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病院内の“目印(めじるし)”

病院建築

服部 敬人
株式会社伊藤喜三郎建築研究所
設計本部 プリンシパルアーキテクト
一級建築士 認定登録医業経営コンサルタント
ドクターズプラザ2021年9月号

病院建築(11)

スマホがつくり出した“あわてんぼうさん”

似たような駅名を間違えたことはありませんか? 恥を忍んで白状しますと、つい最近、「亀有駅」に行くはずが、「亀戸駅」に着いてしまい、エライ目にあったことがあります。地図をよく確認しないで、ネットの鉄道検索を使い目的地の駅を簡単に調べることができるため、小生のような、“あわてんぼうさん”が少なくないとの新聞記事がありました。他人事とは思えず、納得です。車窓を楽しむこともせず、目的地とスピードばかりを優先して、途中を粗末にする、途中が忘れさられてしまった。便利さを重視するあまり結論を急ぎ、誤った答えを導いてしまう。ある種、スマホがつくり出した社会現象ともいえるのではないかと思索しております。

目的地にたどり着かない……

鉄道の話ほど大げさではないにしろ、目的地が分かりにくいのが病院です。廊下では、「検査に行きたいのだが……」「お友達が入院している○○病棟は……」と、目的地にたどり着かない方をよく見かけます。増築、改修を重ねた病院だけではなく、ピカピカの新病院でも同じようなことがよくあるそうです。「分かりにくい動線計画とした理由の一旦は設計にある」そのように言われても仕方がないかもしれません。

特に、初めて訪れる病院は、初めての街を歩くようなものです。たくさんの機能が、しかも専門的な言葉で表現されていますので、当初から、どこに行くべきかが分かっていない。誤った目的地を勝手に思い込んでいるケースも多く、たどり着かない。スマホやロボットが案内してくれる技術があったとしても、そこまで準備するとかえって手間になる。道に迷い不安になり、予約時間に遅れるようでは、患者さんが余計な神経を使うことになり、病院ではいっそう良いことではありません。

「目印(めじるし)」の登場

設計を預かる身としては、何とかして分かりやすい動線にできないものかと理詰めで曲面を描きます。人を目的地まで誘導するウェイファインディング(Wayfinding)の手法を取り入れたサインも計画します。言葉や記号により、具体的に目的地を誘導することになります。大きな表現やコントラスの効いた色合い、多言語への対応など、サインの効果は絶大ですが万能ではありません。

そこで、私が注目しているのが、場所場所に「目印(めじるし)」を設けることです。街中でも、目的地を伝えたり、記憶したりするときには、必ずと言ってよいほど目印が登場します。目的地までの道すがら=途中を楽しむこと、息抜きのスペースや、人の感覚を刺激するような景色を添えてみるように工夫します。

具体的な「目印」をいくつか見ていきましょう。例えば、外光をうまく取り入れた設計があります。オープンエンドといって、アイストップになる行き止まりに大きな窓を配置します。また、ガラススクリーンの中庭を設けて見通しを確保することや、トップライトを設けて周辺との光のコントラストをつけることも有効です。自然光を取り入れることは、患者さんのサーカディアンリズム(=体内時計)を整え、エンパワーメントの向上にもつながります。

壁をうまく使った「目印」もあります。エレベーターホールの正面や、受付背後の壁、廊下の曲がり角、このような壁を一面際立つ色彩や素材を配し目印とします。さらに、床の素材や模様に変化をつけることも「目印」になり、リハビリの歩行訓練の目安としても利用できます。床の文字サインは、下を見て移動するので危険ではないかという評価の一方で、最近は、低い目線のお年寄りにはかえって分かりやすいと見直されています。

オブジェなどアートの設置も、「目印」としては効果的です。アートの代わりにデザインされた家具、フェイクグリーン(生の植物は病院内部では難しい)あるいはピアノなどの楽器でも良いでしょう。受付カウンターやコンシェルジュカウンターを建築化オブジェとして、目立つデザインにすることも考えられます。人との会話ができるポイントをはっきりさせることは、動線計画の基本であり、ホスピタリティーの基本でもあります。

詰め込むだけではない設計

コロナ禍における日本の医療ひっ迫は、さまざまな環境に対して余裕、余剰の概念がないことが招いた、顕在的な問題であるといわれています。病院建築も全く同じことがいえるわけです。20年前、あるコラムの中に、「建築の設計には余白が必要である」と書きました。その時は、どちらかというとデザイン志向の考え方であったように記憶しています。病院は複雑な機能の塊です。だからこそ、詰め込むだけではない設計が求められるのです。目印や余白を散りばめることにより、目的地へ分かりやすく誘導することができるのではないかと感じています。

機能的に理路整然と配置された計画、部門間の位置関係や、部屋の順番も問題ないのに、できてみたら、図らずも、分かりづらい病院建築になってしまったとしたら、原因はどこにあるのでしょうか? 周りを見渡して、「目印」や「余白」を、ぜひ探してみてください。

ドクターズプラザ2021年9月号

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