2021

04/24

正しい知識を養うための教育が必要⁉

  • 特別寄稿

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内藤 博敬
静岡県立農林観光専門職大学 生産環境経営学部 准教授

ドクターズプラザ2021年5月号掲載

特別寄稿2

はじめに

シンガポールでは既に、新型コロナ感染対策として罰金を導入しています。シンガポールは元々規則に厳しい国であり、今回も外出時のマスク未着用や自宅隔離違反だけでなく、複数名での行動には家族であっても罰則を設けています。報道によれば、6名以上の日本人滞在者の子供たちが遊んでいたケース、6名以上の家族でバーベキューをしていたケースで、親の労働ビザが剥奪されて家族全員国外退去を命ぜられたそうです。また、シンガポールは法律を厳しくしているだけではなく、人々の動向を監視するシステムを強化しています。店や施設の入口にQRコードを設置し、利用者はこれをスマホで読み取ってチェックインすることで、感染者が出た場合の接触可能性者を容易に割り出せる仕組みになっています。また、街頭には赤い制服を着たセーフディスタンスアンバサダー(安全距離大使)が巡回し、密度やマスク着用などのコロナ対策が施されているかどうかを常にチェックしています。日本でも飲食店などで代表者の連絡先を書いてもらい、発症者があった場合に接触者の追跡ができるような配慮がなされたりしていましたが、桁違いの強化版です。

それほど厳しい監視と罰金が設けられているシンガポールでは、昨年の夏以降、爆発的な感染者の増加は見られていません。しかし、感染者がゼロになることはなく、一定数の患者が見られています。今回の日本の法改正ではどのような効果が見られるのか、考えてみましょう。

法改正されたら流行は収まるのか?

新型コロナ(COVID‐19)やインフルエンザに限らず、感染症の発生や動向、あなたが感染するかどうかは、法律によって変えられるものではありません。法律がコントロールするのは社会であり、感染症に対峙する個人個人の意識を同じ方向に向けることが感染症流行対策には重要です。また、法律やルールを活かすためには、なぜその決まりを作らなければならないのかを、われわれが理解する必要があります。

病気は新型コロナだけではないので、医療・衛生環境の整った社会においては、医療崩壊を起こして他の疾患の治療も滞る事を警戒しなければなりません。感染症の流行にはピークがあり、感染者の急激な増加によってこのピークが鋭く高くなるほど医療危機を招くリスクが高くなるため、できるだけ緩やかで低いピークを形成させる対策を講じます(図1)。今回の新型コロナ流行対策でも、緊急事態宣言や外出自粛といった措置によってこのピークを緩やかにする事が求められました。このことはマスコミ報道でも幾度となく解説がなされましたが、どの程度国民に理解いただけているのかによって、今回の改正法の効果は変わると思います。

今回の特措法改正では、時短営業や外出自粛の要請に違反した場合の過料が加わりました。ヒトからヒトへの飛沫感染を主な感染経路とする新型コロナウイルスなので、人々が外出を控えることで他者との接触を減らせば、感染拡大は抑えられます。時短営業もその対策の一つであり、開店する店舗が減れば人の流れが抑えられ、結果として感染拡大も抑えられると考えたのでしょう。確かに、2020年春の感染拡大抑制では、得体の知れないウイルスに対する市民の恐怖心によって外出自粛ムードが高まり、時短営業が功を奏したと考えられます。しかし、われわれは食事をしなければなりません。食料品を扱う店や飲食店の開店時間が短くなれば、当然のことながら閉店間際はもちろん開店時間中の客密度は高くなり、店舗側の負担は増すばかりです。自治体によっては、飲食店等を対象として感染症対策アドバイザーを派遣するなどの対策を取っている場合もあるようですが、一部の地域に限られています。状況や業種によっては営業時間延長による客対応の分散や、テイクアウトやデリバリーへの販売形態の変更の方が感染拡大抑制に効果的と考えられる場合もあり、要請を出す側にこそ的確な判断力が強く求められる法律だと思います。

感染症法の改正では、感染が判明した場合に入院要請に従うことが求められています。感染がわかっていても、不顕性感染などでは行動抑制されたくないかもしれませんが、他者への感染を広げないためだけでなく、のちに感染拡大の要因になったことが明らかになるなどして周囲から後ろ指を指されないためにも、本来自主的に守るべきルールのように思います。

今回の法改正は、個人のマスク着用や日常生活には言及していませんし、シンガポールのように科学技術を駆使した監視体制の導入・運用も難しいのが現状なので、今回の法改正だけで感染拡大を抑え込めるとは思いません。また、「不要不急」や「みだりに」の定義を明確にしないと、いくら過料を科したところで、自己判断で行動する人々は増えるでしょう。いずれにせよ一定数の違反者は出ることと思いますが、「他人に迷惑を掛けたくない」という日本人の道徳心との相乗効果で、今後の危機的状況を乗り越えられるとポジティブに考えたいです。

