2017

09/15

病理学にとって欠かせない病理組織標本作製技術

  • 病理診断

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末松 直美
『病理診断科』
社会福祉法人 聖隷福祉事業団 聖隷横浜病院 病理診断科

ドクターズプラザ2017年9月号掲載

病理診断科の紹介(3)

はじめに

病理医が顕微鏡をのぞいている図は皆さまよく目にされることと思いますが、顕微鏡下に観察している病理の顕微鏡標本(プレパラート)についてはほとんどご存じないと思います。病理の顕微鏡標本(プレパラート)とは、さまざまな染色が施された3μmの厚さのヒト組織が載っているスライドガラスです。

さて、このプレパラートはどのような工程で作製されるのでしょうか。そしてまた、染色されたヒト組織とはどのようなものなのでしょうか。数回に分けてプレパラート作製の工程をご紹介し、それに携わる臨床検査技師とその業務にスポットを当ててお話を進めたいと思います。

組織診断に用いる組織標本作製

まずは、プレパラートの中で最も多い、組織診断に用いられる組織標本作製の六つの工程をご紹介します。第一工程は、ホルマリン固定された組織検体の①切り出しです。生検や手術によって人体から採取された生(なま)検体は、たんぱく質の変性を止めるためホルマリンで固定されます。固定されやや硬くなった組織検体をカットし、診断に適するように方向や大きさを整える作業がこの切り出しです。生検など“小物”と称せられる小さな検体は技師が、手術で採取された胃や大腸など“大物”といわれる検体は技師の介助を受けながら病理医が切り出します。

次の工程は、組織に含まれる水や脂肪を除去しパラフィン蠟を組織に浸み込ませるための②脱水・脱脂・パラフィン浸透です。このパラフィン蠟が浸み込んだ組織検体をパラフィン蠟の中に埋め込む作業③包埋・台木づけが、次の工程です。この三つの工程を経てホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)ブロックが出来上がります(図1)。このFFPEブロックからミクロトームという機器を使って3μmの厚さの薄い紙のようなパラフィン切片を薄切します。この薄いパラフィン切片は水槽に浮かべられた後、水面からスライドガラス上に取り上げられ、一定の温度にセットされた伸展器上に載せられます。パラフィン切片内の組織はこの伸展器の熱によってパラフィンとともに引き伸ばされスライドガラス上にぴったりと密着します。この工程が④薄切・伸展・乾燥です。

次にこのスライドガラスに載せられた組織にさまざまな染色を施し水分を取り除く作業が⑤染色・透徹の工程です。染色されたスライド上の組織切片は⑥封入という作業によって薄いカバーガラスで覆われ、ここにプレパラートが出来上がります(図2)

プレパラート作製の技術は診断結果に大きな影響を与える

病理組織標本作製の技術は、19世紀半ば、オランダ ライデン大学の“臨床医学”の講義に始まった近代病理学の黎明期から、病理解剖(autopsy)とともに近代病理学成立の基盤となった技術です。以来200年の歴史を経てほぼ完成の域に達した組織標本作製の技術は、21世紀も四半世紀になろうとする今現在にあってもなお、病理学にとっては欠くことのできない基本的な技術なのです。

作製されたFFPEブロックの質が、酵素抗体法や遺伝子検査など新しい検査技術の結果に大きな影響を与えますし、プレパラートの出来不出来が、病理診断を左右することもあります。しかしながら、このほぼ完成された技術工程を日常業務の中で愚直と思われるほど誠実に実行しようとするラボは減りつつあり、技師個々人の技量や腕に任されHE染色プレパラートの標準化さえもなされていないのが現状です。

多くの工程が機械化、自動化され、かつ日常業務は時間に追われる忙しさという中で、若い病理技師にとっては、その技術が成り立っている基本的な事項を学ぶ機会は少なく、病理技術の基礎を理解しつつその歴史をも踏まえながら病理に係る技術全般を育み修得できるような環境は失われつつあります。日がな一日、生検の薄切だけをやり続けるようなラボもあるなど耳にします。ある特定の技術に偏ったところで歯車のように消耗され捨て去られるのではないかとも懸念します。

当院の病理ラボでは、ラボ内での知識や技術は技師全員があまねく会得し、その中から自分の得意なものを見つけ出してほしいと考えています。また、週1日から2日ですが、確かな技術力を持つ経験豊かな年配の病理技師に指導のため来てもらっています。日常業務の中で先輩から発せられる技術的なちょっとしたアドバイスが若い技師を育てていると感じます。

次回は、FFPEブロック及びプレパラート作製の工程に散りばめられた技師の細やかな心配りや、様々な新しい病理技術もご紹介したいと思います。

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