2021
04/24
法改正で市民は感染症を正しく怖がれるのか?
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特別寄稿
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スピカ総合法務事務所 所長
ドクターズプラザ2021年5月号掲載
特別寄稿1『私生活に影響を及ぼす「コロナ関連改正法」を考える』
はじめに
年末以降、国内の新型コロナウイルス感染者数は増加の一途を辿り、感染拡大と共に死亡者の増加ペースも格段に増してしまいました。このような中、政府は感染対策の実効性を高める必要があるとして、1月22日一連のコロナ関連改正法案を閣議決定しました。同法案は、同日国会に提出され、2月3日に成立し、同月13日から施行されました。
「新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律」(以下、特措法とする)が施行されたことにより、「感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、感染症法とする)及び「検疫法」の一部が改正されました。また、これに併せて、関連政令及び省令(※1)も改正されています。
今回は、改正されたコロナ関連改正法について、主要な改正点を解説しつつ、私達の生活にどのような影響が出るのかを考えてみたいと思います。
※1 「新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令」(令和3年政令第25号)及び「新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律の施行に伴う厚生労働省関係省令の整備等に関する省令」(令和3年厚生労働省令第24号。)
改正のポイント
(1)特措法改正
特措法の改正では、緊急事態宣言が発出される前であっても対策を講じることができる「まん延防止等重点措置」が新たに設けられました。これにより、対象地域の事業者や住民に対し、休業や営業時間の変更や、みだりに外出をしない等の要請ができるようになりました。当該措置については、事前に客観的基準を要件として明示することや、学識経験者の意見を聴取した上で行うこと、国会への報告義務等が要求されています。
「まん延防止等重点措置」の創設は、緊急事態宣言前であっても私権制限が可能となり、さらにその発動要件が政令に委ねられていることから、憲法上の権利との関係や行政の恣意的な運用の問題が指摘されています。また、休業や時短営業に応じた店舗等に対しての財政支援についても、その判断は行政に委ねられており、法律上の権利として保障されていない点も問題といえます。
(2)感染症法
感染症法の改正では、感染者に対し、知事が宿泊療養等を要請する規定を新たに設けました。入院を拒否したり逃亡した場合や、感染経路の追跡調査(積極的疫学調査)に協力しなかった場合には、行政罰が科されることとなります。また、厚生労働大臣や知事が医療機関に対し、感染者の受け入れ等の協力を勧告できることとし、正当な理由がないのに従わなかった場合には、当該医療機関を公表できるとしています。
当初の政府案では入院拒否等をした患者に対して「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」を科す刑事罰とし、積極的疫学調査に協力しなかった患者に対して「50万円以下の罰金」を科す刑事罰としていましたが、修正協議により行政罰(それぞれ50万円以下の過料、30万円以下の過料)となりました。
改正によって、感染者への罰則規定が導入されました。罰則の導入によって、差別的意識や偏見の助長を生む可能性や、こうした弊害を恐れて検査回避する可能性が指摘されています。
なお、新型コロナウィルス感染症については、これまで指定感染症として定める等の政令(令和2年政令第11号)により、指定感染症に指定されていましたが、これを「新型インフルエンザ等感染症」への追加に改めました。これにより、今後は期限の定めなく、適宜必要な措置を講じられるようになります(※2)。
※2 感染症法の詳細については「DRP vol.151」14頁をご参照ください。
(3)検疫法
検疫法の改正では、海外から入国する人に原則14日間の自宅待機等を要請しました。応じない場合、施設に停留ができます。これまでも、本邦への入国者に対して一定期間の自宅待機を求めていましたが、法的根拠がなかったため、応じてもらえないケースに対応できていませんでした。
(4)行政罰と刑事罰の違い
改正法では、刑罰や行政罰という言葉が出てきました。両者とも罰と付いていますが、法律上の位置付けは異なります。刑罰は、刑法典及び刑法以外の法律に規定された犯罪行為に科される制裁であるのに対し、行政罰は行政上の義務違反に対する制裁となります。
また、行政罰は行政刑罰と行政上の秩序罰の2種類があります。いずれも過去の行政上の義務違反に対する制裁であることは共通しますが、前者が刑法典にある懲役・禁固・罰金・拘留・過料・没収を科す制裁であるのに対し、後者は金銭的負担である過料を科すものです。行政上の秩序罰は、刑法典に規定のある刑罰ではないため、課されても前科には該当しません。同じ経済的制裁であっても、罰金・科料の場合には前科となりますが、過料の場合にはなりません。
なお、刑罰になる科料と行政上の秩序罰である過料は、読み方がいずれも「かりょう」なので混乱しがちです。区別するために、口頭では前者を「とがりょう」、後者を「あやまちりょう」と言うことがあります。