リスク教育の必要性

道徳心もさることながら正義感の強い日本人は、感染者差別や自警団のような行動がこれまでに報告されています。竹内先生の原稿の中にも、ハンセン病対策における過ちが取り挙げられていますが、そもそも感染者への差別は感染症法で禁じられています。第2章の2の(4)アに、「国民は、感染症に関する正しい知識を持ち、その予防に必要な注意を払うよう努めるとともに、感染症の患者等の人権が損なわれることがないようにしなければならないこと」と記されているのです。まず、この記載内容を知っている国民はどれだけいるのか気になりますね。また、その国民の前提要件として「感染症に関する正しい知識」を持っていることになっているのですが、現在の義務教育では、手洗い・うがい、風邪などについての概略的な感染予防対策は講じられていても、微生物学やリスク学を基盤とした感染症教育は行われていません。いったい、ここに記されている「国民」とは誰の事を指しているのか疑問になりますが、個人個人が積極的に感染症情報を取り入れて考え、予防に努め、感染者を差別しないという理念には賛成です。

個人個人の感染症に対する“正しい”知識が養えれば、自ずと予防対策は成され、差別意識も無くなりま
す。そう、“正しい”知識が大切なのです。そのためには、メディア報道ではなく、厚生労働省や国立感染症研究所から出される情報を読み解く日本語能力が求められます。また、メディア報道でよく使われている、数字を使った印象操作に迷わされない事も重要です。例えば、「ある国で新型コロナワクチン接種後のコロナ感染者は0.014%でした」という報道があったとして、この数字だけだと10万人のうちの14人でしかワクチン接種後に感染が確認されなかったこととなり、ワクチンの効果が極めて高いように感じます。しかし、比較対象としてワクチンを接種していない10万人のうちの感染者数が示されていないので、0.014%だけでワクチンの効果は分からないのです。ワクチンを接種していない10万人のうち感染したのが20人であればワクチンの効果は低いですし、1万人が感染したのならばワクチンの効果は高いとなるわけです。効果だけでなく、副反応の数字についても同じことが言えます。報道する側も、受け取る側も、“正しい”情報の取捨ができるよう、惑わされない力としてリスク学を意識してほしいと思いますが、基礎となる日本語力(国語)と数字力(算数・数学)を、義務教育だけでなく生涯教育の一つとして学んでいきましょう。

今回の改正法では感染症の拡大防止措置として「平常・まん延防止等重点措置・緊急事態宣言」の3段階となっています。リスク管理の視点で考えてみると、経済や教育といった他の要因が含まれていないため、法律に該当しない一般市民の行動をコントロールすることは難しいと考えられます。つまり、今回の法改正が感染拡大を抑制するとは思えません。しかし、省庁が求める判断基準や対策を精査し、3〜8段階に細分化した段階措置としたり、個人のマスク着用や店舗への入店時の消毒義務等にも触れるなど、もう少し丁寧なルール作りをすることで、感染抑制につながると思います。一方で、特に個人の違反者への対応については誰がどのように行うのか明確にしておかないと、差別や自衛団によるトラブルが起こる事も容易に想像できます。シンガポールのセーフディスタンスアンバサダーの設置は難しいかもしれませんが、報告窓口を設けるなどの対策を講じて、法律導入後のリスク対策に備える必要もあるでしょう。また、法律や緊急事態宣言によって感染症による死者を減らせたとしても、他の疾患による死者や自殺者を増やしてしまっては本末転倒なので、あらゆる角度からリスクを考え、バランスの取れた運用を願いたいです。

表1 対策の効果 概念図

出典;「新型インフルエンザ等対策政府行動計画(厚生労働省)」を基に作成

おわりに

従来のコロナウイルスであれば冬季に感染拡大してゴールデンウィーク明けには終息しますが、SARS‐CoV‐2の今後の挙動は不明です。そのため、3月の緊急事態宣言延長は、見送りよりは空振りを選択した結果でしょう。COVID‐19の日本全国の感染者率は1年で約0.35%です。その程度感染症なのに大騒ぎしていることを不思議に感じる方もいらっしゃると思いますが、これは日本の数字であって欧米では感染者も死者も莫大な数となっていますし、日本においても感染していない99%以上の人がいつ感染拡大するかも分からない状況が続いているのです。今後、高齢者や基礎疾患を持つ方、さらには肥満の方へのワクチン接種が予定通り行われ、一般にも夏から秋に接種が進めば、今
秋以降に予想されている第5波は緊急事態宣言が無くとも抑制できると考えられます。

我々科学者は、科学的根拠(エビデンス)から明らかなことを示しますが、不明なことは「分からない」と言います。ところが、行政などのルールでは、不明であってもどこかに基準を作って〇か×かを明確にする必要があります。有識者が「分からない」といっても、ルールは作らなければならないのです。本来、公共のルールは時代や状況によって変化させるべきものなので、ルールを作る時点では適当であっても時間経過とともに相応しくなくなったのであれば、修正しなければなりません。ところが、ルールを修正するのに煩雑な手続きを要することや、変化することを恐れる風潮が強い日本においては、一度作られたルールは守るものになってしまっているように感じます。そんな法律を、感染症法は変更しやすく劇的に進化させました。変更を容易にしたのは、国民の健康、安全を守るためであり、今回の法改正もその根本理念に添ったものだと信じています。

*3月末日執筆時点の情報です。