2017

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成人T細胞白血病

  • 感染症

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内藤 博敬
『微生物・感染症講座』
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。
静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。
専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。
ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。

ドクターズプラザ2017年11月号掲載

微生物・感染症講座(61)

はじめに

「白血病」という病気の名前は、多くの方がご存じのことでしょう。急性骨髄性白血病や慢性リンパ性白血病など、小説や映画の題材になっていたり、あるいは著名人の命を奪った病気として知名度の高い疾患ですね。

白血病は、「血液のがん」とも呼ばれる疾患で、世界保健機構(WHO)の分類で数十に細分されています。遺伝子変異を原因とする白血病細胞の異常増殖が原因となるので、感染症や微生物とは縁遠いように思われますが、白血病の中にはウイルス感染が原因となるタイプが存在しているのです。しかも、これまでの研究でこのウイルス保有者(キャリア)が日本人に多く、列島の両端や島嶼部に偏在していることが報告されています。今回は、日本になじみ深い感染症の一つとして成人T細胞白血病についてご説明しましょう。

 

HTLV-1は縄文時代から日本にあった!?

成人T細胞白血病は、京都大学の高月清先生らが発見した白血病です。T細胞は免疫細胞・リンパ球の一つですが、それまでリンパ性の白血病は同じリンパ球のB細胞に由来すると考えられていました。成人T細胞白血病の罹患者は九州地方出身者に多く、成人のみがかかり、患者のT細胞の核が大きくくびれていることを明らかにし、1977年に成人T細胞白血病と名付けました。

1980年には、日沼頼夫先生によってこの白血病の原因となるウイルス(ヒトT細胞白血病ウイルス1型:HTLV-1)が単離され、米国立衛生研究所で菌状息肉症から単離されたウイルスと同じであることが分かりました。このウイルスは、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)、HTLV-1関連脊髄症(HAM)、HTLV-1ぶどう膜炎(HU)などの疾患を引き起こします。

成人T細胞白血病には確立された治療法はありませんが、他の急性白血病と同様に造血幹細胞移植療法に期待が持たれています。HTLV-1関連脊髄症は、歩行障害や膀胱・直腸障害などの症状を呈する疾患で、やはり治療法は確立されておらず、2008年に難病指定されました。

日本は先進国で唯一のHTLV-1浸淫国であり、西日本を中心に保有者が多く存在しています。HTLV-1の保有者は周辺の東アジア諸国にはみられず、むしろアメリカ、アフリカ、ニューギニアの先住民の中に存在していることが分かっています。日本では、前述のように九州地方や沖縄県に多くみられ、また北海道のアイヌ民族にも保有者が散見されることが知られています。成人T細胞白血病の患者さんは首都圏でも報告されますが、そのほとんどが九州や北海道、あるいは島嶼部からの移住者であることも報告されています。

HTLV-1はリンパ球であるT細胞に感染するウイルスであるため、水や食品、咳やくしゃみで伝染することはありません。輸血、性交による男性から女性への感染、出産時や母乳による母児感染が感染経路となるため、他の感染症に比べて容易に感染拡大することはなく、地域に根付いている感染症です。これらのことから日沼先生は、HTLV-1の保有者が好発する地域は、縄文系の血が色濃く残っていることを示していると結論付けています(注1)。弥生時代になって日本列島の中央部へ大陸からHTLV-1を保有しない人々が多数移住したことで、HTLV-1の保菌者が希釈され、HTLV-1は列島の両端や島嶼部に偏在するようになったと考えられるのです。

 

感染症についての正しい知識を持ちましょう

HTLV-1感染症は、HTLV-1の保有者となった後に発症するものですが、その発症割合は数%であり、ほとんどの保有者は無症状のまま生涯を終えると考えられています。とはいえ、日本人のHTLV-1保有者は100万人を超えると考えられており、1年で数百名の方がHTLV-1感染症を発症しています。世界では推定でも3000万人以上のHTLV-1保有者がいると考えられており、決して軽く考えるべき感染症ではありません。

しかし、HTLV-1発見以降、感染予防対策として輸血血液のスクリーニング、断乳や人工乳による保育などが施されて感染予防の成果を挙げてきたことから、HTLV-1感染症は将来的に撲滅されると考えられてしまい、また、そもそも南九州の風土病として考えられていたこともあって、一般的な認知度が低く、危機意識も必要以上に低い感染症です。しかしながら日本におけるHTLV-1の保有者数は激減したわけではありません。むしろ近年では再び増加傾向にあるのではないかと警鐘を鳴らしています。

こうしたことから厚生労働省では、妊婦の方やキャリアのご家族の方だけでなく一般の方々にも正しい知識を持っていただけるよう、HTLV-1およびこれが引き起こす病気についての情報をホームページ上で公開しています(注2)。この機会に是非ご覧いただき、また他の感染症についても正しい知識を持っていただければ幸いです。

 

(注1)日沼頼夫(1998)、「ウイルスから日本人の起源を探る」『日本農村医学会誌』(, 1997-1998),46(6),908-911

(注2)厚生労働省ではホームページ(HTLV-1感染症)http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou29/