防いでいます。そのため、熱、乾燥、薬剤に対して極端な抵抗性を持っていす。しかし、芽胞はそのままでは増殖することができません。発育できる環境になった時に内部への水分の侵入を許し、増殖を始めます。この増殖できる状態を栄養型、芽胞を休眠型あるいは耐久型と呼んでいます。芽胞もかつては細菌胞子あるいは内胞子と呼ばれていましたが、真菌が生殖のために作る胞子(*1)との混同を避け、現在では芽胞と呼んでいます。

芽胞を死滅させるには、約2気圧で121℃、20分の加熱が必要です。つまり、圧力鍋などの特殊な調理法を除けば、通常の加熱調理では芽胞を死滅させることができません。また、芽胞形成菌は土壌、水系環境、家畜を通じて野菜などにも付着しています。室温に置いておいた2日目以降のカレーを食べて食中毒を起こす代表的な芽胞形成菌がウエルシュ菌ですが、この菌は土壌や哺乳類の腸管に存在しており、野菜にも付いていることがあります。また、室温に放置した焼き飯やスパゲッティなどの麺類を原因とする食中毒の代表的な芽胞形成菌はセレウス菌ですが、この菌も土壌や河川に生息しています。芽胞形成菌による食中毒の対策は、加熱によっては除去しきれていないので、増やさないことで予防することが賢明です。調理後の食品は食べきることを前提に調理し、保存する場合には冷蔵庫あるいは冷凍庫で保存するようにしましょう(*2)。

無添加・無農薬の落とし穴

食中毒予防には加熱調理が何よりも大切ですが、それだけでは食中毒の全てを予防することができないことは分かっていただけたかと思います。私たちはこの厄介な食中毒を予防するために、3原則に関わる技術を進歩させてきました。微生物を「付けない」ために農薬を、「除く」ために洗浄法や消毒法を多々考案してきました。電解水やオゾン水などの機能水も洗浄消毒法の一つです。また、「増やさない」ために冷凍冷蔵技術、冷蔵輸送技術を発展させてきました。さらには、酸化防止剤や保存料といった食品添加物の適正な使用法を定めたことで、私たちは食中毒リ
スクを劇的に低減させ、寿命を延ばす一端となりました。一般には食品添加物を嫌う風潮がありますが、化学薬品の多くは天然物から発見されたものです。動くことのできない植物は動物に食べられないよう、逆に種子を遠く運ばせるために食べられるよう、さまざまな「毒」を持っています。この毒を適正に使えるようにしたのが薬です。現在、196品目の食品添加物が除外候補とされていますが、品目を減らすことが安全な食生活に繋がるのか、今一度考える必要があるでしょう。

 

(*1)真菌が生殖のために作る胞子は主成分がタンパク質なので、60℃以上の加熱あるいは消毒薬で容易に失活します。
(*2)10℃以下の保存環境でも、カンピロバクターのように長期間死滅しない細菌や、リステリアのように増殖可能な細菌も存在します。

ドクターズプラザ2018年5月号掲載

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