改正案の問題点
(1)人権との関係
今回の「コロナ関連改正法案」は、行政の権限強化と厳罰化にその特徴があると考えられます。政府は感染対策の実効性を高めるために必要な見直しであるとしますが、厳罰化は常に人権侵害の恐れと隣り合わせです。こうした観点から、当該法改正案には日本医学会連合、日本弁護士連合会、保健師団体等、多くの団体から反対声明が表明されました。
関連法の一つである「感染症法」には、前文が付いています。この中では、過去にハンセン病等感染症患者に対するいわれのない差別や偏見が存在したという反省から、「患者等の人権を尊重しつつ」、「良質かつ適切な医療の提供を確保し」、「迅速かつ適確に対応すること」を唱っています。ハンセン病患者に対する強制隔離措置政策を採った「らい予防法」は、多くの人たちの基本的人権を踏みにじりました。現行の感染症法は、こうした過去の苦い教訓を基に作られているのです。
(2)厳罰化による実効性の担保
さらに問題となるのは、厳罰化による感染症予防の実効性が明らかでないことです。新型コロナウイルスは、無症状感染者からも感染の可能性があるとされています。感染発覚後、入院や検査、調査等を拒否した者に対して刑罰を科すことで得られる効果は不明瞭のままです。一方で、厳罰化することで失われる感染者に対する被害は、憲法22条1項が規定する「居住、移転の自由」を前提として保障されると考えられる「移動の自由」の侵害が考えらえれます。また、罹患した患者や家族、治療を行う医療機関に対する偏見や差別が生まれる恐れがあることも懸念されます。加えて、罰則を恐れるがあまり検査拒否や結果の隠蔽が行われてしまっては、本末転倒です。
成立した改正法は、その実効性確保の手段として、刑罰ではなく行政上の秩序罰に修正されました。感染症対策の実効性確保を図りつつ、規制強化による人権侵害を回避するというバランスを、ギリギリのところで保ったと思います。
おわりに
2021年1月7日より発出されていた緊急事態宣言は、1都3県で2週間の延長が発表されました(※3)。緊急事態宣言からおよそ8週間が経ち、感染者の減少は下げ止まり状態にあります。第4波も懸念される中、引き続き必要となるコロナ対策に関する法体制の準備として、一連の法改正が推し進められました。
未曾有の大惨事の際には、国家として迅速に強制力を発動しなければならないことがあるのは事実です。しかし、そこには適切な立法事実があることが前提であり、かつ国民に対する説明責任を果たしていなければなりません。そのいずれもが欠ける場合には、強制力の発動を認めてはいけないのです。その根拠が曖昧なまま、感染症対策であることを錦の御旗に掲げ、その根拠を正確に示さないまま、国家が強制力を働かせるようなことになってはいけないのです。私たち国民は、常に国家の主権者として、政府に対する説明を求め、政府は求められた責任を果たしてほしいと願っています。
※3 緊急事態宣言は3月21日に解除されました。
表1 比較-まん延防止等重点措置と緊急事態宣言
※4 附帯決議には、政治的な効果はあるとされているものの、法的効果はありません。
表2 刑罰と行政罰の違い
Q1:時短営業に従わなかった飲食店は、どうなるのでしょうか?
特措法の改正によって、都道府県知事は、緊急事態宣言時に求められる休業及び営業時間の短縮に加えて、まん延防止重点措置時にも営業時間の短縮を求めること(要請)ができるようになりました。この知事の「要請」に応じない場合には、「命令」を課すことができ、命令違反の場合には「行政罰」が科されます。ただし、命令に従わないことにつき「正当な理由」があれば命令違反になりません。
知事が営業時間の短縮の「要請」をした場合(本稿執筆時は午後8時まで)、時間を過ぎても営業している店舗に対して、直ちに過料を科すわけではありません。まずは、営業短縮に応じるよう「命令」が出されます。
なお、「正当な理由」につき、政府は下記のような事例を挙げています。(1)近隣に食料品店などがなく、住民生活の維持が困難になる。(2)周辺にコンビニや食料品店がない病院に併設の飲食店で、医療提供が困難になる―ケースなどです。一方、経営状況の悪化は「正当な理由」に該当しないとしています。お客さんがお店に居座り、やむを得ず閉店できなかったような場合には「正当な理由」となり得ますが、常態化していると判断される場合には対象外となります。
Q2:調査権限はどこにあるのでしょうか?
調査権限は、行政庁にあります。飲食店の場合、監督庁である都道府県や保健所が調査を行います。刑事罰の適用はないため、警察には捜査権限はありません(行政警察活動として、巡回することはあり得ますが、直接的な介入はできません)。
行政庁が調査を行い、「要請」に従わない店舗に対し、その判断で「命令」を発出します。「要請」や「命令」を行った店舗名の「公表」については、「かえって多くの利用者が集まる」ことが想定される場合には、非公表とすることもできます。知事の発出した「命令」に応じず、「看過できないと判断される場合」には、知事から地方裁判所へ通知がされ、過料が科されることになります。
実際の例を挙げると、東京都は3月18日、営業時間の短縮に応じていない飲食店27店に対し、特別措置法45条に基づく時短営業命令を発出しました。19日には、さらに5店の飲食店に「命令」を発出しています。なお、人が集まることを避けるために「公表」は見送られました。この「命令」処分を受けた飲食店の運営会社「グローバルダイニング」は、22日東京地裁に対し、東京都の当該命令が違法であると主張し、国家賠償請求を求める訴訟を提起しています(2021年3月23日現在)。