2014

02/21

私、障害者雇用で働きました

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2014年2月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(23)

2年間の障害者雇用での就労の後、常勤職として再び働くことに!

ケースワーカーからの提案

Aさんは31歳の時にうつ病と診断されました。当時はハードワークと夫からの暴言や暴力(DV)が続いていた時期でした。二度目の休職の時に、シェルターに保護をお願いし、やっとの思いで前夫とは離婚できましたが、復職後、前夫から会社前での待ち伏せや暴言電話、FAX攻撃の中で、三度目の休職になりました。休職中に前夫に裁判で接近禁止命令が下り、ようやく落ち着いた日々を送ることができるようになり、三度目の復職をしました。

復職の翌日、上司から「無理をしないで障害者雇用枠で働くようにしたらどうだろうか、今度休むと規定上、退職になってしまうから」と勧められました。よく尋ねてみると、会社は働いている人全体の2%は障害者を雇用しなければいけない、というルールがあるそうです。つまり、法律上は50人当たり1人の障害者を雇用することになります。この法律には罰則もあり、雇用しない場合は違反金を国に納めないといけません。上司は、会社にとって働きぶりや人柄をよく知っている人を雇用したほうが安心、Aさんにとっても負担が軽くなると考え、提案したようです。障害者雇用枠で制限されるのは業務時間や仕事量のみで、与える仕事の質は自分が責任をもって変えないと上司は約束しました。誇りをもって続けてきた経理の仕事を続けられるのは嬉しいことでした。すでに三回、通算4年余り休職をしていることや、これからのことを考えると、定時勤務を続けられる障害者雇用もいいかもしれないと思いました。かねてから顔見知りの健康相談室の保健師さんに相談してみると「うーん、お給料も下がるし、……どうだろう。病院の先生に少し相談してみたら?」と勧められました。

次の受診日に主治医に「復職したけれど障害者雇用を勧められた」と伝えると、「ケースワーカー室に連絡しておくから、ちょっとケースワーカーに相談してごらん」と言われました。ケースワーカー室を訪ねると、ケースワーカーはすでに資料を用意していました。「障害者雇用だと恐らくは現在のお給料の半分くらい、○○くらいの額でしょう。諸手当を考えると今までもらっていた傷病手当金よりも安くなる可能性があります。暮らしていけそうですか?」等と言われました。相談しているうちに「障害者年金を取得する方向で考えてみませんか? すでにお持ちの障害者手帳の認定が2級ですから大丈夫だと思いますよ」と提案されました。「えー、年金をもらうんですって!?」と心の中でびっくりしました。しかし、お給料が半分になる、確かにハードワークではなくなるけれど、それでも再発はするかもしれない、そうしたら半分のお給料のそのまた60%の傷病手当金では暮らせそうにない等、いろいろ考えるとすっかりどうしたらいいか分からなくなってしまいました。

病気を持ちながら働く場合は、再発予防が第一

上司とも相談し、結局、当面は総合職として定時勤務で復職することになりました。復職して2週間は休みなく通勤できましたが、3週目の月曜日は体が重く起き上がれず、病休を取ることになりました。復職一カ月目の産業医面接までに3日休んでしまい、産業医からは20%以上の病休で休職になることを示唆されました。上司、家族や主治医、ケースワーカーなどと何回も相談し、障害者雇用に変更することを決心しました。定時勤務とし、業務縮小することになりました。遣り甲斐があると考えていたいくつかのルーティンワークのうち、納期にゆとりのある仕事を切り取り自分の仕事としました。

障害者雇用となり、主治医に障害年金の診断書をお願いしました。申請の4カ月後には障害厚生年金3級が認定されました。お給料と障害年金を合わせると以前のお給料よりわずかに少ない額となり、マンションのローンを支払ってもなんとか暮らしが立ちそうです。

仕事をする上では、なにより自分自身の構えが変わったような気がします。理想が高く、過剰適応をし、周囲の目が気になっていましたが、病気を持ちながら働いているのだから、まずは再発予防が第一と考えるようになりました。疲れを感じること、疲れを感じたら休むようにすることなどを意識するようになりました。鎧が軽くなって肩の力が抜けたような気がしました。構えが変わったら働くのが楽になりました。

2年間の障害者雇用での就労の後、A子さんはこの4月から常勤職として再び働くことになりました。常勤職に戻っても以前のように人の評価を気にして働くことは決してしないと、心の中で決意しています。