2014
03/21
消毒薬が効き難いクロストリジウム属
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感染症
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静岡県立大学環境科学研究所/大学院食品栄養環境科学研究院 助教。短期大学部看護学科 非常勤講師、静岡理工科大学 非常勤講師。専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。
ドクターズプラザ2014年3月号掲載
微生物・感染症講座(39)
傷口から入り込む「破傷風菌」に注意!
はじめに
東日本大震災から3年の月日が流れました。復興にはまだまだ時間が必要かと思いますが、経験から考え学んだことを後世に伝えていくことも我々の務めでしょう。自然災害発生時、特に注意すべき感染症として消化器感染症と呼吸器感染症があります。これらは特に避難先で多くのヒトが密接して過ごす中で注意すべき感染症です。また、安全な場所に避難するまで、最も気を付けなければならないのはケガです。ケガそのものだけでなく、傷口から入り込む「破傷風菌」にも気を付けなければなりません。今回はこの破傷風菌を中心に、クロストリジウム属のお話をしましょう。
消毒薬に抵抗性を持つ破傷風菌
五類感染症に定められている「破傷風」は、全数把握疾患として診断から7日以内に届け出をすることになっています。東日本大震災で被災された方で、「破傷風」を発症した方は、これまでに10名と報告されており、年齢は50代~80代でいずれも被災当日にケガをされて感染したものと考えられています。「破傷風菌」は土壌中に広く分布しており、都市部のゴミや動物の糞便中からも検出されることがある“細菌”です。しかも、環境が悪くて生育が困難になると、熱や薬品などに対して非常に強い抵抗性を示す『芽胞』という形態を取ります。通常の細菌の構成成分では70~80%程度を占める水分が、芽胞では30%程度であるため乾燥や熱に強く、100℃で1時間加熱しても完全に死滅させることができません。
また、芽胞は多くの消毒薬にも強い抵抗性を示すため、我々が日頃良く使うアルコール消毒や逆性石鹸では全く効果がありません。劣悪な条件でも生き延びる細菌だからこそ、土壌環境中に広く分布しているといえるでしょう。この芽胞を形成する細菌は全てグラム陽性菌で、ヒトに病原性を示すのは炭疽菌などのバシラス属(*1)と破傷風菌などのクロストリジウム属です。クロストリジウム属は、酸素があると増殖できない「嫌気性菌」であるため、酸素を使って呼吸している私達が日常生活の中で接触する機会は限られています。破傷風菌の場合は、何らかのケガをした時に、私達の体内に侵入しますが、だからといって必ずしも破傷風を発症するわけではありません。ケガをして破傷風菌の芽胞が入り込んだ傷口が虚血、壊死、酸素欠乏などによって嫌気的(酸素が無い)状態になると、発芽して増殖し始めます。増殖した破傷風菌自体は嫌気的な傷口付近に留まりますが、破傷風菌が産生した破傷風毒素(神経毒・テタノスパミン)は、運動神経末梢から吸収されて脊髄に運ばれ、咀嚼筋の硬直(牙関緊急)や後弓反張などの障害を起こします。
破傷風は、感染から発症するまでの潜伏期間が短いほど致死率が高いとされています。中毒症状を発症した場合には抗毒素血清を投与する血清療法が取られ、菌の増殖と日和見感染を防ぐための抗生物質投与や神経障害に対する対処療法が取られます。任意ではありますが、破傷風にはこの毒素に対するワクチンがあります。国外や衛生状態の悪い場所でケガをする可能性のある場合は、事前に予防接種することをお勧めします。
四川大地震で猛威を振るったガス壊疽菌群
東日本大震災の3年前、平成20年の5月に中国内陸部で起きた四川大地震では、破傷風と同じクロストリジウム属の「ガス壊疽菌群」が猛威を振るいました。ガス壊疽とは、傷口から感染した細菌が筋肉や皮下組織にまで広がり、この菌が多種類の毒素を産生して筋肉組織内で壊死とガス発生を引き起こすものです。感染部位から検出される菌種には、ウエルシュ菌、C.ノビイ、C.セプチカム、C.ヒストリチカム、C.ソルデリなどがあります。これらの菌も土壌中に広く分布しており、不潔な創傷感染を受けて嫌気的条件になると発症します。ケガをした時には水洗が基本ですが、災害発生時には清潔な水は生き抜くためにも貴重になるので、災害対策としての備蓄には、水とともにエタノール以外の消毒薬も備えておくと良いでしょう。
ウエルシュ菌は、腸管毒を産生するタイプもおり、食中毒菌としても注意が必要です。また、クロストリジウムの仲間には食中毒菌として有名な「ボツリヌス菌」もいます。ガス壊疽と食中毒の違いについては、またの機会にお話しましょう。
(*1)バシラス属の多くは土壌に生息する好気性あるいは通性菌で、ヒトに対する病原菌として炭疽菌やセレウス菌がある。一方で、大豆を納豆に発酵する納豆菌もバシラス属である。