2021

01/06

患者の安全、事故の防止は世界的な課題

  • 国際医療

  • 海外

国立研究開発法人国立国際医療研究センター(以下、NCGM)国際医療協力局人材開発部・研修課の森山潤看護師は、途上国における医療の管理体制や安全対策の現状を目にし、医療の質の向上、それを牽引できる人材の育成に取り組んでいる。生きる力を支える看護師という仕事に魅力を感じている森山氏が、見て、感じたベトナムの現状や、プロジェクトの活動について伺った。

ドクターズプラザ2021年1月号掲載

海外で活躍する医療者たち(31)

ベトナムの大病院で、医療の質向上を支援

看護師の教育や管理で、もっと安全な医療を提供できる

―なぜ看護師になろうと思ったのですか。

森山 中学生のころ、地元のデイサービスセンターでボランティアをしていました。人を支援することにやりがいを感じたのですが、同時に、多くの方は病院で亡くなっていることに気付き「もっと多くの支援ができるのは病院なのかな」と思っていました。病院の中でも特に看護師は、薬だけではなく、メンタル、生活など、幅広い支援をしています。人を支援する仕事、自分がやっていきたい仕事として、看護師に魅力を感じました。

―国際協力に興味を持ったきっかけは。

森山 入学した国立看護大学校では、4年生のときに海外実習があり、私はタイに行きました。タイの
医療の現状を見て、何か自分たちに手伝えることがあるのではないかと思ったことが、国際協力に興味を持ったきっかけです。また、日本の病院では看護師が患者のケアを行いますが、多くの途上国では、患者さんの身の回りの介助をするのは家族や親戚です。さらに患者さんが亡くなっても、その原因を調べる仕組みがなかったり、医療事故が起こっても分からないということを知り、日本との大きな違いを感じました。JICAの国際緊急援助隊など災害時の支援に対する興味や、タイの実習で見たり経験したりしたことなどがリンクして、NCGMに入って国際協力の仕事に就きたいという気持ちが強くなりました。

―NCGMでは、まず集中治療室に勤務し、その後、大学院に入ったそうですね。

森山 はい。集中治療室には4年間勤務しました。まずは重症の患者さんにも対応できる看護師になりたいと思いましたし、医学的な知識も含めて、とても多くのことを勉強できることから、集中治療室を選びました。4年目の時に、国際医療協力局の国際保健医療協力研修に参加し、ベトナムに行きました。看護師として臨床を経験してきたこともあり、日本とベトナムの病院の差をより強く感じました。日本では、看護部が看護師を管理していますし、教育体制もしっかりしていますが、ベトナムには当時そのような体制がありませんでした。看護師は、投薬や患者さんの急変時以外はほとんど対応せず、一つ一つの技術の手順も決まっていません。部署ごとにやり方が異なっており、看護師の能力差も大きいなど、いろいろな問題がありました。

看護師の教育や、看護部による管理ができれば、もっと安全な医療を提供できるようになるのではないかと思い、翌年から大学院に進学しました。国際協力の現場では、公衆衛生の大学院に行く方が比較的多いですが、私の場合は、まずは自分の専門分野を突き詰めたいと思ったので、看護管理を専攻しました。

―厚生労働省での経験もあるそうですね。

森山 大学院修了後NCGMに戻り、救命救急センターに半年勤務しました。その後、人事交流で、厚生労働省の地方局である東北厚生局に1年半出向し、病院の医療安全の担当者を養成する研修や、病院の監査などを担当しました。

日本には、病院の質を外部から客観的に評価する仕組みがあり、国や県が毎年監査を行っています。例えばベッドの間隔がきちんと確保されているか、医療設備が整っているか、人員が足りているか、職員の健康診断をしているかなど、幅広い視点で監査が行われます。この仕組みを監査する立場から勉強することができ、途上国の病院においても重要なことだと思いました。出向から戻り、国際医療協力局人材開発部に配属になってからも、医療の安全や、病院の質の改善といった仕事に携わっています。

ベトナムの医療安全と看護管理を支援

―2017年1月から、JICAの「ベトナム国チョーライ病院向け病院運営・管理能力向上支援プロジェクト」に参加されました。これは、どのようなプロジェクトなのですか。

森山 ベトナムは、長く日本が支援している国の一つです。このプロジェクトで支援しているホーチミンのチョーライ病院は、ベトナムの高度医療を担っており、入院患者は常時2500人、外来も毎日5000人という非常に大きな病院です。現在、日本の支援を受け、第二病院となる「チョーライ日越友好病院」が建設されています。それに伴い、現場の医療の質の向上を支援するのがこのプロジェクトで、2016年12月からスタートしました。

2020年5月までの第1タームではチョーライ病院に専門家が入って技術支援を行い、第2タームでは、第二病院が完成するまでの間、取り組みのモニタリングとフォローを行います。第3タームは、第二病院が完成してから2年間の予定です。

