2017

05/15

日本本来の食生活を次世代につなげる

  • 栄養

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相澤 菜穂子氏
有限会社あいね・代表取締役。管理栄養士・食育料理研究家。東京家政大学非常勤講師(食育)。食品会社の明治屋(現 三菱食品)に勤務後、農業の生産現場へ。2006年に独立。 現在は学校や企業において食育指導を行い、中食などのフードサービスではメニュー開発を行っている。また、2004年からワクワク食育教室を立ち上げ、食育料理教室と食育体感ツアーを開催し、食育に関する教材開発も行っている。

ドクターズプラザ2017年5月号掲載

食育は栄養学だけではない。料理や技術の伝承、思いやりの側面も

食品会社での勤務や野菜農場での仕事を経験し、食育を進める有限会社あいね・代表取締役の相澤菜穂子氏。今では、メニュー開発や食育に関する教材開発、食育ツアーの企画など、食にまつわる幅広い教育活動を行っている。食について知ること、食生活を意識して改善に努めることは、人生をどのように充実させてくれるのか。自身の経験も踏まえながら、詳しく語っていただいた。

農業経験で食育に目覚める

――起業に至るまでの道のりを教えてください。

相澤 私はずっと食品会社の栄養士として働いていました。仕事をするうちに、病気になる前に健康的な体を保つためには、どのようなものを食べれば良いのかをアドバイスする栄養士として活動したいと思うようになりました。そのためにはどうやったらおいしいものが作れるのかを知る必要があります。それで、会社を辞めて農場で働くことにしたんです。

――農業をされていた時は、どこで何を作っていたのですか?

相澤 北海道の恵庭にある余湖農園と、永田農場で働きました。余湖農園は有機栽培や無農薬無化学肥料で野菜作りをするところです。また、永田農場はスパルタ農法で有名なところです。肥料や水を限界まで減らして、トマトの野性的な力を引き出して育てます。そうすると、トマトは実が詰まって固くなり、小さめサイズですが、ものすごく糖度が高くなります。収穫後も劣化しにくく、長持ちします。農場での仕事を通じて、野菜はどうやったらおいしくなるのか、どういう栽培方法が大事なのかを学びました。

――農業経験がその後の仕事にどのように役立っているのでしょうか?

相澤 野菜の作り方から、食と身体を見ることができるようになりました。野菜のおいしさや野菜の強さって、人間と似ていることに気が付いたんですよ。人間の体は、血管や骨などの組織が強くないと、すぐに病気になったりケガをしたりしてしまいます。野菜も根をしっかりと張らないと、冷害や台風などの気象災害でバタバタと倒れてしまいます。そこにヒントを得て、食育という方向に関心を持つようになっていきました。

――農場での仕事のあとは、どのような仕事をしたのでしょうか?

相澤 まずは、野菜の宅配会社などで、野菜のおいしい食べ方を提案するレシピを依頼された時に、栄養の話に加えて、栽培の話もするように工夫しました。また、農家の方がせっかく作った野菜を差別化して売るために、その野菜の作り方やおいしさの秘密を説明する冊子も作り、たくさんの反響をいただきました。農場での仕事の体験は栄養的な説明だけとは違った方向性で、食の仕事ができそうだと思ったんです。

――現在はどのようなお仕事をしているのですか?

相澤 フードサービス業でのメニュー提供や人材育成、そして学校や企業向けの食育指導の依頼が増えています。また、ワクワク食育教室も定期的に開催しています。食育教室を始めたのは、農家で働いている時に、北海道新聞から小学生向けに食料自給率を理解できるようなお話をしてほしいという依頼があったことがきっかけです。その経験を経て、私は子ども向けの教室がしたいと強く思ったんです。そうこうしていくうちに、講師の仕事も多く依頼が来るようになり、2006年に起業しました。起業してからかれこれ10年を超えましたね。

――「あいね」という社名の由来について教えてください。

相澤 これは相澤の「あい」から取ったというのもあるのですが、1本の稲という意味もあります。ずっと仕事をしてきて、やっぱり日本人の食を語る時に米というのが絶対に大事だと実感したからです。「1本の稲を大切にしたい」という気持ちがこの名前には込められているんです。おむすびの仕事をしているのもその気持ちがあるからです。

――そもそも食育って何なのでしょうか。

相澤 毎日食べることを死ぬまで続ける。だから、食は大切なんです。そして、人は食べることで会話をしたり分かり合えたりします。そこに向き合っていこうというのが食育ですね。食育って栄養学だけだと不十分だと思うんですよ。食育には料理や技術の伝承、食べる時のマナーや、相手を思って調理の味付けや工夫するなどの思いやりの側面もありますよね。

あとは、自立です。自立のためには、自分で食べるものを自分で選んで、自分で賄えることが必要になります。ということは、どうやって作られているのか、どこで買えばいいのかに関心を持つことです。食の文化は、昔は当たり前のように親から子へ伝承していくものだったのです。それが、今では家族構成も少なくなり、個食化も珍しくないので、伝承されなくなってきています。これが、結局健康問題や自給率の低さにつながっているように思います。安ければいい、目新しいものがいいという理由で日本本来の食材を日本人が関心を持つ機会が減っている。だから、日本本来の食生活を次世代につなげていかなければいけないと切実に思っています。

「おやつ」に対する認識を改めるアプリを開発

――「おやつSOS」はどういった経緯でリリースしたのでしょうか?

