2018

04/12

現代に受け継がれるヘルマン・ブールハーフェ教授の姿勢

  • 病理診断

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末松 直美
『病理診断科』
社会福祉法人 聖隷福祉事業団 聖隷横浜病院 病理診断科

ドクターズプラザ2018年3月号掲載

連載/病理診断科の紹介(最終回)

解剖をしながら病気の実態を示し、臨床の答えを導き出す“臨床医学”

「病理診断科の紹介」の第1回の中で、病理解剖(autopsy)について一度触れました。病気を運命論的、抽象的に捉えるのではなく、解剖することによって病気の場を自分の目で見て実体あるものと認識すること、これが病理解剖であり近代病理学への礎となったのです。「病いの理(ことわ)り」を解き明かすための病理解剖は、詳細な臨床情報に照らしながら行われなければ意味がありません。19世紀の半ば、オランダにあるライデン大学のブールハーフェ教授が開講した”臨床医学‶の講義がその始まりです。

今では○○大学附属病院は当たり前ですが、オランダのライデン大学は、世界で初めて、大学に患者を診るための病院を併設したといわれています。ブールハーフェ教授は、ベッドサイドティーチングを取り入れ、医学生に患者を診ることから教えました。

そして不幸にして亡くなられると、患者の訴えを聴き症状を診ていた医学生を前に、解剖をしながら病気の実態を示すことで臨床の答えを導き出す講義、すなわち“臨床医学”の講義を行ったのです。この講義に使用された教室は、中央に解剖台を備え、これを囲んですり鉢状の非常に急な階段席が設えられています。この階段教室はオランダのライデンにあるブールハーフェ博物館に当時のまま再現されています。

 

最後の医療行為ともいえる「病理解剖」と「CPC」

このブールハーフェ教授の、残念な結果に終わった症例から学ぼうとする姿勢は、現代にあっても受け継がれています。当院でも、治療の甲斐なく亡くなられた全ての症例に対し、病理解剖についてご遺族に説明し承諾の可否を確認しております。ご遺族の承諾が得られると、主治医である臨床医は、第三者である病理医に病理解剖を依頼します。主治医は症例の問題点や実際の診療にあたって抱いた疑問点などを整理します。病理医はこれを把握し、臨床経過と解剖から得られた所見に基づいて病理解剖報告書をまとめます。そしてその結果を院内で開催されるCPC(Clinico-Pathological Conference:臨床病理検討会)で報告します。

CPCは現代の“臨床医学”の講義とも取れますが、病院医療における病理解剖とCPCの持つ意義は、かつてとは変化してきています。前述しましたように“臨床医学”の講義は、あくまでも病理解剖によってなされた講義であり、対象は医療をおさめようとする医師や医学生でありました。また近代医学においては病理解剖の医学研究への貢献に重きが置かれていたので、ご遺族にとっては医学の進歩のためにご遺体を犠牲にしたという悲壮感もあったように思います。

これに対し、現在の病院医療の中にあっては、病理解剖とCPCは最後の医療行為ともいうべきものです。生前に下された診断や、診断に至るプロセス、その結果を踏まえてなされた治療や介護の方針、患者やその家族に対する対応など、全ての医療行為が病理解剖の時点から遡って検討されます。公開が原則のCPCでは、症例に関わった主治医やその科の医師だけではなく、全病院の種々の職種の医療スタッフが出席して行われ、全医療スタッフの専門知識を基にした相互検証が行われます。

専門特化した現代の医療行為者は、対象であった病気が、専門とする臓器にとどまるものではなく、病態は全身的に捉えなければならないことなどを学び、自らの知識と技術の限界を認識することになります。医療行為は、究極、医療行為者の個人的な行為ですが、そうであるからこそ、患者の死を医療行為者本人が納得するところで終わらせてはならないのです。

相互検証によって、自らの医療行為の正当性や合理性が確認され、患者の死から得られた経験や教訓が病院全体で共有されます。これが現代医療におけるCPCの意義です。患者の死後このようにして行われる病理解剖とCPCという過程だけが、全ての医療関係者に自らを省みる貴重な機会を与えることができ、そこから得られた教訓を還元することによって、病院の医療を合理的で質の高いものに維持することができるのです。

主治医にとって、悲しみにくれるご遺族に解剖をお願いするのはつらいことです。それを受けるご家族もまたつらいことと思います。しかし、多くの病院では、全死亡例に対し、敢えて、ご遺族に病理解剖のお願いをさせていただいています。

そして、病理解剖とその後のCPCの結果をご遺族にも分かりやすく説明し共有していただくように努めています。病院での死は、患者本人と医療従事者の問題にとどまらず、ともに死を看取ったご家族の問題でもあります。ご家族もまた、医療従事者とは違った観点から、死に至る過程で起きた事実を知りたいと考えておいでのことと思います。

現状では、病理解剖とCPCの結果説明はご遺族の希望がある場合にのみ行われておりますが、少し距離を置いて親族の死に向き合い、その結果説明を受けることはご遺族にとって意義深いものになるのではないかと思います。親族の死に実際に向き合うこと、これは不可避のことです。病理解剖とその後に行われるCPCも医療の一部であり、死を看取ったご家族もともにこれを理解し参加する意思を持たれることを願っております。

 

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