2017

03/15

本人がやめたいと思わない限りやめられない

  • メンタルヘルス

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昨年の12月、IR推進法(特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律)が成立し、“ギャンブル依存症‶の話題が連日、マスコミを賑わした。この推進法の成立をきっかけに注目されるようになってきた”依存症‶とはどのような病気なのだろうか。そこで、本号では立正大学心理学部教授で、あいクリニック神田・理事長の西松能子氏に”依存症‶とはどういう病気なのか。また、一般的に知られている”アルコール依存症‶や”薬物依存症‶等の予防と治療法等について、伺った。

ドクターズプラザ2017年3月号掲載

「依存症を防ぐには、刺激と接触しないこと」

―――――――立正大学心理学部教授 あいクリニック神田・理事長 西松能子氏

依存症は脳のドーパミンの過剰分泌に慣れた状態

―依存症にはどのようなものがありますか?

西松 典型的なものとしては、アルコール依存症や薬物依存症があります。従来、医学的に依存症といえばこの二つが代表的なものだったのですが、最近ではギャンブル依存や買い物依存、セックス依存やインターネット依存も依存症の一種として、広く認知されつつあります。摂食障害も依存症の一種と考える先生もいます。

―摂食障害も依存症なのですか?

西松 広く捉えると、食物に対する特定の行動を取ることとして、依存・嗜癖と捉える先生方もいます。

―それでは、依存症とはどのようなものなのでしょうか?

西松 依存症とは、WHOの定義によると「精神に作用する物質を使用したり、ある種の快感や高揚感を伴う特定の行動を行った後に、その刺激を渇望し、追い求めるようになること」と定義されています。脳の中では、A10神経系に異常が起こっており、ドーパミンという脳から分泌される神経伝達物質が過剰に分泌されれた状態が当たり前になっている状態です。過剰な分泌に脳が慣れてしまっているので、ドーパミンが少しでも減ると大慌てになって新たな刺激を求めるわけです。例えば、買い物依存というのは、買い物をする時に脳が刺激されて、ドーパミンが出ます。人によっては、店員さんが「お似合いですよ」などと褒めてくれるのが刺激になる場合もあります。

―脳が刺激を受けてドーパミンが出る、とのことですが、例えば、店員に褒められると、皆、ドーパミンが出るのでしょうか。

西松 全員ではありません。一定数の人たちが、強い高揚感を感じ、その刺激を求めるようになります。アルコール依存症では、双子研究から、50〜60%程度が遺伝的要因、残りが環境要因と言われていますから、褒められたからといって、全員が買い物依存になるわけではありません。

―依存症の患者さんは今、日本に何人くらいいるのでしょうか?

西松 アルコール依存症という病名で診断されている人たちは80万人強(厚生労働省による)ですね。でも、この数字は診断された患者の数なので、診断されていない人はもっとたくさんいると思います。薬物依存に関しては、司法の判断、つまり警察や裁判所の判断の後、医療刑務所や下総精神医療センターなど専門病院に送致されることになります。厚生労働省・警察庁・海上保安庁の統計資料によると、麻薬や覚醒剤などで検挙された人の総数は2014年で13437人です。平成に入ってからは、1997年の約2万人をピークに減少傾向にあります。ただ、再犯率が年々上がっており、2014年には64・5%にまで上昇しました。ギャンブル依存や買い物依存などは、何人いるか分からないですね。本人が治療したいと思わない限り、病院には来ませんから、実数が把握できないのです。

―アルコール依存症や薬物依存症以外の依存症といわれるものだと、どのくらいの患者さんがいるのでしょうか?

西松 申し上げたように実数は把握されていませんが、買い物依存については、ローン破産から推定すると、数万人はいらっしゃるのではないでしょうか。

―例えば、何らかの依存症になった場合、本人は病院に来ないのでしょうか。

西松 本人よりも、「困っているので、何とかしてほしい」といって、まず家族が来ますね。でも、依存というのは基本的には本人がやめたいと思わないと治療が始まりません。あとは、破産するなど、法的にコントロールされるしかない。だから、家族が相談に来た時に、まず私は「本人がドン底でやめたいと思わないと治療はできないので、お金を貸したり出したりするのをやめてください」と伝えます。親が年金を出してでも子どもを援助している限り、子どもは買い物やギャンブルはやめられません。

―家族はどうすれば良いのでしょうか。

西松 家族はどれだけ早く見捨てるかが大事です。家族が「共依存」といって依存行為を結局支援することも多いのです。アルコール依存症の場合は「お父さんこれ飲むとおとなしくなるから」といってお酒を与えてしまうケースがよくあります。ギャンブル依存の時は「いつもは10万円欲しいと言っているけど、今度は1万円だけと言っているから、まあいいか」と言って助けてしまう。そこが問題なんです。どれだけ断腸の思いでそういった援助を断ち切れるかにかかっています。本人がドン底と感じないと自分で立ち上がれないわけですから。

―親がお金を出さなければ、どこかからお金を借りて来そうですね。

西松 それでローンを借り、破産するのがギャンブル依存や買い物依存のお決まりのコースです。今は、お給料以上の値段の服を買う女の子はたくさんいます。そして、お金が足りなくなると、売春などをしてでもローンを返済する女性もいます。とにかく、本人がその行為が依存行為だと認めて、本人が治したいと思うことが大事なのですが、なかなかそう思えないところが問題なのですね。

―ところで、先ほどの話にあった共依存とは?