相澤 ずっと食育教室をやってきた中で、子どもたちがおやつを食べ過ぎていたり、おやつがご飯替わりになってしまったりしている状況をよく見てきていたからです。おやつというのは食べたら絶対ダメというわけではなく、食べる量が大切なのだということを子どもたちに学んでもらおうと考えました。

――おやつの食べ方については、親の関わり方も大切ですよね。

相澤 「家でおやつのルールは何かありますか」と聞いてみると、あるという家庭では1日このお皿に乗る分だけとか、3種類だけなど、家庭のルールがありました。そうかと思えば、「ルールは全くないです」という方もいます。家庭によってそこはさまざまで、おやつをどのくらい食べて良いか分からないという意見もありました。おやつは1日の食事量の10〜20%が目安ですが、その食べ方を間違えると、食事に影響したり、偏食に繋がる傾向があります。

――やっぱり空腹って大事なのですね。

相澤 そうです。ご飯の前におなかをすかせておかないと、苦手な野菜まで手を付けられませんよね。まず、「おやつを通して食を見直してみませんか?」というのがおやつSOSの開発意図です。おやつSOSには、「おやつクイズ」というコンテンツがあります。これは5歳児からできるように作ってあります。遊びながらおやつには何が入っているのかを知ってほしいですね。また、「おやつ」=「甘いもの」という価値観も捉え直してほしいと思っています。日本のおやつは補食という意味合いが強いです。なので、おやつSOSに登場するおやつには、果物のリンゴや牛乳、焼き芋、肉まん、サンドイッチ、おむすびなども入れています。

――おやつSOSには、「おやつマップ」というコンテンツもありますね。

相澤 これは若い20代の子から60代の人まで、一つの県ごとにどんなおやつを食べていましたか、というインタビューをして作ったものです。回答ですごく多かったのが、芋なんですよ。その芋が焼き芋なのかふかし芋なのか、ジャガイモなのかサツマイモなのか。北海道はジャガイモで、ふかし芋やいも団子にして食べます。だけど、西日本だと絶対にサツマイモですし、東京のおやつは揚げたサツマイモを使った大学芋だったりします。

好き嫌いの多い子ども時代

――先生は、好き嫌いはありましたか?

相澤 私、子どものころはかなり偏食で、ものすごく痩せていて、よく口の周りにできものができていたんですよ(笑)。ただ、私の実家は食品スーパーで、売れ残った野菜や果物を、祖母が全部ジューサーで絞って野菜ジュースにしてくれました。その時に、野菜や果物の皮をむいたり切ったりしますよね。野菜を切る時に、祖母が教えてくれるんです。「野菜は繊維に沿って切ると炒める時にはいいんだよ」「繊維を断つように切ると塩でもんだらしんなりしやすくなるよ」と。それがすごく面白いと思い、キャベツを千切りしたりするのが大好きになりました。上達すると家族が褒めてくれるので、ますます料理が楽しくなってきて、いつの間にか偏食が少なくなっていました。

――素晴らしい経験ですね。

相澤 料理好きが高じて、小学生の高学年にはお菓子の先生になりたいと思っていたんです。でも、お菓子には徐々に飽きてしまって。ではどういう仕事が良いのか考えた時に、栄養士という仕事が選択肢に入ってきたんです。また、高校生の時に運動部に所属していたので体力を付けるために、野菜や肉の栄養を考えて食べることに意識が向くようになりましたね。

――子どもの食わず嫌いってどうやって改善すれば良いのでしょうか?

相澤 大人だって初めて行く外国で初めて出される食べ物や初めて会う人に対しては不安になりますよね。子どもも同じで、初めてのものにはちょっと拒否感が強くなるんです。単にまだ慣れていないだけの状態なのに、大人がこれは嫌いな食べ物と決め付けてしまって、子どもに出さないようになるのは食べるチャンスを失ってしまいます。まず、親が食べて「これはすごくおいしくていいんだよ。元気になるんだよ」と安心させてほしいです。そして、ちょっとだけ味見をしたり、その食べ物と似たようなものを食べてみることで少し自信をつけ、場所を変えたり、何度もチャレンジする機会を作ること。食べる準備ができるまで待つことも大事ですね。

――最後に何か読者に対してアドバイスをお願いします。

相澤 普段食べ慣れた食事もたまに五感を意識しながら食べてみることをお勧めします。それは、よく観察してから食べてみたり、食材の匂いを嗅いでみたり、触ってみたり、食べる音も意識しながら味わってみることは、自分自身の感覚を研ぎ澄ますことに繋がります。また、日本の歳時記を楽しむことも自然の流れを身近に感じて、心豊かに旬の味覚を楽しむ機会になります。おいしさを感じる身体と心の満足を高めながら、食を楽しむ記憶をたくさんつくってほしいです。

 

おやつSOSアプリ

おやつSOSは、おやつの中に入っている糖質(S)、油(0)、塩(S)の量に注目し、おやつの中身について楽しく知りながら、健康な食生活を学ぶことのできるアプリ。コンテンツは、「おやつクイズ」「おやつゲーム」「おやつマップ」の3種類。「おやつクイズ」では、レベル1(5歳児向け)から、レベル5(小学校高学年向け)まで、それぞれの年齢に合わせたクイズを設定し、おやつの中身や栄養の働きについて楽しく学ぶことができる。「おやつゲーム」では、子どもの性別と年齢に基づいた、適正なおやつの量をゲーム仕立てで理解していく。「おやつマップ」は、日本全国47都道府県の家庭でよく食べられるおやつと、そのレシピを知ることができる。

 

 

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