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新しい診断基準、DSM -5とは?

メンタルヘルス

西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。
ドクターズプラザ2014年11月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(28)

生きていく上での課題を多く取り扱っている

「DSM-5」の分類

前回お約束したとおり、新しい診断基準DSM-5についてお話しましょう。本年の日本精神神経学会場でDSM-5日本語訳「精神疾患の診断・統計マニュアル:アメリカ精神医学会版(2013)」が販売開始されました。米国での出版からわずか1年という短い期間で出版されたことからも、どんなにかメンタルヘルス領域の新しい情報が必要とされているかということが分かると思います。しかし、このDSM-5の診断基準もまた分類であり、医学的に命名されたものではありません。前回申し上げたICDという国際疾病分類によるメンタルヘルスの分類と生きていく上での課題を多く取り扱っているじ状況なのです。つまり、現在出版されているすべてのメンタルヘルス領域の病名は、どうやら分類らしいのです。DSM-5の前のアメリカ精神医学会の診断・統計マニュアルは、1994年出版のDSM-Ⅳでした。ローマ数字から算用数字に切り替わったわけですが、ここには大きな意味があります。ローマ数字では、「.1」とか「.2」とか小数点、つまり小さな変化を反映できないと考えたのです。そうですね、Ⅳから5になるのに20年もかかったのですから。

今回、DSM-5を出版した米国の精神科医たちは、脳科学がわずかにでも進んだ時に、その結果を反映させていきたいと考えたのです。脳科学の進展次第では、来年にもDSM-5.1が出版されるかもしれません。それでは、DSM-5はどのようなところが新しいのでしょうか。

DSM-5は、実は精神医学領域では医学的診断がつかないということを前面に押し出したマニュアルです。「似通った症状を一括りの病名とする」と精神医学の診断について前回申し上げましたが、そのことをはっきりと明示しました。発症年齢や状況、成因が異なっても、同じ症状であれば一括りの疾患群にしました。具体的には、従来はその成因や発症の年齢から発達の問題の群に分類されていた選択性緘黙(ある場面では離せない)や分離不安障害(親から離れると不安)は、児童発達の群から不安症群に移りました。とにかく、不安が中心の症状であるとなれば、不安の群へ分類することになりました。目に見える形で歴然と現れた客観的な症状や訴えを取りまとめて、分類上の疾患名としたのです。症状以外の「おそらくはこうであろう」という原因の推定、憶測は、どんなに確からしいことであっても極力除外されました。様々な症状は短く、分かりやすい診断基準に当てはめていくようになっています(クライテリア方式)。基本的な診断の記述に加えて、「特定用語」という形で臨床上重要な病像が記載されるようになりました。つまり、分類の中に横断的な症状を示すことになりました。

何が正常で何が異常なのかの線引き

DSM-ⅣからDSM-5のこの20年間に、脳科学へのアプローチは、CTスキャンやMRI(磁気共鳴画像)、PET(陽電子放出断層撮影)、光トポグラフィーなどの脳へアプローチする手段の劇的な進歩によって大きく変わるはずでした。CTスキャンやMRIは、脳の微細な地図を明らかにし、フロイトが確信していたニューロンの異常を発見するはずでした。しかし、今のところニューロンの異常は発見されていません。また、神経伝達物質(ドパミンやセロトニン、ノルアドレナリンなど)の異常があるという仮説も証明できていません。脳にアプローチする手段は劇的に進歩しましたが、分かったことはほんのわずかなことで、100億を超える脳細胞の神秘は閉ざされたままです。

メンタルヘルス領域の特徴として、何が正常で何が異常であるかという線引きが、文化や時代によって異なるという点があります。これらの問題をDSM-5では独立した章として大きく取り扱っています。「臨床的関与の対象となることのある他の状態」は対人関係や虐待、教育、職業、住居、経済、人生の危機など多くの生きていく上での課題を取り扱っています。そこでは、親子や夫婦間の虐待やネグレクト、孤立、ホームレス、貧困、社会的疎外など、生きることの困難を精神医学的関与の対象として記載しています。私たち精神科医が、どこまで関わる力を持っているのかと自問自答させられる内容です。この章で挙げられた状態は、精神疾患ではありません。しかし、これらがDSM-5に含められた意味は大きく、精神科医には通常の精神科診察の中で遭う可能性のある付加的な問題に注目することを求められているということでしょう。

ドクターズプラザ2014年11月号掲載

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