2021
04/29
新型コロナ感染予防対策下での感染症動向
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感染症
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静岡県立農林環境専門職大学
生産環境経営学部 准教授
日本医療・環境オゾン学会 理事
日本機能水学会 理事
ドクターズプラザ2021年5月号掲載
微生物・感染症講座(72)
はじめに
昨年からSARS‐CoV‐2感染症(COVID‐ 19)のパンデミックが続いており、皆さんもワクチンの接種状況や効果、終息時期やアフターコロナへの関心が強いことでしょう。しかし、私たちを苦しめる感染症はCOVID‐ 19だけではありません。本格的な夏を前に、梅雨に蔓延するカビを原因とする呼吸器疾患や、ウエルシュ菌による食中毒なども心配です。一方で、不要不急の外出自粛や、密集、密閉、密接の3密を避け、マスクに手洗い、手指消毒など、1年以上行ってきたCOVID‐ 19対策は、他の多くの感染予防にも効果を示しています。とはいえ、大きな流行にこそなっていないものの、COVID‐ 19以外の感染症罹患者がいないわけではありません。また、例年と変わらない報告数を推移している感染症もあります。今回は、厚生労働省/国立感染症研究所の昨年のデータを基に、COVID‐ 19対策で予防効果が上がったと考えられる感染症と、気を付けるべき感染症をみていきましょう。
冬季にも流行しなかったインフルエンザ
厚生労働省および国立感染症研究所は、感染症法に基づいた届出データを週報として開示しています(参考)。このデータをみてみると、2020年は例年と比較して報告数が激減している感染症が多いことが分かります。咽頭結膜熱、麻疹、風疹、百日咳、水痘(入院例はさほど減少していない)、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)、マイコプラズマ肺炎、RSウイルス感染症などのCOVID‐ 19と同様に飛沫感染する呼吸器感染症はもちろんのこと、ノロウイルスに代表される感染性胃腸炎や小児の下痢症ウイルスであるロタウイルス感染症、手足口病、ヘルパンギーナなどの、飛沫感染だけでなく接触(接触から経口・経気道)感染でもうつる感染症に対しても、COVID‐ 19の予防対策の効果は顕著にあらわれています。
また、インフルエンザ、伝染性紅斑(リンゴ病)、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎については、2020年1〜2月の間は3密対策が十分ではなかったこともあり、2019〜2020シーズンこそ感染報告が例年並みかやや多かったものの、2020〜2021シーズンには激減しました。インフルエンザを例にすると、例年より感染者の多かった2019年1月では毎週3千人程度の新規感染患者が報告されていましたが、2021年1月では1カ月間の新規感染患者数が約300名であり、感染予防対策が功を奏したといえるでしょう。
COVID‐19感染対策をしていても注意を要する感染症
COVID‐ 19の予防対策によって、流行が顕著に抑えられた感染症が多い一方で、あまり効果が見られていない感染症もあります。COVID‐ 19の予防対策は、飛沫感染や接触感染を低減するものなので、ツツガムシ病やSFTS(重症熱性血小板減少症候群)などの、節足動物が媒介する感染症への影響はそれほど見られません。2019年のツツガムシ病の報告数は398件でしたが、2020年は491件と微増しています。マダニが媒介するSFTSは、101例から78例と若干減少しましたが、日本紅斑熱は318例から420例と増加しています。節足動物媒介感染症については、今年も注意が必要です。
2021年1月には静岡で仕出し弁当を介してウエルシュ菌を原因とした集団感染が発生しましたが、食べ物や水を介して感染する食中毒も、飛沫感染や接触感染予防だけでは完全に防ぐことができません。獣肉の喫食が原因の多くを占めるE型肝炎は、例年並みの490件の報告がありました。O157に代表される腸管出血性大腸菌感染症は、毎年3500件程度の報告があり、2020年も3044件の報告がありました。一方で、細菌性赤痢は、2018年には268件、2019年にも140件の報告がありましたが、2020年は86件と減少しています。また、A型肝炎も2018年の925件、2019年の425件から2020年は118件と減少しています。ノロウイルスに代表される感染性胃腸炎の減少からも、手洗や手指消毒が食中毒の予防にも貢献しているものの、食材そのものの汚染については今後も気を付ける必要があると考えられます。
この他、性感染症についても、COVID‐ 19の予防対策の効果はさほどみられていません。ここ数年増加傾向にある梅毒は、2018年に6923件、2019年に6577件の報告があり、2020年も5729件と減少こそしているものの10年前の610件からすると10倍近い報告数となっています。
COVID‐19は終息するのか?
感染症は、ワクチンや特効薬が無くとも必ず終息します。しかし、撲滅には至りません。また、人口増加による生息域の拡大や新たな技術改革は、新しい感染症を生みます。突如現れたCOVID‐ 19は、多くの感染症が予防されている現状の中でも感染活性の強さによって蔓延し続け、私たちの生活を脅かし続けています。実は、COVID‐ 19と同じ呼吸器感染症である「結核」と「レジオネラ」についても、2020年の報告数が例年とさほど変わってはいません。これらは飛沫感染だけでなく空気感染する病原体が原因となるため、アフターコロナを迎えても、現状の対策を維持していくことが最低限必要だと感じています。
参考:感染症発生動向調査感染症週報(IDWR)通巻22巻第1号~52・53合併号、厚生労働省/国立感染症研究所