2013

04/28

職場に新しい人が来たら

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2013年4月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(13)

女性社員が上司を暴行罪で刑事告訴!?

セクシャルハラスメント? 単なる失恋?

4月には職場でも学校でもフレッシュマンを迎えます。新入社員を迎え、歓迎会が催されるところも多いでしょう。歓迎会はしばしば無礼講になります。お酒が入ると、ある人は泣き上戸になり、ある人はちょっといつもより大言壮語を言うようになります。職場全体の歓迎会とは別に、小さなグループでも歓迎会を催すところも多いでしょう。

ある課でグループ長が3人の部下と共に、新しく入った女性社員の歓迎会をしました。その女性社員は、今どきの若い女性とは思えないほどこまごまと気がついて、朝も早くから出社し、先輩
の社員にお茶を出したりしていました。入社して3週間経った今では、すっかりグループの先輩にもなじみ、すでに気の置けない仲間のようになっていました。歓迎会をグループで独自に設けようという発案には、グループこぞって大賛成でした。歓迎会は大盛会に終わり、グループ長が新入社員を送って帰りました。

週末の歓迎会の後、週明けに彼女の姿が見えません。欠勤の連絡もありません。1週間たってまだ出社してこないので、ついに課長が「電話確認をしよう」と言い出しました。グループ長が電話をかけようとした矢先、コンプライアンス室から課長に連絡があり、その女性社員がグループ長を暴行罪で刑事告訴したことが告げられました。グループ長は誠実な人柄で、バランス感覚もよく、ここ2、3年、課長の右腕として活躍してきた人物で、将来を嘱望されておりました。コンプライアンス室から告げられた事実は、常日頃接している人物像とかけ離れていました。課長は電話をかけようとしていたグループ長を慌てて制し、先週末の歓迎会の様子を尋ねました。グループ長は少し口ごもり、「彼女が休んだのは僕が原因かもしれません」と言い出し、彼女が休みたいと言うのでホテルに同伴したこと、性的な関係はなかったことなどを話しました。

数年前までは、単なる失恋(一方が誘い、他方が断る)であったことが、今やしばしばセクシャルハラスメントとしてコンプライアンス室の介入となります。職場内でデートに誘って断られた場合、断った相手はセクハラを受けたと感じ、コンプライアンス室に訴えているかもしれません。今の職場では、このような「思いのかけ違い」がしばしば起こっています。上司がちょっとした軽口のつもりで話しかけたことに部下が深く傷つく、先輩が親切のつもりで教えたことに後輩が責められたと感じる、時にはコンプライアンス室やハラスメント委員会の出番となります。先輩が気に入った女性部下を気軽に誘うことにも、リスクが潜んでいます。傷ついた部下は眠れなくなったり、食欲がなくなったりしてしまいます。責任を問われた上司は頭痛や吐き気など身体症状に悩まされたりします。時には精神症状のために、休職に至ってしまうこともあります。

多様な価値観の時代のメンタルヘルス

新入社員は、結局グループ長を刑事告訴することになりました。職場は一旦グループ長を現職から外さざるを得なくなりました。間に立った課長は、このところイライラと怒りっぽく、しきりに「俺はうつだよ」「頭が痛い」などと言っています。

現在は「メンタルヘルスの時代」としばしば言われます。言い換えれば、「多様な価値観の時代」と言えるかもしれません。職場は、世代の違う多くの人々が協力をして成果をあげる場所です。現代では、異なる世代、異なる性、異なる国籍、異なる文化に目配りをしながら、働かなければならない時代が来ているとも言えます。従来、日本は、日本語という言葉に守られ、直接的に多様な価値観にさらされることが少なかったのかもしれません。今や、多くの企業は海外に進出し、また国内でも英語を公用語にする企業が増えています。従来の規範や日本的な価値観とは異なる感じ方や考え方をする同僚や部下と協働せざるを得ません。もしあなたの同僚があなたと異なる国籍、異なる性、異なる世代ならば、あなたのちょっとした言動で傷つく可能性があることを心に留めておきましょう。「あれ?」と思ったら、尋ねる勇気を持ちましょう。これからの日本の社会、会社、組織には、新しい公共化されたスタンダードが必要とされているのではないでしょうか。

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