2023

05/01

生物ではない病原体 ~ウイルス、プリオン、ウイロイド~

  • 感染症

内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 准教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事

新微生物・感染症講座(7)

はじめに

「微生物」とは、目に見えない小さな生き物の総称ですが、感染症の中には寄生虫(蠕虫)のように目に見える生物を原因とする場合もあります。また、そもそも生物ではない寄生体を原因とする感染症があり、その代表が「ウイルス」です。病気として感染症を考えると、症状や感染経路に着目することが多いですが、病原体にも種類があってそれぞれの大きさや特徴によっても、予防法や治療法が異なります。今回は以前に紹介した細胞構造を持つ微生物に対して、細胞構造を持たない病原体についてご紹介します。

ウイルスとビールス、どっちが正しい?

COVID-19パンデミックもあって、「ウイルス」は一般的な呼称として使われていますが、私が子供の頃には「ビールス」とも呼ばれていましたし、講義時は「バイラス」と言う事もあります。実は、これら全て正しい呼称です。ウイルスは英語で「Virus」と綴りますが、ウイルスはラテン語、ビールスはドイツ語、バイラスは英語での読み方をカタカナ表記したものなのです。

ウイルスは、1892年にイワノフスキーによって初めてその存在が確認されました。タバコの葉に斑点を生じるタバコモザイク病の病原体が、細菌濾過器を通過することを発見したのです。その後、複数の研究者によってさまざまな濾過性病毒(filterable virus)あるいは不可視性病毒(invisible virus)の存在が証明され、現在では単にvirusと呼ばれるようになりました。ウイルスの存在意義は、生物の進化に関係してきたとする説などがありますが、今のところ不明です。

ウイルスとは

細菌性濾過器を通過してしまうほど小さなウイルスの大きさは、直径20~250 nm(ナノメートル:10億分の1メートル)で、細菌の直径と比べても1/5~1/10程度小さい粒子です。あまりにも小さいため、一般的に用いられる光学顕微鏡では観察することができず、解像度の高い電子顕微鏡でないと存在が確認できません。

ウイルスは細胞構造を持たないため、栄養を摂取して排泄したり、分裂増殖したりすることはありません。また、細胞構造を持つ生物では遺伝子としてDNAとRNAのどちらも持っていますが、ウイルスはどちらか一方しか持っていません。ウイルスの遺伝子は、カプシドと呼ばれるタンパク質に包まれて保護されており、カプシドの形態は正二十面体とらせん体のどちらかです。また、ウイルスによってはカプシドの外側にエンベロープと呼ばれる膜を持つものがおり、ウイルスの形態は2通りのカプシドとエンベロープの有無によって4タイプに大別されます。前述のタバコモザイクウイルスはらせん体のカプシドでエンベロープを持たないタイプのウイルスですが、このタイプではヒトを含む動物に感染するウイルスは見つかっていません。

ウイルス以外の生物ではない病原体

生物の最小単位は細胞であり、細胞構造を持たないウイルスは厳密には生物ではありませんが、微生物学では病原体として含みます。また、ウイルスよりも単純な構造の病原体も見つかっています。ヒツジのスクレイピー、ウシの狂牛病、ヒトではクロイツフェルト・ヤコブ病の原因となるプリオン(異常プリオン)は、感染性のタンパク質で遺伝子を持っていません。このプリオンは、熱や消毒薬に強い抵抗性を持っています。プリオンがタンパク質であるのに対して、遺伝子(RNA)だけの病原体としてウイロイドがあります。ウイロイドは、今のところ植物に対する病原体のみ見つかっています。

ウイルス対策には免疫維持が大切

単独で生命活動できないウイルスは、生物の細胞に寄生することで、はじめて増殖することができます。感染する細胞は何でも良いわけではなく、ウイルスによって感染可能な細胞が異なりますが、必ずしも1種類の細胞にしか感染できないというわけではないので、複数種の生物、組織、細胞に感染するウイルスが存在します。ウイルスは感染すると、ウイルス遺伝子を細胞内の遺伝子に組み込んで、感染した細胞に自身の複製を作らせます。この複製したウイルス粒子を細胞から放出する時に、細胞が傷つき破壊されることで感染症の症状が出るようなイメージです。ただし、ウイルスの中には感染した細胞を壊さないタイプもいます。

私たちに感染したウイルスの多くは、体内の細胞の中に遺伝子だけを組み込んで、正常ではない細胞としています。このウイルス感染細胞を破壊する薬があったとしても、元々は宿主の細胞であるため、感染細胞だけを治療するのは困難です。インフルエンザやヘルペスなど、いくつかのウイルスでは感染メカニズムが解明されたことで治療薬の開発も成されていますが、多くのウイルス感染症には特効薬が無く、症状に対する対症療法をとるしかありません。

実は、ウイルス感染症を含め、病気やケガを治す主体は自分自身の免疫なのです。私たちの免疫は、病原体に対してだけでなく、ウイルス感染した細胞やがん細胞などの正常でなくなった細胞に対しても体内から排除するよう働くので、ウイルス対策には何よりも免疫を維持することが大切です。免疫については改めてお伝えしますが、睡眠、食事、排泄と適度な運動を心掛け、免疫を維持して感染症対策してください。

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