―具体的には、どのような支援を行っているのでしょう。

森山 このプロジェクトには、三つの柱があります。

一つ目は、医療安全です。ベトナムでは2013年頃に重大な医療事故が続いたこともあり、医療安全を推進する病院品質管理部が各病院に設置されましたが、現場では具体的に何をしたら良いのか分からないという状況でした。

二つ目は、院内感染対策です。特に今ベトナムで問題となっているのは、多剤耐性菌です。こちらも院内感染対策の看護師の専門家が同時期に入り、手指衛生の改善や院内感染対策の改善に取り組みました。

三つ目は、地域の病院を指導する能力の強化です。ベトナムでは、トップレベルの病院が下位病院の指導を行うことを法律で定めており、チョーライ病院が下位病院を指導する能力を強化するための教材の作成や研修会などを支援しました。

―森山さんはどのような活動に携わりましたか。

森山 私は、2017年1月から2019年10月まで、医療安全と看護管理の専門家として派遣されました。医療安全と看護管理は共通する部分も多く、ベトナムの先生方や看護師長と一緒に、医療安全に関する研修会を企画したり、「5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)」を取り入れたりしながら、少しずつ安全を優先にする組織の土壌をつくる活動をしました。

例えば医療事故が起こった場合には、事故を隠してしまったり、誰かに責任を追わせて終わりにすることが多かったですが、少しずつ事故を報告したり、組織の問題として改善する仕組みができてきました。事故が起きた際に根本的な原因を分析できるように分析方法を一緒に勉強したり、現場の医療安全の担当者を養成したりして、末端のスタッフまで行き届くような体制が整ってくると、徐々に事故やヒヤリハットが報告されるようになってきました。変わっていく様子を間近に見られたのは、本当に良かったですね。

―ベトナムの方々と一緒に仕事をして、どのようなことを感じましたか。

森山 カウンターパートの医師に何か提案すると、必ず「これは合理的なのか」と聞かれました。特に管理職の方々は、本当に役立つのかどうかを考えていて、まず小さくトライアルをして、良ければ取り入れるというやり方を繰り返していました。外国の経験はなかなか受け入れ難いかもしれませんが、いろいろな技術や文化を吸収する貪欲さ、すぐ行動し、自分たちの良いところを伸ばしていくという姿勢は、とても勉強になりました。

日本と比べて、厳密な規則がないせいか新しいことに積極的に取り組んでいます。例えば、病院が自身の病院の電子カルテを開発する会社を作ったり、病院品質管理に公衆衛生学部を卒業した職員を採用したりするなどです。合理的に働くためにさまざまな考えを取り入れる柔軟なところは、日本も学ぶことが多いかと思います。

病院の質を高める取り組みを広げたい

―ベトナムでの生活はいかがでしたか。

森山 私はアパートを借りて住んでいて、少し離れた病院にはGrabタクシーで通いました。駐在員も多く住んでおり、日本のコンビニや高島屋、イオン、日本食レストランも多かったので、現地の食べ物でよくお腹を壊したことを除けば、あまり困ることはありませんでした。

―ベトナムでは、コロナ対策はどうなのでしょう。

森山 SARSでの教訓がとても活かされており、取り締まりや罰則も厳しいので、対策は徹底されています。私は今年の1月末に短期の出張でホーチミンに行きました。その頃日本では、まだマスクをしていない人も多かったと思いますが、ベトナムでは路上の方も全員がマスクを着用していました。国から各病院に対しても、どの場所に、どういう文言の掲示をするようにと指示が出ているなど、全ての病院に同じレベルの対策を取らせていると聞いています。感染症においては、国の対策を徹底できることは強みだと思います。

―現在は日本で研修などに携わっているわけですが、コロナ禍でいろいろ難しいこともあるかと思います。

森山 現在は、オンラインを活用した研修を準備しています。実際に日本の現場を見ていただくことは重要ですが、逆にオンラインでしたらより多くの方への学習の機会を増やせるというメリットもあります。どういう方法で何ができるのか、日々考えながら進めているところです。

―今後はどのようなことをしていきたいですか。

森山 病院という建物はあっても、中身の管理や安全対策が不十分であることは多く、途上国における患者の安全や事故の防止は世界的な課題となっています。ベトナムのプロジェクトは近隣国も注目しており、病院の質を高める取り組みを他の国にも広げていきたいと思っています。

―最後に、国際協力に興味を持っている方にアドバイスをお願いします。

森山 まずは海外に出てみることも一つの選択肢ですが、私は現在の仕事の延長線上に国際協力があるのかなと思っています。しっかりと自分のキャリアを積みつつ、その上に積み上げた経験を海外の方たちに共有できるように、今やるべきことをやるという考えです。同時に、今世界で起こっていることを知り、広い視野で自分のやりたいことを考えていくと良いのではないかと思います。

患者安全ラウンドのフィードバックの様子

 

ベトナム社会主義共和国

●面積/32万9,241㎢
●人口/約9,467万人(2018年、越統計総局)
●首都/ハノイ
●民族/キン族(越人)約86%、他に53の少数民族
●言語/ベトナム語
●宗教/仏教、カトリック、カオダイ教 他
(令和2年9月10日時点/ 外務省ウェブサイトより)