2015
05/16
端午の節句と感染症
-
感染症
-
null
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。
ドクターズプラザ2015年5月号掲載
微生物・感染症講座(46)
マラリアを打ち負かした鍾馗様
はじめに
現代では五月五日は「こどもの日」として祝われますが、もともとは五節句の一つである「端午の節句」にあたります。鯉のぼりを立て、鎧兜を飾って男の子の前途を祝う現代の形式になったのは、江戸時代以降と言われており、関東を中心に中国の神様である「鍾馗(しょうき)様」を飾るようにもなりました。鍾馗様は、まだ感染症の原因が微生物だと分かる以前の病気除けの神様です。明治時代に渋川玄耳が記した「支那仙人伝」の中で、皇帝のマラリアを退治した話があります。マラリアは、かつて日本でも流行し、現在でも世界中で多くのヒトの命を奪っている感染症です。今回は、このマラリアについて紹介しましょう。
蚊が媒介する最も危険な感染症
最近、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)、デング熱、ライム病といった、ダニや蚊などの節足動物が媒介する聞き慣れない感染症に関する報道が続いていますね。節足動物が媒介する感染症の中でも『マラリア』と呼ばれる感染症が、結核、エイズとともに世界三大感染症に挙げられ、毎年多くのヒトの命を奪っています。マラリアは現在も世界中の熱帯・亜熱帯地域で流行しており、WHO(世界保健機構)が2013年12月に公表した統計では、1年間に約2億人以上が感染し、62万人以上の方が亡くなっています(注)。
マラリアの原因となる微生物は、我々と同じ真核細胞を持つ単細胞生物であるマラリア原虫です。最近まで、熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、四日熱マラリア、卵形マラリアの4種類だけがヒトに感染すると考えられていましたが、2004年以降サルでの感染が問題となっていた新たなマラリアが、インドネシア・ボルネオ島においてヒトでの集団感染を起こし、インドシナ諸国やフィリピンでもヒトでの感染が報告されています。マラリアに感染すると、数週間の潜伏期間を経て、発熱、寒気、頭痛、嘔吐、関節痛、筋肉痛などの症状が現れます。発熱は40度以上の高熱に見舞われますが、比較的短時間で下がるものの発熱を繰り返します。この発熱は赤血球に感染したマラリアの成長速度と関係していて、熱帯熱マラリアでは36〜48時間、三日熱マラリアは48時間、四日熱マラリアは72時間、卵性マラリアは50時間毎に赤血球を破壊して血中へ出る時に熱発します。三日熱や四日熱と呼ばれるのは、この発熱の周期性によるものです。いずれも危険なマラリアですが、熱帯熱マラリアの発熱には周期性が見られず、発症後すぐに治療しないと重症化する可能性が高いため、最も危険なマラリアと言えます。
マラリアを媒介する蚊は、ハマダラカという蚊の仲間です。世界中に約450種いるハマダラカの中で、ヒトにマラリアを媒介するのは数十種と考えられています。現在の日本にも、かつてのマラリア流行に寄与したオオツルハマダラカとコガタハマダラカが、マラリアを保持できる状態で生息しており、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)がマラリアの再興を警告しています。日本では年間約100件程の輸入感染マラリアが報告されており、昨夏のデング熱同様にマラリアが日本国内で発生しないとは言えない状況にあるのも事実ですが、一方でハマダラカの生息域拡大や生息数の増加は確認されておらず、再興のリスクは高くないとも考えられています(注)。
鍾馗様に込められた無病息災の想い
鍾馗様がマラリア除けの神様とされるのは、前述の支那仙人伝に記された皇帝の病気が瘧(おこり)と呼ばれる病気で、現代のマラリアだったとされることに起因しています。もともと中国では、鍾馗様の絵を家の入口に貼ることで、様々な病気を防いでくれるとの信仰が一般的でした。鍾馗様は、感染症が微生物によって起こることが分かる以前に病気の原因とされていた「疫鬼」を懲らしめる神様で、疱瘡(天然痘)除けの神様としても知られており、関西地方では屋根瓦の上で睨みをきかせていることもあります。端午とは月の初めの午の日のことで五月に限ったことではありませんが、春から夏へと急激に気候が変わる五月は昔から体調を崩し易い季節とされており、江戸時代以前から菖蒲やヨモギなどの薬草を使って無病息災を願っていました。家族はもちろん、我が家に生まれた子供が健康に成長するよう願うことは、今も昔も変わりませんね。
(注)大前比呂思、石川洋文、「気候変動と寄生虫症―マラリアに焦点を当てて―」、資源環境対策、44:29│33、2008年、公害対策技術同友会(東京)
World Health Organization:World Malaria Report 2013. Genova,Switzerland.
http://www.who.int/malaria/publications/world_malaria_report_2013/en/