2022

01/25

日本国内にもやることは、たくさんある

  • 国際医療

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国立研究開発法人国立国際医療研究センター(以下、NCGM)国際医療協力局の永井真理先生は、専門家やアドバイザーとしての海外派遣のほか、WHOの西太平洋地域事務局の職員として勤務した経験も持つ。各国での支援活動やWHOでの取り組みなど、幅広い経験を通じて見えてきた問題や気付き、今思うことなどを伺った。

ドクターズプラザ2022年1月号掲載

海外で活躍する医療者たち (34) /国立国際医療研究センター

時代遅れのケアから科学的根拠あるケアに

途上国支援に1つの正解はない

―先生は、なぜ医師という仕事を選んだのですか。

永井 母から常々いわれていたこともあって、経済的に自立できるような仕事に就こうと思い、医師を選びました。「私は理系人間ではない」という思いもあったのですが、研究者の父が基礎医学を教えている職場に行ったことがありましたし、医師だった祖父の話を聞いたり、叔父が開業医だったりと、多少接点もあったのだと思います。東北大学で学んだ後、NCGMでの初期研修と後期研修、一般の病院に2年勤務し、臨床を7年間経験しました。

―最初に海外で仕事をしたのは、1999年9月から医師としてスリランカに派遣された「国境なき医師団」ですね。

永井 はい。私は旅行が好きなので、当初は仕事をしながらいろいろなところに行けるという理由で参加しました。任期を終えて帰国し、2000年9月からはプログラムマネジャーとしてイランに行く機会も頂きました。その後2002年10月からは、日本医療救援機構のプロジェクトのリーダーとしてアフガニスタンにも行きました。

海外派遣を通じて途上国のいろいろな問題が見え、意識も変化していきました。例えば栄養指導をしても、そもそも卵を買うお金すらない。予算も機器も人材も限られた中で、さまざまな人たちを診なければならない。このような状況を良くするには、一人一人の患者さんを診るだけでなく、制度や仕組みから変えていく必要があります。そこで、公衆衛生を学びたい、紛争が起こる理由など保健や医療を取り巻く環境についても学びたいと思い、米国のジョンズホプキンス公衆衛生大学院に留学しました。

―留学を終え、名古屋大学医学部での2年間の助教を経て、NCGMに戻られました。

永井 はい。2007年からはカンボジアのプロジェクトに地域の保健システム強化の専門家として、2011年からはセネガルに保健省官房顧問として派遣されました。カンボジアのプロジェクトは、地方の妊産婦の死亡率を下げることが目的でした。助産師の教育は各国の支援で行われてきましたが、われわれのプロジェクトでは、助産師が情報交換や連携ができる仕組み、県病院に相談や搬送できる仕組みをつくり、緊急時にも落ち着いて対応できることを目指しました。内科が専門である私にとって、初めて関わる母子保健でもありました。

―セネガルでの保健省官房顧問とは、どのようなポストなのですか。

永井 保健省の大臣や局長たちが、国の保健政策を決めたり実施したりするにあたって、世界の潮流やエビデンス、日本から受けられる支援など、アドバイスを行う役割です。NCGMの海外派遣は、まず現場のプロジェクトを経験してから、保健省のアドバイザーという政策的なポストに就くという流れになっています。私は国境なき医師団やカンボジアのプロジェクトを通じて、医療従事者が働きやすい環境をつくるには国の政策が重要であると感じていたので、ちょうど良いタイミングでした。

―途上国を支援する上では、問題と同時に制約も多く、何かを判断するのは難しいと思います。

永井 米国留学で、みんな同じように悩んでいるし、1つの正解はないということを学びました。正解がないので、まず判断する時には、自分の知識や経験だけでなく、違う専門性や経験を持つ人と議論を尽くして、その時点でベストと思うものを選ぶ。何かを選んでも途中で方向転換が必要だと思えば、柔軟に対応する。そのために、選んだもの以外にも4つぐらいのプランを考えておいて、状況に応じて軌道修正できるよう準備しています。

西太平洋地域では2分ごとに新生児が1人死亡

―その後、2015年3月から約3年間、WHOの西太平洋地域事務局に勤務されました。

永井 WHOの本部はジュネーブにありますが、世界をアフリカ、米州、南東アジア、欧州、東地中海、西太平洋の6つの地域に分け、それぞれ事務局を置いています。西太平洋地域事務局はフィリピンの首都マニラにあり、日本も含め、WHOに加盟する37の国と地域が属しています。その西太平洋地域事務局が募集していたリプロダクティブヘルス・母子保健の技官のポストに応募し、採用されたので、NCGMを休職する形でWHOに勤務しました。リプロダクティブヘルスは、日本語では「性と生殖に関する健康」と訳されます。具体的には、性別にかかわらず、全ての人が自分の性と生殖に関して、避妊や中絶も含めて望む通りにするということです。これに対して母子保健は、妊娠から出産、また産後の母親と子どもの健康を扱います。

当時のWHOの目標には、妊産婦の死亡率を下げること、また新生児の死亡率を下げることがありました。そのためには、最新のエビデンスに基づいた妊産婦と新生児に対するケアの研修はもちろん、研修後の助産師や産婦人科医のネットワークをつくったり、また望ましいケアに必要な人や物を配置したりする必要があるのです。

