2015

07/16

水道水を狙う病原微生物達

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。

ドクターズプラザ2015年7月号掲載

微生物・感染症講座(47)

絶対安全・ゼロリスクは幻想でしかない

はじめに

今年の6月初め、レジオネラ菌による集団感染によって、70代の男性が肺炎で亡くなるという事件が報じられました。感染した方は、4月下旬〜5月下旬にかけて同じ公衆浴場を利用していたことが分かっています。また、一昨年の2月には、群馬県の水道水から、ジアルジア症の原因であるランブル鞭毛虫が検出され、注意喚起がなされています。過去に水道水を介して感染した微生物には、これらの他にもクリプトスポリジウムなどがあります。水浴びや行水など、夏場は特に水に触れる機会が増えることと思うので、これらの事例を紹介しながら、安全な日本の水道水であっても万全ではないというお話をしましょう。

安全な水道水にも潜む微生物

“生水は飲んではいけない”と、私が子供の頃にはよく耳にしました。湧水や井戸水をそのまま飲むとお腹を壊すこともあるので、一度沸かすなどして消毒してから飲むように注意されたものです。井戸水を原因とした大腸菌感染や、外国旅行で未消毒の水を飲んでしまって起こる下痢など、生水を原因とした感染症のイメージは容易でしょう。生きるために水が必要不可欠なのは人間だけでなく、動物、植物そして微生物にとっても水は生命の源であるため、環境中の水の中には様々な微生物も存在しています。その中に感染症の原因となる微生物が含まれることもあるので、飲み水には『消毒』が不可欠なのです。日本はもともと水の豊かな国であるうえ、蛇口を捻ればキレイで安全な水の出てくる、世界でも希な上水道を持った国です。この『安全』を可能にしている要因の一つが、塩素消毒です。塩素は他の多くの消毒法と違い、水中に一定期間留まって消毒効果を発揮するため、蛇口まで消毒されたままの水が届けられるのです。以前、この塩素が原因となって発生するトリハロメタンに発がん性があるとして問題視されましたが、オゾン処理併用などの技術向上によって低減し(注)、現在では人体に影響するような量が含まれることなどありません。そう、日本の水道水は安全なのです。では何故、安全な水道水から微生物が検出されるようなことが起こるのでしょうか?

ランブル鞭毛虫は古くから知られている原虫で、ヒトにジアルジア症を起こします。汚染された飲料水や食物を介して感染するのが一般的ですが、性行為による感染も報告されています。また、国内感染例だけでなく、輸入感染症(旅行者下痢症)の代表的な病原体でもあります。クリプトスポリジウムも原虫で、1976年にヒトに対する病原性が明らかとなり、以降、旅行者下痢症や水系感染症の原因微生物として広く認識されるようになりました。これらの原虫は、生活環の中で嚢子と呼ばれる休眠状態を取ることがあります。この原虫の嚢子は細菌よりも塩素消毒に強いため、細菌処理を目的として水道に用いられる塩素消毒では十分な効果が得られません(注)。感染した動物の屎尿などが原因となって水源に混入した場合、塩素消毒だけでは処理が不十分なことが起こり得るのです。

冒頭に紹介したレジオネラ属は、淡水や湿った土壌中に生息している細菌です。1976年にアメリカの在郷軍人大会出席者の間で起きた集団肺炎をきっかけに発見されました。これまでおよそ50種のレジオネラが見つかっており、そのうち20種はヒトに肺炎を起こすことが分かっています。現代社会では自然環境だけでなく、空調機の冷却塔水、噴水などの修景水、循環式浴槽など、人工的な水環境にも生息しており、しばしば循環設備を有する温泉や公衆浴場でのレジオネラ感染が報告されてきました。感染経路は蒸気やミストの吸入によるもので、感染者から感染者に直接伝播することは、これまでに報告例がありません。レジオネラは熱に比較的弱く、酸には耐性がありますが、塩素で消毒されます。しかし、塩素消毒は水質がアルカリ性の場合に効果が低下することが知られており、アルカリ泉などでは残留塩素濃度を一定に保つことや、他の消毒法と併用した処理を行うなどの対策が取られています。それでも時として、冒頭の事例のようなことが起こるのです。

今回は水道水を例にお話しましたが、どんなことであっても安全に”絶対”は無いことを意識して、楽しい夏をお過ごしください。

 

(注)現在は、浄水場における濾過の強化やオゾンや紫外線を用いた殺菌法の導入によって、より確実な処理となっています。また、プールなど公共の場で大量に用いられる水に対しても、同様にオゾン処理工程を加えるなどして、塩素消毒だけに頼らない微生物の処理法へと消毒技術を向上させています。

 

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