西松 「共依存」とは、依存症に陥った人に必要とされることに存在価値を認め、共にその依存を維持する周囲の人のあり方を意味します。共依存という言葉は、看護スタッフやソーシャルワーカーなど、依存症の患者さんを支援する中から出てきた言葉で、始まりはアルコール依存症の患者の妻の状態を指しましたが、場合によっては親や夫、友人や上司など、依存症の人を取り囲む誰もがなり得ます。

有効な治療法は自助組織

―医療機関で依存症を治すとなったら、薬を処方するということになるのですか?

西松 依存に対して今販売されている薬は、アルコール依存症向けのものだけなのです。従来は、アルコール依存症の患者さんには、飲めば下戸の状態になる、つまりアルコールを解毒する酵素が作用しない状態にする薬を処方していました。アルコールを飲んだら気持ちが悪くなる、場合によっては死に至るような薬を服用してもらい、飲酒行動の抑止力にしていたのです。

しかし、最近になって「アカンプロサート(レグテクト®)」という新しい薬ができました。こちらは、神経活動を抑制する働きがあり、お酒を飲みたくなくなる働きがあります。神経活動を抑制するので、もしかしたら、アルコール依存症以外の依存症にも効果があるのかもしれません。でも、治験が行われているわけではないので、アルコール依存症以外には現時点では処方はできません。

―ほかに治療法はないのですか?

西松 アルコール依存症以外の依存に対する治療はもっぱら精神療法ですね。一番効果があるといわれているのは、集団精神療法と呼ばれるものです。患者さんたちが集まって、自分たちで何とかしようとする自助組織をつくり、自分で治そうと思って行動を修正していきます。

―現在、アルコール依存症や薬物依存症などの自助組織というのは国内にどのくらいあるのですか? また、その数は十分なのでしょうか。

西松 アルコール依存症に対しては、断酒会、AA(アルコール無名者の会)という組織が一般的です。薬物依存症に対してはDARC(薬物嗜癖リハビリテーションセンター)があります。摂食障害にはNABA(日本拒食症過食症協会)があります。AAや断酒会は、都内であればほぼどこかで毎日開催されていますが、DARCやNABAは少なく、利用するのが困難な場所の方もいらっしゃるかもしれません。

―依存症の治癒率はどれくらいなのですか?

西松 アルコール依存症と診断された人の治癒率は3割を切っています。残りの7割の人はアルコールによって人生を壊されてしまう。ほかの依存症はアルコール依存症のように治療方法が確立されていないし、自助組織の数もとても少ないです。いったん依存症になったら、人生が破壊されてしまう場合も多いと思います。

社会全体の支援が必要な疾患

―昨年、IR法が成立して、ギャンブル依存症についての話題がマスコミを賑わしました。カジノができることでギャンブル依存症の人は増えると思いますか?

西松 16世紀以前は、アルコール依存症になりにくかった。10世紀前とか15世紀前には摂食障害はほとんど起こらなかった。つまり、アルコールや食べ物が豊富でなければアルコール依存症や摂食障害になることはできないのです。それと同じで、ギャンブルにさらされる機会が増えれば、ギャンブル依存になる可能性も増えるでしょうね。対策といえば、ギャンブルにさらされる機会を減らすしかないと思います。

日本は比較的若者向けのギャンブルの機会が諸外国に比べれば少ない方だったのですが、今回新たに公営ギャンブルができて刺激が増えれば、ギャンブル依存症はある程度は増えるのではないでしょうか。できればギャンブルにさらされる機会を減らした方が良いのですが、政府としては逆のことをやろうとしているわけですから、あらかじめ対策を考えるべきだと思います。

―依存症の専門医療機関を指定する動きもあるようですが、効果はあると思いますか。

西松 あまり期待はできないですね。先ほども申しましたが、依存症というのは医師が治す気のない患者さんを無理やり治せる病気ではありません。だから、治療拠点を増やすよりも、自助組織にどうやってつなげていけるかの方が大事なのです。しかし、ギャンブル依存は実数も把握しにくいですし、自助組織自体が十分にできてない現状です。新たに治療拠点を増やすといっても、今はあまり効果は期待できないかもしれませんね。医療だけの治療ではなく、司法や公的援助を含めて、社会全体の支援が必要な疾患だと思います。いずれにしろ依存症にならないためには、依存対象との良い距離を取ることですね。

出典;「薬物乱用の現状と対策(平成27年11月)」(厚生労働省 医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課)より

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