2017

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新しい研究・開発に大いに貢献してきた病理検体

  • 病理診断

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末松 直美
『病理診断科』
社会福祉法人 聖隷福祉事業団 聖隷横浜病院 病理診断科

ドクターズプラザ2017年11月号掲載

病理診断科の紹介(4)

細かい配慮と技術の習得が必要

前回は、FFPEブロックと顕微鏡標本(=以下、プレパラート)作製の工程を詳しくご紹介しました。この作製技術は、2世紀近くも前から継承されてきたもので古い技術と思われるかもしれませんが、分子生物学や遺伝子学が主流を占める現代の病理学にとってもなお基本となる、ほぼ完成の域に達している技術です。病理検査技師は、日々の業務の中で、この技術をプロトコールに忠実に踏襲する姿勢を持たなければなりません。

検体が多く忙しい中で工程時間を短縮しようと自己判断で脱水・脱脂・パラフィン浸透の時間を変更するなどすると、その結果出来上がったFFPEブロックおよびプレパラートは質の悪いものとなってしまいます。質の低下が直ちに見えない程度のものであっても、時間とともに劣化し、数十年あるいは世紀という時間を超えてその質を保ち続けることはできません。病理検査に供される検体は貴重な医学資料であり、これまでも新しい研究・開発に大いに貢献してきました。実際、数十年前のFFPEブロックが現在の研究に役立っている事例は数多くあります。

病理検査技師はさらに、FFPEブロックとプレパラートをより良質なものとするために、この作製工程のさまざまな場面で、採取された組織検体に応じた細やかな配慮を欠かしません。例えば、皮膚表面から細い針を刺して採取された乳腺や前立腺の腫瘍あるいは腎や肝などの針生検組織は、直径1㎜ほどの糸状の細く長い検体です。これらを捻じ曲がらないように平らに包埋し、3㎛(※1)という薄い標本上に採取検体の全面を出すようにさまざまな工夫を施しています。

消化管生検では、粘膜表面に対し縦方向の面で薄切し、粘膜の全面を観察することが求められます。このため切り出しの際に、検体粘膜の側面に色素で印をします。慣れるまでは拡大鏡を用いて採取検体の方向を確かめますが、慣れてくると肉眼で検体粘膜の側面を捉えることができるようになります。脂肪の多い乳腺の手術材料などは脱脂(※2)のための工程を別に動かしたり、骨や石灰化など硬い材料には脱灰の工程を別途加えたりします。

技術的な面では、連続切片作製の手技を修得しなければなりません。例えば、腎生検・肝生検などでは、厚さ1.5㎛から3㎛の薄い標本切片を連続で20枚薄切します。標本切片は薄切された順にスライドガラス上に載せられます。最初の標本にはHematoxylin /Eosin(=以下、HE)染色が、次の切片から順にさまざまな特殊染色が施されます。HE染色は組織の構造や病変を捉える基本的な染色です。このHE標本で捉えられたのと同一の組織の構造や病変を、ある目的を持って施される特殊染色によって顕微鏡下で観察できるようにプレパラートを作製するためです。腎生検の材料では凍結ブロックを作製し蛍光抗体法によって免疫グロブリンや補体などの病的沈着物を同定することが腎炎の診断に必要となります。この凍結切片でもクライオスタット(※3)による連続切片作製の技術が必要とされます。

 

二つの新しい手法

ここ3、40年の間に、分子生物学あるいは遺伝子学的な新しい手法が、病理診断学の領域に導入されてきました。その一つは、免疫組織化学(Immunohistochemistry(=以下、IHC))です。IHCは、抗原抗体反応を利用することで、同定したい対象となる物質(蛋白質)を組織標本上に可視化するというものです。導入当初は抗原に対する抗体の特異性に問題がありましたが、現在では抗体の特異性が高められました。物質の局在がより明確となることでその物質の機能の解明にもつながり、さまざまな医学の分野で活用されています。病理診断学の分野では腫瘍の組織診断や増殖能の評価などに欠くことのできない手法となっています。

もう一つの手法は、遺伝子変異・遺伝子増幅解析(In situ hybridization(=以下、ISH))です。ISHでは対象となる物質が蛋白質ではなく、特定の塩基配列を持つ遺伝子になります。塩基配列から変異の有無を調べ、薬剤が効くか効かないかなどを判断します。近年、IHCとISHは分子標的薬のためのコンパニオン診断にも用いられるようになってきました。まさに、薬剤を投与するかしないかを決める、治療に直結した病理検査の時代になりつつあるといえます。ところで、これらに用いられる材料もまたFFPEブロックとプレパラートです。そして、これらの手法を用いて良好な結果が得られるか否かは、やはり、その質に依るところが大きいのです。

このような新しい技術到来の時代にあって、病理検査技師は、基本であるFFPEブロックとプレパラート作製の技術に習熟するとともに、新しい方法論に対する理解や技術も学ばなければなりません。次回は病理診断・技術の新しい展開についても触れたいと思います。

 

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