2016

05/01

空気感染と飛沫感染

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。

ドクターズプラザ2016年11月号掲載

微生物・感染症講座(55)

麻しん、結核、水痘は感染力が強い!?

はじめに

今夏、オリンピック開催と時期を同じくして、国内では麻しん(はしか)の流行に警鐘が鳴らされました。昨年、日本は麻しんの土着ウイルスを排除したとWHOに認定されたばかりですが、8月中旬に千葉県で洋楽ライブに参加していた男性の感染が確認され、8月下旬には彼が感染したと考えられている関西空港で、職員の間での流行が大々的に報じられました。空の玄関口である空港では入国時にサーモカメラチェック等で可能な限りの感染症対策が講じられています。しかし、症状の出ていない感染者まではチェックすることはできず、われわれは毎年多くの輸入感染を経験しています。その中でも特に厄介なのが、“空気感染”によって伝播する麻しん、結核、水痘です。今回は、なぜ空気感染する微生物が厄介なのかをご紹介しましょう。

厄介な空気感染

病原微生物は、何らかの形で私たちの体内に侵入して病気を起こします。麻しんや結核は、インフルエンザやマイコプラズマと同様に、われわれが呼吸する時に吸い込むことで呼吸器に感染します(経気道感染)。経気道感染は、麻しん、結核や水痘(みずぼうそう)のような「空気感染」と、インフルエンザやおたふく風邪などの「飛沫(ひまつ)感染」とに分けられます。飛沫感染の「飛沫」は、“しぶき”とも読み、咳、くしゃみ、会話によって飛散する唾液を指しています。医学的には、「水分を含んだ直径5マイクロメートル(注1)以上の粒子」であり、目に見えるほどの唾液であれば重さですぐに落下しますが、小さくなればなるほど空中を漂い、別のヒトが吸い込む確率が高くなります。吸い込める距離は通常1〜2メートルほどですが、くしゃみのように勢いよく飛び出た場合には10メートルを越す場合もあります。

これが、風邪やインフルエンザなど何らかの呼吸器感染をしているヒトの飛沫の場合、飛沫の中に病原体が含まれることになります。肺炎球菌のような細菌であれば、大きさが1個当たり数マイクロメートルなので、一つの飛沫の中に含まれる菌数は数個〜数十個ですが、ウイルスは0.1マイクロメートル前後であるため数十個〜数百個含まれており、吸い込んだヒトの感染リスクが高まります。マスクをしたりハンカチや袖でくしゃみを抑えるなど、「咳エチケット」は感染拡大予防にとても重要です。

飛沫が乾燥して小さくなったり、もともと5マイクロメートル以下の粒子を「飛沫核」と呼びます。飛沫感染する病原体は、大きければ落下し、小さければすぐに乾燥して感染リスクが低減します。ところが、麻しんウイルス、結核菌、水痘ウイルスは、飛沫核となっても感染性を失わず、飛沫核は軽いために空気中を漂い、広範囲に感染を拡げます。これが空気感染の一つです(注2)。電車や飛行機のような狭い空間において、飛沫感染は感染者の半径2メートル程度の乗客が高い感染リスクであるのに対して、空気感染では同乗者全員が高い感染リスクを背負うことになるのです。

免疫強化は規則正しい生活から!?

経気道感染以外の感染経路として、感染性胃腸炎や大腸菌のような食中毒病原体は、水や食物を介して消化器官に感染します(経口感染)。クラミジアなどの性感染症や、バルトネラ(ネコひっかき病)などの人獣共通感染症の多くは、病原体を保有するヒトや動物との接触によって感染します(接触感染)。この他、蚊やダニなどの吸血性の節足動物が媒介者となって直接的に血液中へ病原体を送り込むような経路(経皮感染)や、母親から胎児へと病原体が移行して垂直感染することもあります(母児感染)。

感染経路をよく見ると、飲食、呼吸、生殖と、われわれが生きるために不可欠な行動とともにあることが分かります。生きている限り、われわれは常に感染症のリスクを背負っているのです。そのため、われわれは病原体に打ち勝つための生体防御機構(免疫)を持っています。麻しんのようにワクチンが開発されている感染症では、予防接種することで免疫を得ることも重要な予防対策の一つですが、日頃から規則正しい生活を心掛け、自己免疫力を高めて感染症に負けない身体を作りましょう。

(注1)1マイクロメートルは、1000分の1ミリメートルです。髪の毛の直径が、おおよそ70〜100マイクロメートルなので、飛沫はその20分の1ほどの大きさまで含まれます。
(注2)レジオネラ菌のように、生息している環境中からミストに乗って空気中に拡散する場合もあり、必ずしもヒトの飛沫核だけが空気感染を起こすわけではありません。

 

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