2023
03/06
睡眠スケジュール法 安定した睡眠をとるための処方箋
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睡眠
東京家政大学人文学部 心理カウンセリング学科 准教授
睡眠と健康6
小学生の頃、なかなか寝つかない私は、親から「眠れなくても横になっていれば大丈夫だから」と言われたことを覚えています。そうするといつの間にか眠れたものでした。そのような経験からか、大人になってからも、何の疑いもなく、その習慣のまま過ごしてきました。
ところが、実際の研究成果を見ると、実はそれは大きな間違いだったのです。安定した良い睡眠をとるためには、それとは反対のこと––つまり、眠れないなら横にならない––が正解だったのです!
クイズ:ビー玉と箱
第1問:今、あなたはビー玉10個を持っていたとしましょう。そして、図1(上段)に示した大きめの箱に、 10個のビー玉を7回投じ、毎回写真に収めたとします。すると、どのような写真が撮れると思いますか?
①7枚とも全て同じような写真になる。
②7枚とも全て違う写真になる。
第2問:次に、先ほどと同じ手順ではありますが、箱の大きさが図1(下段)に示したような小さめの箱であったとしましょう。すると、どのような写真が撮れると思いますか?
①7枚とも全て同じような写真になる。
②7枚とも全て違う写真になる。
正解は、第1問が②、第2問が①となります。
10個のビー玉の大きさよりも大きな箱ですと、ビー玉が3分割された写真や均等にばらけた写真など、毎回異なる写真になるでしょう。対照的に、小さめの箱であれば、ビー玉が動くスペースがなくなり、いつも同じような写真が撮れます。
実はこれ、睡眠もまったく同じなのです。ビー玉10個を「実際に身体が必要とする睡眠時間」、箱を「臥床時間」に置き換えることができます。すると、以下のような法則が成立します。
(1)「実際に身体が必要とする睡眠時間」>「臥床時間」=睡眠不足
(2)「実際に身体が必要とする睡眠時間」≒「臥床時間」=安定した睡眠
(3)「実際に身体が必要とする睡眠時間」<「臥床時間」=不安定な睡眠
(1)は、箱が極端に小さい場合です。必要な睡眠時間よりも臥床時間が短いため、十分な睡眠時間が確保できずに睡眠不足状態となります。日中にやるべきことが多く、睡眠時間を削ってでも働かなければならない人はこのような睡眠習慣になっていることが多いです。
(2)は、必要な睡眠時間と臥床時間の均衡が取れているため、毎日安定した睡眠をとることができます。それゆえ、日常生活も充実している場合が多いと考えられます。
(3)は、箱が大きすぎる場合です。第4回で紹介した不眠タイプの中でも、「心奪われ不眠」と「心身不調不眠」に当てはまる人たちは、往々にしてこのような睡眠習慣を続けています。というのも、眠れないという事実があまりにもつらすぎて、「眠れなくても横になっていれば大丈夫」作戦を続けざるを得なかったからです。しかし、睡眠が不安定になることで、「今夜は眠れるだろうか」と一喜一憂しやすくなり、NGツール・ワードにひっかかってしまいます(第5回参照)。
安定した睡眠を得るための処方箋
安定した睡眠を得るためには、睡眠スケジュール法が“特効薬”です。睡眠スケジュール法とは、認知行動療法というカウンセリングの1つの手法です。詳しく解説しましょう。
睡眠スケジュール法の手順
1.1週間の睡眠記録をとる(睡眠ダイアリーを利用:図2)
2.睡眠記録から、1週間の平均睡眠時間(実際に身体が必要とする睡眠時間)を算出する(例:平均6時間)
3.新しい臥床時間を「平均睡眠時間+30分程度」に設定する(例:6時間30分)。ただし、5時間未満になる場合は、5時間に設定する。
4.新しい臥床時間に基づいて、起床―就床時刻を設定する(例:7:00起床,0:30就床)
5.しばらくしても寝つけない場合は、寝床から出て、NGツール・NGワード以外の取り組みをする。
6.上記の方法を1週間実践し、睡眠記録をつける。
7.睡眠効率(1週間の平均睡眠時間÷1週間の平均臥床時間×100)が79%以下の場合は、臥床時間を再度短縮し、起床―就床時刻を設定する。85%以上の場合は、臥床時間を15分程度延長し、80〜84%の場合は、同じ臥床時間でもう1週間実施する(図3)。
私の臨床経験では、睡眠スケジュール法の効果は、4日目以降に現れてくることが多いようです。最初の3日間は、臥床時間を以前よりも短縮したにもかかわらず、寝つきの悪さや中途覚醒に対する効果が十分に見られないため、日中のしんどさに耐えられず、リタイアしてしまう方が多いのも事実ですが、4日以降から変化が見え始め、1週間たつと日中のしんどさも軽減してきます。
「眠れないなら横にならない」
「眠れなくても横になっていれば大丈夫」という知恵袋は、返って不眠症状を悪化・維持させてしまうのです。高齢者の場合は特に、8 時間以上の臥床時間は死亡リス クを高めること 1 、長い昼寝や頻回な昼寝は、認知機能の低下につながることが指摘されています 2。睡眠スケジュール法は「肉を切らせて骨を断つ」方法です。今夜の「眠れる」よりも,今後の「眠れる」を重視し,戦略的に臥床時間を調整することをお勧めします。
1.Yoshiike T, et al: Mortality associated with nonrestorative short sleep or nonrestorative long time-in-bed in middle-aged and older adults. Sci Rep 2022;12:189.
2.Li P, et al: Daytime napping and Alzheimer’s dementia: A potential bidirectional relationship. Alzheimer’s & Dementia 2022; online first.