2013

09/23

水虫は自然に治らない!?

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学環境科学研究所/大学院食品栄養環境科学研究院 助教。短期大学部看護学科 非常勤講師、静岡理工科大学 非常勤講師。専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。

ドクターズプラザ2013年9月号掲載

微生物・感染症講座(33)

感染者の発症部位との直接・間接的な接触を避けるなどの予防対策を

はじめに

日本は四方を海に囲まれ、水資源が豊かであると同時に湿度が高い国でもあります。その影響もあってか、日本には皮膚糸状菌によって引き起こされる表在性真菌症、いわゆる“水虫”に感染あるいは保菌しているヒトが多いと言われています。湿度の高い夏に限らず、乾燥している冬場でも通気性の悪い靴やブーツを履いていると、足が痒くなったり皮膚がボロボロになったりして、辛い思いをすることがあります。今回は、一年を通じて日本人を苦しめている“水虫”についてお話しましょう。

水虫の原因菌は1種類ではない!

日本で“水虫”が認識されたのは、江戸時代の頃だったと考えられています。田畑で作業をしていると、足に痒みが出たり水疱を作るような皮膚病が起こることがありました。その原因は、正体はわからないものの何らかの“虫”に刺されると考えたようで、「水虫(みずむし)」や「田虫(たむし)」と呼ばれるようになったのです。残念ながら現代の水虫の原因は、江戸時代の方々が考えたような、水生昆虫や原生動物ではありません(*1)。水虫の原因となる病原体は“真菌”で、しかも一種類ではないのです。白癬菌属(Trichophyton)、小胞子菌属(Microsporum)、表皮菌属(Epidermophyton)などが水虫の原因となる代表的な菌属で、皮膚に感染する原因菌として『皮膚糸状菌』と総称されます。

皮膚糸状菌が原因となって起こる表在性真菌症を医学的には『白癬(はくせん)』と呼びますが、我々は一般的に現代でも『水虫』と呼んでいるのです。白癬の原因となる皮膚糸状菌は、元々は土壌中に生息している真菌で、環境中の至る所に存在しています。皮膚、毛、爪など、体表面の至る所に感染する彼らは、どこの部位に症状が現れたのかで、「頭部白癬」、「体部白癬」、「股部白癬」、「手白癬」、「足白癬」、「爪白癬」などと呼び分けられます。

また、足白癬には、足の裏や踵などが乾燥してヒビ割れる角化型白癬と、水胞を伴う汗疱状白癬とがあります。皮膚糸状菌が様々な場所に感染するのは、彼らの必要とする栄養源が共通しているからです。皮膚糸状菌と呼ばれる真菌のグループは、皮膚の角質層、毛や爪に多く含まれる「ケラチン」というタンパク質を栄養源としています。ケラチンは、私達の細胞を形作る重要なタンパク質の一つで、比較的強固なタンパク質ですが、皮膚糸状菌はこのケラチンを分解する酵素を持っていて、自身の栄養源として利用するのです。ケラチンは、ヒト以外の哺乳動物の皮膚、毛や爪にも含まれているので、イヌ、ネコ、ウシやウマなどもヒトと同様に白癬を起こします。本来は感染する真菌の種類が動物種によって異なるため、異なる動物間で白癬が伝播する可能性は低いのですが、全く起こらないわけではありません。ヒトへの感染が時々報告される菌種としては、ネコに白癬を起こすMicrosporum canis などが挙げられます。

水虫の治療は可能なのか?

原因となる菌の種類が多く、環境中の至る所に存在していて、感染した場合に症状の現れる場所や症状も様々で、しかもわれわれと同じ真核細胞を持つ真菌を体表面から駆逐するのは極めて難しいことです。しかも、彼らの生育スピードは我々の皮膚の新陳代謝スピードよりも早いため、自然に治ることは期待できません。また、皮膚糸状菌によってボロボロとなった皮膚で細菌感染が起きたり、アレルギー反応が起こるなどの合併症が起こることも少なくありません。前述したように、皮膚糸状菌はケラチンを分解するだけで、痒みや痛みを起こしているのは細菌感染による場合がほとんどです。近年の水虫の治療では、患部に直接真菌薬を塗る外用薬タイプや、角化した皮膚に蓄積して真菌の発育を阻害する内服薬タイプなどがあり、こうした合併症に対する治療と合わせて皮膚糸状菌の治療を行います。ワクチンのような予防法は確立されていないので、感染者の発症部位との直接・間接的な接触を避け、通気性の良い靴を履いたり、清潔さを保つなどの予防対策を講ずる他ありません。水虫は、命に関わるような重い感染症ではありませんが、治すことの極めて難しい感染症ですから、感染者自身も他人へ移すことの無いよう、社会全体で予防を心掛けることが大切です。

(*1)田んぼなどには、水生昆虫のミズムシが生息していることがあります。このミズムシは、タイコウチなどの水生カメムシの仲間です。水生カメムシの多くは獰猛な肉食性ですが、ミズムシは藻類や原生動物などを捕食するおとなしい水生カメムシで、真菌感染症の“水虫”とは関係ありません。

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