―当時西太平洋地域でどのくらい新生児が死亡していたのですか。

永井 西太平洋地域では、2分ごとに1人のペースで新生児が死亡していました。地域の中でも特にWHOが働き掛けていたのは、パプアニューギニア、ソロモン諸島、フィリピン、カンボジア、ラオス、ベトナム、モンゴル、中国の8カ国で、これらの国々だけで、地域の妊産婦、新生児死亡数の97%を占めていました。その要因は、やはり医療体制です。まず医師や助産師が少ないことは大きな問題です。新生児へのケアも、昔から引き継がれてきた時代遅れの方法で、新生児にとってむしろ有害なことが行われていましたし、パプアニューギニアやソロモン諸島では、緊急搬送をボートで行わなければならないなど、いろいろな問題があります。各国の保健省も、問題があることはよく分かっています。ただ問題がたくさんあるので、それを整理して優先順位を決めて、順番に対処しなければなりません。

―その中で、技官である永井先生の仕事は。

永井 私はフィリピンの事務局から、対象の8カ国に度々出張し、各国の医師や助産師向けの研修を行ったり、政策を一緒に考えたりしました。カンボジアやセネガルで経験したことも、とても役に立ちました。研修やアドバイスをする上でよりどころとなるのは、WHOのガイドラインです。WHOは科学的な根拠に基づいたいろいろなガイドラインを作成、更新していて、推奨する事柄が詳細に記載されています。例えば新生児については「生まれた直後からの赤ちゃんへの必須ケア」というガイドラインがあり、とても有効です。時代遅れのケアを、WHOが推奨する方法に置き換えるためのトレーニングや、それを継続するために必要な環境整備などを行いました。

―現在各国はどのような状況でしょうか。

永井 妊産婦と新生児の死亡率は低くなっており、私が所属していた部署ももっと広い範囲を支援するようになっています。例えば、新生児が死亡する原因の1つは院内感染です。院内感染は新生児室だけの問題ではないので、病院全体の院内感染を防止することに取り組んでいます。

―滞在していたフィリピンとは、どのような国ですか。また、どのような生活をしていましたか。

永井 フィリピンの人たちは、とても親切で思いやりがあります。悩み事があっても引きずらずに切り替えることや、英語が堪能で、どんな田舎でもある程度通じるのはすごいなと思いました。私が住んでいた首都のマニラは高層マンションばかりで、私の住まいも41階建てマンションの18階でした。日本でいうなら1LDKの部屋で、事務局までは徒歩で通勤していました。

貧富の差が大きく、お金がある人はドライバー付きの車で買い物に行く一方で、海沿いの遊歩道などには路上生活者がたくさんいます。買い物をしていたら「治安が悪いから歩いていたら危ない」とお金持ちのフィリピン人に言われたこともありますが、私は近場なら徒歩で、遠くに行くときはスマホで格安タクシーを呼んでいました。一度も危険な目に合わず、むしろ毎日顔を合わせる路上生活者に見守られながら過ごしていた気がします。

医学以外の視点も重要

―現在は、どのような仕事をしていますか。

永井 国際医療協力局には、疾病対策、ライフコース/医療の質と安全、保健システムの3つのチームがあり、私は保健システムチームのチーム長を務めています。NCGMは国外に人を派遣して支援するだけでなく、さまざまな事業を行っているので、日本企業や厚生労働省による国外での支援の仕方や日本国内で医療を受けにくい在日外国人などの支援も含めて、国内外の保健システムを良くすることを一緒に考える仕事です。また2002年に設立されたエイズ、結核、マラリア対策の資金を提供する機関「グローバルファンド」の技術評価委員会の委員も務めています。技術評価委員会は、資金を提供した事業の実績などについて、中立的な立場で評価する委員会です。

―これまでの経験の中で、いろいろ気付いたことも多いと思います。

永井 そうですね。さまざまな立場でいろいろなことをやってきましたが、毎回「この視点は自分にはなかった」と気付かされます。例えば国境なき医師団の時には、1対1で患者さんを診る以外の視点がなかったことに気付きましたし、アフガニスタンでは、紛争で避難している人を取り巻く環境を見ていなかったことに気付きました。途上国を支援してきたことで、逆に日本にもいろいろな問題や足りな
いことがあるのが見えてきました。日本国内にもやることがたくさんある、と改めて思っています。

―最後に、医療従事者を目指している医療系学生等にメッセージをお願いします。

永井 医学は、細胞とか、病気とか、サイエンスの部分を学ぶのは大前提ですが、患者さんを診る医者になるとしても、研究者になるとしても、医療が相手にしているのは人間だという視点を持っていることがすごく大事だと思っています。その人間は、人間関係や環境、社会の仕組み、経済状態などいろいろなことの中で生きているのですから、医学以外の視点も持っているべきでしょう。若いうちはどんどん吸収できますから、狭い範囲を深く学ぶのと同時に、興味のあることはどんどん広く、かつ深く探ってほしいと思います。