2014

02/21

狂犬病はイヌの病気!?

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学環境科学研究所/大学院食品栄養環境科学研究院 助教。短期大学部看護学科 非常勤講師、静岡理工科大学 非常勤講師。専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。

ドクターズプラザ2014年2月号掲載

微生物・感染症講座(38)

感染症の名前で判断しないで!!

はじめに

講義や講演会で台湾や中国などの周辺国で近年特に猛威を振るっている『狂犬病』の紹介をした際に、狂犬病はイヌの感染症だと思っている方も少なくないことを感じることがあります。読者の中にも、『狂犬病』という名前に惑わされて、ヒトへの感染を意識していない方がいらっしゃるかもしれませんね。ヒトと他の動物との間で感染拡がる『人獣共通感染症』の中には、主な感染対象となる動物の名前が含まれていることも少なくありません。今回は、日本への再侵入が懸念されている狂犬病とはいかなる病気なのか紹介してゆきましょう。

狂犬病はイヌの感染症ではない!?

狂犬病は、日本、オーストラリア、ニュージーランド、英国と北欧スカンジナビア半島の国々(アイルランド、ノルウェー、アイスランド、スウェーデン)では清浄化されていますが、現在でも全世界90カ国近くの国々で感染の報告があります。アジアや中東の中国、インド、フィリピン、バングラデッシュ、イラン、イラクなどでは年間100名以上、多い国では1,000名以上の感染が報告されており、全世界での年間死亡者推計は50,000人以上に上るとされています。アジアではイヌの噛咬による感染が多く報告されていますが、欧米やアフリカでは、コウモリ、アライグマ、スカンク、コヨーテ、キツネ、マングース、ジャッカルなどが感染源とされており、狂犬病は哺乳類全般の感染症として認識されています。

狂犬病の原因となる狂犬病ウイルス(Rabies virus)は、弾丸の形をしたラブドウイルス科・リッサウイルス属に分類されています。狂犬病ウイルスに感染した患獣に咬まれることで唾液中のウイルスが体内に侵入する以外にも、洞窟などでは感染したコウモリが放出するエアロゾルを吸入することで感染することもあります。感染後の潜伏期間は明確となっていませんが、多くは1~3カ月で発病するとされています。発病後の症状は、全身の倦怠感や食欲不振などの一般的な症状や、咬まれた箇所の感覚異常が起こります。その後、ほとんどの場合は幻覚・興奮などの狂躁状態から嚥下困難などのけいれん発作を起こす「狂躁型狂犬病」を起こしますが、稀に神経麻痺を主症状とする「麻痺型狂犬病」へと進行します。狂躁型狂犬病では、“水を見ただけ”で恐水発作(*1)が起こることがあることから、狂犬病は『恐水症』とも呼ばれます。狂犬病はいったん発病すると治療する手立てが無く、最終的に筋や神経の麻痺によって死亡してしまう恐ろしい感染症です。

狂犬病は過去の感染症では無い!!

我が国では1950年に狂犬病予防法が制定され、飼い犬の登録と狂犬病ワクチンの予防接種が義務付けられたことにより、それまでイヌやヒトで多くの報告があった狂犬病は、わずか7年のうちに制圧されました。「公衆衛生の向上及び公共の福祉の増進」を目的とした予防接種の法制化が功を奏した代表例でしょう。狂犬病ウイルスワクチンの導入により、日本国内では1957年を最後にヒトもイヌも感染の報告はありません。しかし、1971年にはネパールを旅行中に感染した方が、2006年にはフィリピンを旅行中にイヌに咬まれた2名の方が国内で発病し、亡くなっています。狂犬病は新感染症法で第四類に分類されており、我々にとっても狂犬病は過去の感染症では無いのです。狂犬病のワクチンは、イヌだけでなくヒトに対するものもあります。発生国への渡航時には、ワクチンの予防接種を御検討ください。

狂犬病以外にも、動物の名前のついた感染症はいくつもあります、「猫ひっかき病」はバルトネラ属細菌の感染症、「狂牛病」はプリオンと呼ばれる変性タンパク質が原因となる感染症でヒトではクロイツフェルト・ヤコブ病を引き起こすことが知られています。また、鳥類の多くは無症状であるおののヒトで肺炎を起こす「オウム病」は、オウム病クラミジアが原因です。これらの感染症については、またの機会にお話しましょう。

(*1)狂犬病に特徴的な症状に恐水症(hydrophobia)があります。水の刺激によって、喉や胸などの筋肉が痙攣するため、やがて水を見ただけで怖がるようになって喉が痙攣することから恐水症と呼ばれますが、水以外にも、風、光、音などの外部からの刺激に過剰に反応して痙攣を起こします。

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